〇 第2話 エルフと人間と異世界人(わたし) ―10
「まあ、いっか。どうでも」
たぶん、この話を深堀りすると、ルィイの興味を引くような話になるのだろうけれど、私は考えるのが面倒になって、早々に話を切り上げた。
この世界が私の知る世界の延長線上にあったとしても、それが私にとって利点になることはないだろう。何度も言うようだけれど、私は元の世界でも生きていけなかったのだから。
「そうね。ユリコ。あなた話に夢中になって、ちっとも食事が進んでないわ。私は別に買い物があるから、あなたここでミカンを食べてなさい」
「え。ちょっ、ちょっと待って……っ」
「大丈夫。すぐ戻るわ」
ルィイの突然の発言に私は制止の声をあげるけれど、彼女はすっと立ち上がると、手をひらひらと振りながら、颯爽と市場の人ごみの中に消えて行った。
「えぇ……」
私は知らない都市の真ん中で、食べかけのミカンを片手に取り残されてしまった。
ルィイが秘宝と言った翻訳の指輪は私の人差し指にはまったままだ。本当にルィイは私がこれをもってどこかへ逃げてしまうことを考えていないらしい。
「…………」
心細さが急速に私の心をむしばんでいく。どうしたらいいのかわからない私は、ただただおいしくもないミカンを口に運ぶしかできない。
他人が横にいないことが寂しいなんて気持ちを久しぶりに感じた。ずっと私は独りで、それが普通だったからだ。唐突に感じた寂しさに、いかに今の自分の存在がルィイに依存しているかを思い知らされる。
まあ、ルィイがいなかったら、私はたぶん見ず知らずのこの世界で野垂れ死んでいただろうから、それもそのはずだ。いうなれば、彼女は私の保護者なのだ。本当の保護者たる人物には、私は保護どころか暴食をふるわれていたのだから、ルィイが私の人生の初めてで唯一の保護者と言っていいだろう。
今度、ママと呼んでやろうか。そうしたらどんな顔をするだろう。
私はくだらないことを考えながら、ゆっくりとミカンを食べる。
他に特にやれることもないので、ミカンを食べながらあてもなく市場をきょろきょろと見渡した。お店はどれも木の棒と布で作られたテントみたいなもので、売っている物も、カラフルな布だったり、野菜だったり、形の歪なシルバーアクセサリーだったりと、まるで異国の市場みたいだ。
「いや。みたいじゃなくって、異国の市場であってるのか……」
「やっぱりあんた、別の国の人間なんだな」
「う、うわぁあ!」
背後から急に喋りかけられた私は、中身を半分ほど食べ終えたミカンを取り落として、石のベンチから立ち上がった。
「お、おお。……すまん。そんな驚かれるとは思わなかった」
驚いて振り向いた私に対して、後ろから声をかけてきたガタイのいい男性は、頭をポリポリと掻きながらとりあえずと言った風に謝った。
いや、確かに悲鳴をあげたのはオーバーリアクションだったかもしれない。けれど、今の心細さを加味して許してほしい。たぶんほとんどの人は、異世界で独りぼっちにされたことはないだろうから、私の心細さを本当の意味で理解はできないだろうけれど。
「ああ。……えっと。果物屋の……」
「アルスルだ。えっと、あんたは……」
私を驚かせた声の主、果物屋の店主のアルスルさんは軽く名乗ってから、私にも名前を聞いてきた。
「え、えっと……。な、なんのようですか?」
名前を聞かれたのに、私は自分の名前を答えられなかった。私の無数にある欠点のひとつ、自己紹介ができない、だ。
いや、でも、初対面の人に軽々しく名前を教えてはいけないと学校で習ったし。
その心得が異世界でも通用するのかは知らないけれど。




