〇 第2話 エルフと人間と異世界人(わたし) ―13
「はぁはぁはぁはぁ……」
だが、しかし。啖呵を切って走り出したはずの私は、数十メートルも走ったところで、息を切らして立ち止まってしまった。
私はいじめられっ子の定番ステータスであるところの運動音痴を、当然のように標準装備しているキングオブいじめられっ子なのだ。
ああ、なんだか周りの視線が急に冷たくなったような気がする。いや、もしかしたら、今になって私がそのことに気が付いただけで、この市場の人間たちは、最初からエルフという異人族の横を歩いている私を、奇妙な目で観察していたのかもしれない。
でも、その視線から逃げられるほど、私は長く走ることができなかった。
というか、多分アルスルさんの視線を振り切れるほど走れてもいない。このまま振り向いたら、急に癇癪を起して走り出した変な小娘を、胡乱な顔で見ているアルスルさんと、ばっちり目が合ってしまうことだろう。
ああ。本当に私ってダメ人間だな……。感情をコントロールできずに喚き散らすなんて、私が嫌いな人間の特徴だ。まるでちょっと嫌なことがあっただけで私に当たってくるあの母親と同じじゃないか。マジで死んだほうがいいぞ、私。
私は息切れと自己嫌悪で、そのまま倒れ込みそうになる。目を瞑って、まるで十五階建ての廃ビルから飛び降りるみたいに体を地面に投げ出そうとして……。
「なにやってるの? ユリコ。大丈夫?」
…………ああ。神様とかいう馬鹿の妄想みたいな存在がもし本当にいるのなら、そしてそいつが私の今までの人生を滅茶苦茶にして、その償いとして彼女に出会わせてくれたというのなら、私はそれを受け入れて、神様を許してやろうと思う。
倒れ込みそうになる私に右手を差し出してくれるこの金髪碧眼のエルフがいるのなら、私はきっと、他の誰もいらない。優しい両親も、虐めてこない同級生も、話を聞いてくれる教師も、あるいは他人に通じる言葉すらもいらないと、本気で思う。
ただ、ルィイがそこにいてくれるのなら、今までの自分の人生を許してしまえるのだということに、私はこのとき気が付いた。私が今まで傷ついてきたすべてを、ルィイが癒してくれるような、そんな気がするのだ。
私は何も言わずに、目の前のルィイに抱き着いた。
「わっ。ど、どうしたのよ。……おかしな子ね」
ルィイは困惑しつつも、私の背に片手をまわして、体を支えてくれる。
「ううん。何でもない。ごめんね」
さすがにこんな街中で抱き合い続けるのは、ただでさえ偏見によって差別を受けているルィイの評判をさらに落としかねないと思って、私はすぐに彼女から離れた。
しかし、短い時間でも、ルィイの柔らかい体に抱き着いていると、私の乱れた心は不思議なほどに平穏を取り戻して、冷静になることができる。
もう私はルィイの身体なしでは生きていけないのかもしれない。……いや、これは非常に語弊のある表現だった。訂正します。
……いや、案外と、訂正するべき事柄でもないのかもしれない。
さっきアルスルさんが言っていた、心を惑わすエルフの魔法の話も踏まえると、もしかしたら、本当にエルフの体にはリラックス効果があるのでは?
「ねえ。ルィイのおっぱいって、魔法みたいなやつが出てる?」
「は?」
私は出会ってから初めて、ルィイに冷たい視線で見られてしまった。
これほど優しい人にこんな顔をさせるなんて、やっぱり私は人を不快にさせるのがどうしようもなくうまいらしい。この才能だけを私に与えた神様は、やっぱり許すことができないな。




