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〇 第3話 一緒にいたい ―2

 私も探るように老婆の顔を見返したが、彼女の耳は尖っていなかった。どうやらエルフではなく人間らしい。先ほどの市場で垣間見えたエルフに対する人間の差別的な態度の経験から、ルィイに人間のお友達がいるとは思えないけれど、勝手に家に上がり込まれてもたいして文句を言わないのだから、ルィイとは一定の信頼を築いている関係性なのだろう。どれだけの関係値なら他人が勝手に家に入ってきても許すのかは、友達を家に招いたことのない私には測れなかったけれど。

「うん。彼女の名前はユリコ。ユリコ、この方はユーディットさんね。私の大切なお友達」

 大切なお友達か。私の人生で出会ってきた人たちの中には、そんな風に紹介できるような関係性を築けた人はいなかったな。

 私はルィイの紹介の言葉に答えて、ユーディットさんとやらに軽く頭を下げたが、老婆は私を物珍しそうに眺めるばかりだった。いや、やっぱりこれ普通に失礼だろ。

「ユリコ。あんた、何だい? エルフには見えないが、人間でもなさそうだ」

「いや失礼すぎる。人間だよ」

 あ、口に出しちゃった。

 でも、人間じゃないという言葉は、少しだけ私のトラウマを刺激するワードなので許してほしい。自分が憎しみを忘れないために何度でも言及させてもらうが、一日前まで私は他人に人間扱いされていなかったのだ。

「おや。これは失礼。人間なのかい。ルィイが人間と一緒にいるのは珍しくてね」

「……ユーディットさんは、人間じゃないの?」

「いいや。人間さ」

 どっちだよ。馬鹿にしてんのか。

 また口をついて罵倒の言葉が出てきそうだったけれど、私はそれを飲み込んで、代わりに助けを求めてルィイのほうを見た。

「ふふ。ユーディットさんはね、王都で人間の王様に仕えていた、とっても偉い人だったんだよ。昔からエルフや他の亜人族とたくさん交流してきた経験があるから。この街の他の人たちとは違って、偏見みたいなものがないの」

 私の視線を受けたルィイは少し笑って、ユーディットさんをそう評した。

 私のイメージだと、なんとなく偉い人ほどそういった他民族への偏見が強そうなものだけれど。しかし、まあ、ルィイが友達とまで呼んでいるのだから、そういうことなのだろう。

「ふん。……人生をかけて宰相補佐まで登り詰めても、くだらない権力争いで失脚して、こんな僻地に飛ばされたのさ。今は隠居したただの婆さね」

「はあ。すごいですね」

 どうやら私には想像もつかないような世界で戦ってきた老婆だったらしい。そんな偉大な年長者に対して、すごいですねなんて言葉しか出てこないボキャブラリーのなさを、私は恥じ入るばかりである。

 人に褒められたことのない私は、当然、人を褒めた経験もないのだ。そんな私の口からは、他者をたたえる言葉なんて出てくるわけもない。

「あ、そうだ。ユーディットさん。頼まれていた薬草、持ってきたよ」

 ルィイは腰に下げた小さなポーチのような小さな鞄から、緑色の細長い葉っぱを取り出してテーブルの上に置いた。私から見ればどう見ても雑草でしかないその葉っぱには根っこまでついていて、その根は洗っていないのか土だらけだった。

 またも現代日本の価値観で考えてしまうが、急にテーブルの上に土まみれの物を置くのはやめたほうがいいと思うのだが。

「ありがとうね。……ああ、やっぱりあの森はいい薬草が育つね」

 私はユーディットさんが怒り出すのではないかとハラハラしたけれど、老婆はルィイがテーブルに置いた草を手元に引き寄せてそれを矯めつ眇めつすると、うんうんとうなずいた。

 どうやらテーブルに土をぶちまけるのも、この世界ではたいして失礼な行動ではないらしい。

 ……いや、さすがにこれに関してはこのふたりの感性がおかしいという説のほうが有力か。

 というか、衛生観の違いよりももっと気になることがあった。いま、確かに薬草って言ったよな。またもゲームみたいな用語が出てきた。いや、薬草自体は別にファンタジーでもなんでもないのか? 私の世界でも、現代医療には使われていないだけで、きっと古い時代には使われていたはずだよな、薬草。


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