三人
鉛筆と定規で設計図を実際に描いてみたりしていると、いつの間にか朝になっていた。
いや、影の伸びる方向からしてもう昼間か。
どこかのタイミングで寝落ちしたみたいで机から澪を越すとパキパキと骨から音がする。
「もったいない。ベッドで寝ればよかった」
若干の後悔を部屋に残しながら宿の一階へ。
店主に鍵を預けて外に繰り出し、朝食を兼ねた昼食をどうしようかと思案する。
昨日は設計図を描くほうを優先したから、とびっきり美味いものがいい。
「あ、アイルくん! おはよう!」
「ルリ。おはよ、一人か?」
「うん。今日はサナちゃんとは別行動だよ」
「そっか、なんか新鮮だな」
いつも二人は一緒だったし、なんだか欠けているような気分になる。
「あ、あのね。アイルくんって、昼食まだだったり、する……のかな?」
「実はさっき起きたばかりなんだ。もう腹ペコ」
「そうなんだ! あのね、昨日の夜に良さそうなお店を見付けたの。よかったら、どうかな? その、これから私と一緒に」
「いいな、ちょうど入る店を探してたんだ。助かるよ」
「ほ、ホント? よかった。こっち! こっちだよ!」
また花が咲いたように明るくなったルリに連れられて向かったのは雰囲気のいい店だった。客も混んではいないが空いてもいない絶妙な塩梅。蓄音機から流れる音楽も洒落ていて、空気が落ち着いている。
粗暴な傭兵には似つかわしくない店だ、振る舞いには注意しないと。
「空いている席へどうぞ」
適当なテーブルに着き、メニューを開いて注文を済ませた。
店員の接客も丁寧だし、厨房からは良い匂いがする。
出てくる料理の味も期待できそう。
「いい店だな」
「うん、やっぱり来てよかった。もたもたしてたらまた別の街に行っちゃうから」
「傭兵稼業の辛いところだな。一度出たら戻ってくるのに何ヶ月もかかるし、いざ戻ったら店がなくなってるなんてのもざらだし」
「一人で入る勇気がなかったから助かっちゃった。えへ」
「俺も誘われてなきゃ道路からちらっと眺めてるだけだけだったろうな」
ここはなんというか居心地がいい。
命懸けの日常から切り離されて、普通の一般的な日々を味わえる。
安らぎとか、癒やしだ。
この街を出てまた戻って来たらまた来たい。
「あの、ね。アイルくん」
「ん?」
「実はお願いしたいことがあって」
「あぁ、いいよ」
「まだなにも言ってないよ?」
「ルリの頼みなら聞くよ、なんでも」
「……」
「ルリ?」
「へ? あっ、な、なんでもない! えっと、なんだっけ……あ、そうだお願い!」
「落ちつけ、あと声はもっと小さく」
「ご、ごめんなさい」
しゅんと風船が萎んだようにルリは小さくなった。
「お願いって言うのはね。アイルくんに稽古を付けてもらいたいの、戦闘の」
「稽古か。なんでまた急に?」
「えっとね。私、アイルくんやサナちゃんに頼りすぎてるなって思って。この前の件だってそうだし。だから、強くなりたいなって。それでまたアイルくんに頼ることになっちゃうんだけど」
「いいさ、立派な志だ。じゃあ手始めに魔法の基礎練習から始めよう。俺が候補生の時に叩き込まれた練習法で――」
懐かしい思い出と共に練習法を伝えると、ルリは真剣な表情で何度も頷いた。
身振り手振りを交えると、ルリも見よう見まねで同じことをする。
その様子が可愛らしくて解説にも熱が入った。
そうしてある程度練習法を教え終わった時だった。
「懐かしい話してるな」
昔、どこかで聞いたことのあるような声がする。
視線をルリからそちらに向けて、記憶が鮮明になった。
「よう、久しぶりだな。落ちこぼれ」
マーカス。候補生時代の同級生だ。
「あぁ、久しぶりだ。四番手。今は何番手だ?」
「少なくともお前よりは上だ」
「どうかな? 候補生時代は一度も俺に勝てなかっただろ。今もどうだかな」
「テメェ。飛べなくなったくせに――」
「ちょーっと、ちょっと! やめなよ、こんなところで。ほかの人の迷惑になっちゃうでしょ」
熱くなったマーカスの肩に手を置いたのは連れの一人。
「そっちも久しぶりだな、シャロン」
「おっつー。マーカスがごめんね、仕事でちょっと失敗しちゃって。この馬鹿すぐに連れ出すから。ほら、ロイドも手伝って!」
「あ、うん」
「おい、離せって話はまだ!」
「マーカス。見苦しいよ」
喚き散らすマーカスを引きずるようにして二人は店を後にする。
随分と騒がしい再会になってしまった。
周囲のテーブルにいる客たちの視線が痛い。
「あー……うるさくして済まなかった。お詫びに俺から皆に一品驕らせてくれ」
「そう来なくっちゃな!」
「儲けた儲けた!」
「俺は一番高いのを頼むぜ!」
なんとか場を持ち直して一息をつく。
予想外の出費になったけど、幸いなことに今は金がある。
たまには気前よく散財してもいいか。
「どうした? ルリ。ふくれっ面して」
「あの人、アイルくんに失礼なこと言って、挙げ句に尻ぬぐいさせた」
「まぁ、そう言う日もある」
「アイルくんはそれで平気なの?」
「平気じゃない。普通にムカついたし、場所がここじゃないならもうちょっと続けてた。でもいいんだ。近いうちに見返してやるから」
その算段もついてる。
「あいつに吠え面描かせてやる。その時を楽しみにしてようぜ」
「アイルくん……やっぱり、アイルくんは強いね」
「だろ?」
戯けて見せると、注文していた料理が届く。
俺たちは二人で店の雰囲気と料理を味わい、その値段の何倍もの金額を払う。
さて、設計図の続きを描かないと。
舐められっぱなしにも飽きてきたところだ。
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