〇 第3話 一緒にいたい ―3
まあ、考えてみるとあたりまえだけれど、私の世界で見るような科学的に製薬された錠剤なんて、この世界にはないのだろう。
ということは、私がこの世界で病気になったら、あの土まみれの草を食うはめになるのか。またも異世界ものというジャンルの生き辛い側面が見えてしまった。呪文を口にするだけで傷がみるみる治っていくような、あまりにも便利でご都合主義な回復魔法に出会うことを期待するしかない。
「はい。お代だよ」
「ありがとうございます」
「あ、売ってるんだ、それ」
ユーディットさんが懐から取り出した硬貨をルィイに手渡しているのを見て、私はつい声をあげた。なんとなくエルフという種族はあまり金銭の絡む交渉というものをしないのではないかという考えがあったし、単純にあんな土だらけの草が売れるということにも驚いたのだ。
「うん。人間の街ではこの金貨がないと何も手に入らないから、ユーディットさんのお手伝いをして、助けてもらっているの」
ずいぶん含みのある言い方だ。おそらく私の予想通り、ルィイは売買行為に慣れていないのだろう。忌避感があるというほどではなさそうだが、エルフの世界では貨幣は流通していないようだ。
「こんなに上等な薬草は、なかなか手に入れられるものじゃないよ。だから代価を支払うのは当然さね。本当はもう少し多く持ってきてもらいたいくらいだよ」
「あんまり取りすぎると、グリムが機嫌を悪くするのよ」
「人間だったら森に足を踏み入れただけで八つ裂きだよ。あの魔鳥が森から薬草を持ち出すことを許す相手なんて、あんたぐらいなもんさね」
「え。私、あの鳥に案内されて森に入ったけど……?」
私は今朝、グリムにルィイが沐浴する川へと案内されたときのことを思い出した。あのときは虫や動物が出ないかとびくびくしながら歩いていたけれど、もしや興味本位でその辺の草を引っこ抜いたりしたらグリムに八つ裂きにされていたのかもしれない。そういえばお尻にぶつかってしまったような気がするけれど、あれももしかしたら命の危機だったのでは……?
私はつい数時間前の自分の身がいかに危険だったかを考えて体を震わせたけれど、ユーディットさんは目を見開いて、そんな私を驚いた眼で見つめた。
「やっぱりあんた、普通の人間じゃないね。この街の住人がいったい何人あの鳥の餌になったことか……」
「グリムは人間の肉なんて食べないわ。彼が怒って殺した人たちは、たぶん森の木々の下で眠っていると思う」
それでも十分怖いよ。というか、どうやらグリムが森に入った人間を殺しまくっているのは事実らしい。ルィイと共に命の恩人(もとい恩鳥?)と思っていたけれど、少し見方が変わってしまうな。誰かにとっての恩人も、他の誰かにとっては軽蔑すべき敵だなんてのは、現実世界にもフィクションにもありがちだけれど、まさか私にとって鳥がそうなるとは。
あ、ちなみに現実世界では、私は出会ってきた人間すべてに軽蔑されていたし、軽視されていたよ。恩人になってくれるような人はいなかった。そんな人がいたら、飛び降りなかったかもね。
つまり、ルィイとグリムが初めて出会った恩人(&恩鳥)ということだ。
「で、この娘はいったい何者なんだい? あんたが私の家に来たのは、なにも薬草を売りに来ただけじゃないんだろう? あたしとこの娘を会わせるのが本来の目的なんじゃないのかい?」
「ああ、それはね……」
ルィイは少し言葉を濁して、何かをうかがうようにこちらを見た。どうやら私の出自的なものをユーディットさんに伝えてもいいかと暗に聞いているらしい。
別に隠すようなものでもないだろうと、私は自分からその言葉を口にした。
「私、異世界人なんです」
うわ。自分で異世界人って言うの、とてつもなく馬鹿みたいで恥ずかしい。いくら自己紹介が苦手な私だからって、自分で自分のことを異世界人だなんて……。もしここが学校だったらとんでもなく馬鹿にされていただろうな。なんだか恥ずかしすぎて、私を馬鹿にするクラスメイトのくすくすという笑い声が聞こえてくるようだった。




