刃竜
傭兵の朝は早い。
寝ずの番をしていた連中と入れ替わるように起きて、顔を洗い歯を磨く。
昨夜のことがあったにしては、よく眠れたほうだ。
我ながら傭兵としての性質が身に染みてる。
どんなことがあろうと、どんな環境であろうと、睡眠は大事だ。
「よう、アラド」
朝食を取りに拠点中央へと向かう途中、前を歩く背中に声を掛ける。
「おはよう」
「おはよう、アイル」
声に覇気がない。
目の下にうっすらと隈もある。
ナイスガイが台無しだ。
「寝不足か?」
「あぁ、夜泣きだ。ここのところ毎日夜中に叩き起こされてる」
「大変だな、人一人育てるのは」
「父親になるのが早すぎたって思い知らされる。とてもテントの中じゃ言えないが」
「辛そうだ。今日は休むのか?」
「いや、何かと入り用でな。なるべく魔物を狩らないと」
「そうか。無理せずに頑張れよ、おとーさん」
「やめてくれ。こんなに大きな息子を育てた覚えはないぞ」
冗談を言いつつ食堂へ。
朝食はいつも手軽に食べられる物が用意されている。
硬いパンとスープ。
腰をどっしり据えて食べるものでもないから、用意された席は余り気味。
朝はとにかく忙しい、歩きながら食べてる奴のほうが多いくらいだ。
ギリギリまで寝ていたくてまだ来てない奴もそれなりにいる。喰いそびれる間抜けもたまに。
「みんな、聞いてくれ」
妻の分と共に受け取ったアラドを見送ると、入れ替わるようにタイガがやってくる。
「この七日間よく頑張ってくれた。この森に巣を作った魔物も残り僅か、今日で根絶やしにしよう。掃討だ。仕事が終われば街に帰れる。明日の朝、一番に帰ろう」
意気込みの篭もった返事が周囲から溢れ出す。
美味い飯が食える、風呂に入れる、女を抱ける。
街に戻りたがらない傭兵はいない。
士気は上々、今日中に仕事は終わるだろう。
俺も早くふかふかのベッドで眠りたい。
「アイル。ちょうどよかった」
「俺に用事か? カイ」
タイガがこの場を離れてすぐ、朝食を取りにいった矢先のこと。
普段はまだ寝てるはずのカイが深刻な表情でやってきた。
「いや、実はな」
目配せをされ、ここから離れようと提案される。
それを訝しく思いつつも、自分の朝食を受け取って場所を移す。
「それで?」
硬いパンをスープに浸してかぶり付く。
本当は座ってゆっくりと食べたい派なんだけど。
「昨日、お前と猪の魔物を取引しただろ?」
「あぁ」
「そいつの牙が一本盗まれた」
「はぁ!? ぬすッ――」
すぐに周囲を確認して、人気がないことを確認する。
「マジか? なに考えてんだ、そいつ。盗みは御法度だ、バレたら一巻の終わりだぞ」
「あぁ、まず間違いなくこの団から追い出される。だが事実、なくなってる」
「いつだ?」
「夜、最後に確認した時にはあった。朝になって倉庫番が騒ぐもんで起きてみたらこれだ」
「なら寝ずの番をやってた奴が怪しいか? いや、誰にでも出来るな」
「疑うなら新入りも怪しい。古参はそんなリスクを冒してまで盗みはしないからな」
「どうするつもりだ?」
「当然、見付け出して責任を取らせるさ。お前に知らせたのは一応、関係者だからな」
「わかった。捕まえたら教えてくれ、俺のほうでも探しとく。まったく、俺が狩った獲物に舐めた真似しやがって」
カイと別れて食べかけのパンをまたスープに突っ込む。
やれやれだ。この団に盗人が紛れ込むとは。
規模がデカくなるのは良いことだけど、こうなってくると考え物だな。
§
木々の隙間を風のように縫い、颯爽と駆ける鋭利な爪が振るわれる。
狼の魔物による攻撃を鋼ノ翼の左翼を盾にすることで受けて弾く。
風に煽られたように体勢を崩した所へ、右翼を差し込み真っ二つに断つ。
「こっちは終わった!」
「こっちもだ!」
周囲に目を配り、近場に魔物がいないことを確認。
安全を確保したところで息を吐く。
「平気か? アラド」
「あぁ、問題ない。戦場に出れば眠気なんて吹っ飛ぶ」
「育児の疲れも?」
「だと良かったんだけどな」
アラドは顔を顰めながら体を伸ばしている。
「どれも金にならない魔物ばかりだ。もっと大物を狙わないと」
子供は夜泣きで疲労困憊、家系は火の車か。
「なぁ、アラド。実は昨夜、盗みがあったらしい」
「盗み? この団でか」
「あぁ、俺が獲った猪の魔物の牙だ。カイの奴が教えてくれた」
「馬鹿なことやらかしたな。捕まったのか?」
「いや、まだだ。いまカイが血眼になって探してる。なにか知らないか?」
「俺が? ちょっと待て。俺を疑ってるのか?」
「おい、落ちつけ」
「冗談じゃない。確かに俺は金に困ってるが、人のものを盗んでまで――」
「だから、落ち着けって。別にお前を疑ってるわけじゃない」
「なら、なぜこの話を?」
「子供が毎日夜泣きして困ってるんだろ? 泣き止ますのに散歩でもするだろうと思ってな。なにか見たり聞いたりしてないかって」
「……そういうことか。すまない、勘違いした」
「いいんだ、俺の言い方も悪かった」
アラドは良い奴だ。
妻のため、子のため、身を粉にして働いている。
そんな奴が人の物を盗むとは思えない。
「それでなにか知らないか?」
「いや、悪い。たしかに昨夜、子供を連れて散歩したがそれらしいことは見聞きしてない」
「そうか」
今日には仕事が終わって明日には街に帰る。
それまでにこの団に紛れ込んだ盗人を見付け出さないと面倒なことになってしまう。
このまま勝ち逃げされてたまるか。
どうにかして見付け出さないと。
「カイの奴がなにか情報を掴んでればいいんだけど」
「俺も捕まってくれることを祈るよ――待て」
緩んでいた戦場の空気が張り詰め、俺たちは互いに耳を澄ませる。
遠くでなる傭兵たちの怒声、吹き抜ける風の音、小鳥のさえずり。
耳が拾う情報の中に微かに混ざる異音。
「聞こえたか?」
「あぁ、聞こえた。なにか来る」
それは次第に明確になり、なんの音なのか正確に判別できるようになる。
木々が倒れる音だ。
そう確信を抱いてすぐ、視界の奥にある木が倒れる。
次々に斬り倒され、最後の一本が横たわった。
「よかったな、アラド。大物だ」
「あぁ、でも。こいつは大物過ぎる」
鎧のような甲殻、強靱な四肢、刃物のような尾。
見上げるほど大きな恐竜の魔物。
「刃竜」
「まだこんな魔物が残ってたなんてな」
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