〇 第2話 エルフと人間と異世界人(わたし) ―6
「あ、いいですね。じゃあ、これを二つください」
混乱する私をよそに、ルィイは普通にアルスルさんに言葉をかえす。
「※♫ヵ$ΩJ□打%遷nhθ!」
ルィイの言葉は理解できるのに、対するアルスルさんの言葉が理解できない。でも、二人の会話はどうやら成立しているみたいだ。
ルィイはアルスルさんから、色の薄いミカンのような果物を二つ受け取って、代わり腰に下げた袋から取り出した銀貨のようなものを三枚数えてアルスルさんへと手渡した。
トイレもないのに貨幣経済が成り立っているらしい。優先順位がおかしいだろ、と言いたいところだけど、私の世界では今や貨幣すら使われなくなって、電子決済へと移行しているところなので、どのみち古いシステムだと言わざるを得ない。
この世界であの独特な決済音が鳴り響くのは、何年後のことになるだろう。想像もできないな。
「ありがとうございます」
ルィイはご丁寧に一言アルスルさんに礼を言うと、私のほうへ向き直った。
「これ、今朝この街のそばの果樹園で取れたばっかりのミカンだって。すぐそこにベンチがあるから、そこで食べよ」
「ミカン? 今、ミカンって言った?」
いや、確かにルィイが差し出しているのはミカンに見える果物だけれど、この世界で、ルィイがこれを差してミカンっていう言葉が出るのはおかしいような……?
私は首を傾げながらそのミカンを受け取って、ルィイと一緒にすぐそばにあった石のベンチに座った。ベンチというか、四角く切り取られたただの石だ。お尻がとんでもなく冷たいけれど、そんなことにまで文句は言うまい。
「うん? この果物の名前だけど、どうしたの?」
私の横に座ったルィイが、私と同様に首を傾げる。ルィイには私が何に困惑しているのかわからないみたいだ。
「えっと。ミカンって、私の世界にもある果物なんだけれど、同じ名前なの?」
自分の中の違和感をなんとなく言語化してみたけれど、口に出してみると、別にこの世界にミカンがあってもいいような気がする。私の世界にはエルフも、人を乗せて飛べるような大きな鳥もいないけれど、それでも、少なくとも私が呼吸して生きているということはこの世界の酸素濃度は私の世界と大差ないということで、もっと言うなら空を見上げると太陽もある。昨日の夜は月も見えたし、星だって輝いていた。私は星座には詳しくないので、星の並びが同じかどうかまではわからないけれど。
もしかしたら、ここは地球なのかも。だとしたら、私は異世界転生したわけじゃなくて、文明が一度リセットされた遥か未来の世界にタイムスリップしたとかなのかもしれないな。『ドクターストーン』みたいに。
……いや、というか。そんなことよりも、もっと気になることがある。
「それよりも、さっき果物屋の人とルィイが喋ってるとき、ルィイの言葉はわかったけど、相手の人の言葉が聞き取れなかったの。ねぇ。ルィイは何語で喋ってるの?」
私はルィイから差し出されたミカンなる果物を手に取ってそう聞いた。外皮の触感は完全にミカンのそれで、ヘタの反対側から指を指し込んで皮を剥くと、よく見慣れた、半月状に分かれている房が連なって入っていた。
うん。これはミカンだ。ミカンと呼ぶしかないだろう。少なくとも、柑橘類に分類される果物であることは間違いない。
「ああ。そうだった」
私がミカンの房を一つ捥いで、口に運ぶかどうかためらっていると、ルィイはうっかりしていたというように手を打った。
「これ、貸してあげるね。私はもう人間族の言葉をだいたい覚えて、日常会話くらいならできるから」
そう言ってから、ルィイは自分の左手の人差し指に通していた指輪を外して、ミカンの房を握っていた私の左手を取った。
「えっ。きゅ、急になに……?」
動揺した私は、ミカンの房を取り落としそうになる。




