〇 第2話 エルフと人間と異世界人(わたし) ―8
「それに、あなたが言の葉の精霊の指輪を盗んだところで、この世界で生きていけるとは思えないもの」
かなり酷い言い草だけれど、それもまた事実だろう。
私は無一文で知らない世界にいるのだ。実際は知っている世界の遥か未来の世界かもしれないけれど、状況としては大差ないので、それは置いておく。
そんな状況で、言葉が通じるマジックアイテムだけを頼りに生きていけるほどの生存能力は、私にはない。
言葉が通じる上に様々な社会保障が約束された世界ですら、私は自殺に追い込まれたのだから。
「でも、本当に絶対になくさないでね。その価値に気づける人は少数だけれど、本当に価値のあるものだから」
つまりこれを適切な場所で売れば、相応の対価が得られるということだ。だからそんなものを私に渡さないでくれ。実は私はよく物をなくすのだ。まあ、より正確に言うと、よく物を他人に隠されて、なくなってしまうのだけれど。
「……うん。わかった。気を付ける。ありがとう」
でも、確かに、私がこれを売る適切な場所を知っているわけなどなく、売ったところで今度は言葉が通じなくなるのだから、それもまた致命的だ。
こんな不味い果物を買うだけでも、市場のアルスルさんと会話して、対価を支払わなければならないのだ。当たり前のことだけれど、生きるということは本当に難しいことだ。
私はもうひとつ、言の葉の精霊の指輪にミカンと翻訳された果物の房をちぎって、口の中に放り込んだ。頑張って噛んで、その苦くてすっぱくて、ちっとも甘くない果汁を味わう。
どれだけまずくても、この世界で死にたくなければ、私はこんな味のものを食べ続けなくてはならないのだ。だからこそ、今のうちにこの味に慣れておかなくては。
「よしよし。美味しくなくても、頑張って食べてね」
私が口の中の果物を飲み込むのを確認したルィイは、またも母親のようなことを言った。
「やめてよ。子供じゃないんだから、恥ずかしいよ」
「子供じゃないって……。あれ? ユリコって、何歳なの?」
あれ? この反応ってことは、もしかして私はルィイに子供として扱われていたということ?
ちょっとショックだ。
「私、……十六だけど……」
十六歳が子供か否かは議論の余地があるが、苦手な食べ物を食べて褒められるような年齢でないということは断言できる。
だが、ルィイは私の年齢を聞いて、驚いた顔をしてこう言った。
「え。本当に子どもの年齢じゃない。さすがにもう少し年を取っていると思っていたわ」
「え。なにそれ。私が老け顔ってこと?」
これはちょっとどころじゃなくショックだ。
確かに私は同年代と比べると、少しばかり眉間に皺を寄せながら生きてきたきらいがあるが、それでもそんなことを直接他人に言われたのは初めてだ。知らないうちに、渋面が顔に張り付いているのだろうか。
そこまで考えて、私はようやくそのことに思い至った。
「あ、そうか。ルィイってエルフなんだ」
「ずっとそうだっていってるじゃない」
ルィイはなにを今更と、呆れたように言ったけれど、私が言いたかったのは、そういうことではない。
私が今の今まで思いだせなかったそれは、エルフという種族において、特に重要視される特徴である。眠らないとか美しい容姿を持っているとか耳が長いとかよりも、もっと普遍的で、おそらく私の世界に存在する創作の中のエルフすべてに共通する特徴。
「ルィイって、何歳なの?」
「ん? 今年で二百八十三歳だよ」
エルフは長寿なのだ。人間なんかよりも、はるかに。
「にひゃ……。え、本当?」
「もちろん本当だよ」
まさか三世紀近く生きているとは恐れ入った。日本で言うなら江戸時代、まだ余裕で鎖国していた時代だ。そりゃあ十六そこそこの私なんて、小娘どころか生まれて間もない赤子みたいなものだろう。




