〇 第2話 エルフと人間と異世界人(わたし) ―11
「……いや、あんたに聞きたいことがあってさ」
アルスルさんは少し怪訝な顔をしながらも、私が名乗らなかったことに言及しなかった。
きっと、凄く失礼な奴だと思われただろうな。なんとなく態度がとげとげしくなったような気がする。
私は本当に他人を不快にさせるのがうまいな。私が生まれ持った唯一の才能と言っていい。
「私に、聞きたいこと……、ですか?」
「あんた、さっきあのエルフと一緒にいただろ? それで、気になってさ」
アルスルさんはルィイのことをあのエルフと呼んだ。私には名前を名乗って、さらにこちらの名前も聞いてきたのに、ルィイの名前は知らないのだ。
アルスルさんはおもむろに私が落としたミカンを拾い上げると、それを私に手渡した。
え。これ、食べろってこと? 砂だらけなんですけど……。
「あんたさ。あのエルフの知り合いなのか? あんたは人間だよな?」
私はとりあえずミカンの砂を軽く払ってみたけれど、どう見てももう食べられる気がしない。とはいえ、ミカンを売ってもらった果物屋さんの前で捨てるというのも気のいいことじゃない。
どうしたらいいかわからないので、私はミカンを握ったまま、ゆっくりと言葉に詰まらないように、相手をできるだけ不快にさせないように、アルスルさんの質問に答えた。
「えっと……。人間です……」
まさか自分が人間であることを他人に証言するような日が来るとは思わなかった。
私は父親にも学校の同級生にも人間扱いされてはいなかったけれど、だからと言って自分をエルフだとはとても言えない。
少なくとも、本物のエルフの美しさと胸の柔らかさを知ってしまったあとでは。
「貧乳ですみません……」
「ん? なんだって?」
「いえ。なんでも……」
私がエルフではないことは確かだけど、この世界の人間というものが、私の世界の人間とまったく同じ種族なのかは考えてみてもいいかもしれない。ルィイからもらった翻訳魔法の指輪が、アルスルさんのことを『人間』と翻訳しているから、同じ人間だとお互いが思っているだけなのである。案外、私とこの世界の人間を詳しく調べてみたら、エルフが私よりもはるかに長寿であるように、身体的な差異が見つかるのかもしれない。
そういう意味では、私は人間を名乗らずに、異世界人と自分を定義したほうが適切だろう。
もっとも、わざわざ果物屋の店主に自分が異世界人であることを伝える必要はないのだろうけれど。
「なんで人間なのにエルフと一緒にいるんだ? あんた、怖くないのか?」
アルスルさんは、さも当然のことを言っていると言った感じで、私にそう聞いた。
「エルフなんかと? 怖い? それって……」
この街に来て薄々感じていたことが、アルスルさんの言葉によって明確になった。
どうやらエルフという種族は、人間からすると、恐怖の対象らしい。いや、恐怖の対象というと大げさかもしれない。
「嬢ちゃんは知らないのかもしれんが、エルフってのはな、何百年も何千年も生きるバケモンなんだ。人間とは違う生き物なんだよ」
もっともらしく、あるいは、とても簡単に言い表すと、これは人種差別というやつだ。いや、エルフと人間のあいだの話だから、人種という枠組みよりももっと根深くて、大きな問題なのかもしれない。
人というものは、自分と違う人を無意識に、あるいは意識的に嫌うものだ。
「あいつらエルフは俺たち人間のことを下に見てやがるんだ。おまけに、魔術を使って心を操るとかいう噂もある」
もしそれが本当なら、その魔術とやらは胸部から出てるな。私はどうにかしてもう一度あのおっぱいに触りたいと思っているから。
「……そんなこと、……ないと思いますけど」
私は弱々しいくアルスルさんの言葉を否定してみたけれど、アルスルさんは一層私を不信な目で見てくるだけだった。