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クオーツ


 月と星に見下ろされ、誰もが寝静まった頃。

 拠点からほんの少しだけ離れた位置、木の影で鈍色の翼が闇夜に伸びる。

 月明かりに濡れて輝く鋼ノ翼。重い羽根を羽ばたいて、掴んだ空気を地面に叩き付けた。

 木の葉が舞い、土埃が立つ。

 この身は微かな浮遊感も得ることなく、やはり地面に縫い付けられていた。


「まぁ……ダメだよな」


 これまで何度も、数え切れないほど、試してきたことだ。

 結果は分かりきっている。この翼では飛べない。

 それでも、それでも諦め切れずに試してしまう。

 空を夢見てしまう。


「どこにいるかと思えばここだったか」


「団長」


 いつ見ても女かと思うほど整った顔が月明かりに照らし出される。

 歳もそう変わらないはずなのに、どこか手を伸ばしても届かないような神秘に似た何かを感じさせられる男。

 それがこの傭兵組織、虎ノ団の団長だ。


「そう畏まるなよ、周りには誰もいない。今は団長じゃなくて一人の友人だ」


「そうかい。じゃあ、どうして俺の居場所がわかったんだ? タイガ」


「お前の居場所くらいすぐに見当がつく。俺の所に来るように言っておいたはずだが?」


「……悪い、忘れてた」


「だと思ったよ。だから、来たんだ。こっちから」


 くすくすとタイガは笑う。


「もう一年になるか、アイルが虎ノ団に入って。時が経つのは早いな」


「それ、サナに爺臭いって言われるぞ」


「はは。なら、サナの前では言わないことにしよう。俺はな、アイル。この虎ノ団をもっと大きくしたいんだ。故郷を失った俺たちヤマトの民の新たなる居場所にしようと思っている」


「あぁ、知ってる」


「そのためには空を飛べる奴も必要だ」


「……タイガ、俺は飛べない」


「かも知れない。だが、お前が再び空に舞えばまさに虎に翼だ。俺たちは無敵の傭兵団になれる」


 そう叶わない理想を語ったタイガは二つ、何かを投げる。

 受け取ったのは何らかの魔道具と、クオーツ。


「そのクオーツの中に面白いものが記録されてる。太古の映像だ。これを渡したかったんだ」


「太古の映像、ねぇ」


 白く染まったクオーツを月明かりに透かしてみた。

 見た目はただの石英だけど、どういう理屈かこの中に情報が刻まれている。

 この魔道具はその情報を読み取るためのもの。

 用意がいい。


「もう行くのか?」


 視線を下ろすとタイガは背を向けていた。


「こう見えて俺は忙しいんだ。手伝ってくれるか?」


「遠慮しとくよ」


 タイガを見送って魔道具に目を落とす。

 手の中で転がしたクオーツをセットし、自前の魔力を込めて起動すると映像が空中に描かれた。

 それは鋼の体を持つ一羽の鳥が大空を駆る様を描いたもの。

 轟くような鳴き声、羽根のない翼、雲の尾。

 これまでの人生で一度として見聞きしたことのない、なにか。


「戦闘……機?」


 表示されたそれの名前を読むと同時に、映像はぷつりと途切れてしまう。


「……は、ははっ、マジかよ。あり得ないだろ、こんなの」


 それは到底信じられないものだった。 


「鉄の塊が空を飛ぶなんて」


 鉄の塊が空を飛べるはずがない。

 一年前のあの日の言葉がふと頭に浮かぶ。

 その通りだと思っていた。

 空への未練を断ち切れないまま、諦め続けていた。

 けれど、違った。

 たとえ鉄の塊だろうと、空は飛べる。


「野郎、こんなもん見せやがって」


 こうなってしまったらもう自分の気持ちを止められない。

 憧れて、焦がれ続けた空に戻りたくなってしまう。

 折角、地上での戦い方も様になってきたって言うのに。


「期待には応えないとな」


 その場に腰を下ろし、魔道具を置いてクオーツに刻まれた映像を再生する。

 何度も何度も繰り返し、戦闘機という鉄の鳥の形状や、鳴り響く鳴き声を注意深く観察した。この鉄の鳥は翼を羽ばたかせることなく、尻から放出されるブレスによって推進力を得ているらしい。


「でも、この鳴き声。どこかで聞いたことがあるような……まぁ、それは置いといて、とりあえず試してみるか」


 立ち上がり、背から伸びる鋼ノ翼を広げ、その形状を組み替える。

 羽根を束ねて翼と放出口を作り、形状は戦闘機を参考に整えた。

 丁度人間サイズに縮めたものを背負った形だ。


「用はブレスと同じだろ?」


 魔物が獲物を仕留めるために吐くブレス。

 この戦闘機はそれを飛ぶために利用している。

 なら、ブレスと同質のもの。

 つまり魔力を放出口から勢いよく吐き出せば戦闘機のように飛べるはず。


「よし、飛ぶぞ。飛んでやる」


 鋼ノ翼内部に魔力を限界まで溜め、羽根の繋ぎ目に赤い線が駆ける。

 両翼が震えだし限界に到達した刹那、すべてを解放して放出。

 瞬間、感じたこともない速度でこの体は空へと近づいた。

 空に触れ、雲を掴む。

 あとすこしで届く、指先が触れる。

 そう確信した直後のことだった。


「くそッ」


 魔力を使い果たした。

 勢いは直ぐに自重によって殺され、空は遠くなっていく。

 重力に引かれて真っ逆さま。

 月と星の明かりを反射してキラキラ光る湖に墜落した。

 水飛沫が雨のように降り注ぐ中、鋼ノ翼を掻き消して水面へと上がる。

 大きく息を吸って、吐いて、漂うように浮かぶ。


「遠いな……空」


 飛べなかった。

 ただ大きく跳んだだけでは空に触れることは出来ない。


「でも」


 タイガのお陰で覚悟が決まった。


「待ってろ、すぐそっちに行くからな」


 俺は再び空を飛ぶ。

 飛んでみせる。

 この重くて冷たい鋼ノ翼で。


「でも、この燃費の悪さをどうにかしないとな」

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