〇 第3話 一緒にいたい ―1
「今からお友達の家に行くから。もうちょっとだけ付き合ってね。ユリコ」
そう言ってルィイが私を連れてきたのは、町の中心にあった市場にほど近い、二階建てレンガ造りのお家だった。
市場がこの街でもっとも活気のある場所であろうことを考えると、この街においてはかなりの豪邸と言えるだろう。東京でいうなら、都心の駅近くの一戸建てって感じだろうか。上下水道が完備されていれば、私も住みたいくらいだ。
町はずれの丸太小屋で生活しているルィイに、こんな豪邸に住んでいる友達がいるというのは、正直違和感がある。さきほど判明したことであるが、ただでさえエルフ族である彼女は、この街の人間に異物として扱われているのだ。そんなルィイに、本当にお友達と呼べる存在がいるのだろうか。
しかし、そんな私の不安をよそに、彼女はまったく物怖じせずに木製のドアをゴンゴンと大きくノックした。
「ごめんくださーい」
ルィイは大きな声をかけて来訪を知らせる。当然だが、インターフォンなんて文明の利器はないらしい。どうやら玄関に鍵すらついていないみたいで、ルィイは返事も待たずに、そのまま扉を開けると、遠慮なく中へと入っていく。
ルィイの声は家主に聞こえていたのだろうか? 小心者の私は、まったく知らない赤の他人の家に入るということに、正直かなりビビっている。なぜなら私は、人生において他人の家に入る機会があまりなかったからだ。友達がいなかったからね。
私は馬鹿で典型的な日本人なので、玄関先で靴を脱ぎそうになったけれど、ルィイは外靴のままスタスタと家の中に入っていく。どうやら土足で家にあがる文化圏みたいだ。まあ、逆にこの世界観で靴を脱ぐスタイルだったら、それはそれで設定ミスを疑ってしまうな。
家に入ってすぐ、大きな広間のような場所があった。壁際には、アニメや絵本でしか見たことがないようなレンガ造りの暖炉があって、薪がぱちぱちと音を立てて燃えている。暖炉の前には図化された花のような柄の絨毯が敷いてあった。
絨毯の上には、木でできた素朴なテーブルと、これまた木でできた椅子が何脚かおいてある。ルィイはまるで自室かのように、自然な動作でそれに座った。
「ユリコも座りなさいな」
私はどうしたらいいかわからずに、まるでルィイの従者のように彼女の座る椅子の後ろに立っていたが、ルィイそんな私に呆れたように着席を勧めてくる。
「あ。は、はい」
借りてきた猫のように、私はルィイに従って、彼女の横の椅子に座った。暖炉の火が揺らめいて、私とルィイの影を反対側の壁に映している。木の椅子はなんだかごつごつした手触りで、当然のように座面にクッションなどもついていないから、長時間座っているとお尻が痛くなりそうだ。
椅子とテーブル以外の調度品なんかはあんまり置いていないんだなと、私が周りを見渡したとき、ふいに、部屋の奥にあった扉が開いて、腰をかがめた女性が部屋へと入ってきた。
「おやおや。泥棒かと思えばあんたかい。エルフ娘」
「お邪魔しています。ユーディットさん」
ルィイがユーディットさんと呼んだその人は、よぼよぼのお婆ちゃんだった。スタジオジブリのアニメに登場していそうなしわくちゃな顔のその老婆は、腰の曲がった体から伸びた枯れ枝のような腕で木の杖を突きながらゆっくりとこちらへと歩いてきた。私の前を何も言わずに横切って、ルィイの対面の椅子に腰かける。
「で、なんのようだい。あんたが他人を連れてくるなんて、珍しいね」
老婆はそういって、ルィイの横に座る私の顔をじろじろと見た。私の顔になにかついているんじゃないだろうかと思うほどだ。
人の顔をそんなに眺めまわすのは、ずいぶんと失礼な態度じゃないかと思ったけれど、これもまた、玄関で靴を脱ぐことと同じように現代日本での慣例的な考えかたで、この世界ではそれほど失礼に当たらないのかもしれない。




