スペシャルメニュー
粗末な防壁、伸び放題の雑草、古ぼけた切り株、穴の開いたテント。
以前、どこかの傭兵団が使って放置した拠点を軽く手入れして使っている。
どうせ仕事が終われば引き上げる場所だ、凝った作りにする必要はない。
「カイ、見てくれ。大物だぞ、血抜きもしてあるし牙は良い値になる」
「たしかに大物だ。病気も、持ってなさそうだ。よし、なら袋三つでどうだ?」
「三つ? おいおい、良く見てくれ。ほら、きっとこいつの肉は絶品なはずだ」
「あぁ、だが仕留め方が悪かったな。これじゃ毛皮が売り物にならねぇ。袋三つだ」
「……しようがない、わかったよ。それでいい」
「よし、おい。裏に運んでくれ」
カイに猪の魔物を引き渡し、金の入った袋を三つ受け取る。
思っていたより少ない結果になったけど、儲けは儲けだ。
街に戻ったらぱーっと使ってしまおう。
「よう、アキラ。そっちどうだった?」
「ダメだ。小袋一つだとよ」
「まぁ、拾った魔物だ。そんなもんだろ。そうだ、こいつは俺からのお小遣いだ」
「けっ。そいつはどーも」
袋から取り出した数枚の硬貨を約束通りにアキラに渡して別れ、荷物を置きに自分のテントへ。胸当て、手甲、足甲を外して擦り切れた衣服の胸元に指を掛けて空気を送り込む。
「ふー」
このまま熱いシャワーを浴びたいところだけど、それは街に寄るまで我慢。
汗の臭いを水増しした薄い香水で誤魔化しつつテントを出て拠点の中心へ。
「良い匂いがしてきた」
匂いの元は人が十人くらい入れそうな大鍋。
台の上に立った数人が長い棒でぐるぐると掻き混ぜている。
うちの料理人は腕がいい。
この匂いで死んだ魔物もあの世から帰って来そうなくらいだ。
「出遅れたな」
デカい魔物を運んだせいで食事のための席がもう埋まってる。
「あ、アイルくん!」
半ば諦め掛けていると声が掛かった。
同じ傭兵でも手入れの行き届いた黒髪、まだあどけなさの残った顔つき。
同僚のルリだ。
「わ、私の隣り空いてるよっ。よければどうかな?」
「ありがとう、ルリ。助かった」
あのままじゃ地べたに座るか、えっちらおっちらテントに持ち帰るかのどちらかだった。
「よかったわね、ルリ。アイルが来ないか今か今かと待ち構えてたもんね」
「ちょっ、サナちゃん!」
「へぇ、そうなのか?」
「え、えっと、その、これは違うくて。あ、違わないけど、えっと、その……」
ぷしゅーと音を立てて煙を吐きそうなほどルリは真っ赤になった。
「あーらら、ショートしちゃった」
「あんまりからかうなよ」
「どの口が言ってんのよ」
サナの動作に合わせてツインテールが揺れる。
「なぁ。最近、人が増えたよな。最初と比べて」
「あんたが入って来た時は百人も居なかったからでしょ。今じゃその五倍。って言っても傭兵団の中じゃまだまだ小規模だけどね」
「あれから一年、俺も今じゃ古参の側か。月日が経つのは早いな」
「爺くさ」
「やめろ、まだ二十だ」
あの日、飛行魔導士でいられなくなった日から一年が経った。
未だに空を見上げると、この翼がまだ鋼じゃなかった頃を思い出す。
あの頃はもっと自由だった。
地面に縫い付けられず、思いのままに空を飛べた。
まだ未練は残ったまま、断ち切れずにいる。
「そうだ、ルリ。アイルに頼みがあるんでしょ?」
「頼み?」
「あ、うん。実は――」
ルリの視線がちらりと逸れる。
そちらに目を向けると、一人の男がこちらに近づいてきた。
同い年くらいの若い男だ。
見覚えがないからたぶんここ一ヶ月以内に入ってきた新入りだ。
「なにか用か?」
「あぁ……ちょっとルリに。一緒に食事でもと、思って」
サナと視線を合わせると頷きが返ってくる。
察するにルリの頼み事に関係してるらしい。
「悪いな、見ての通り先客がいる」
「そうだな、見ればわかるよ。じゃあ、明日とか」
「先約がいる」
「いつなら暇?」
「ルリはこの先ずっと忙しい」
「……そうか。なら、キャンセル待ちだ」
戯けて見せるとそのまま人混みの中に消えて行く。
あくまでも一時退散であって諦めてないぞって態度だ。
「これでよかったのか?」
「上出来よ、よくやったわ」
「誰なんだ? 目的はなんとなく読めたが」
「あの人はディロイって名前で、それで……」
「ルリのストーカー」
「ストーカー」
「サナちゃん、それは言い過ぎ!」
「だけど?」
「ちょっとしつこい、かな。ちゃんと断ったんだけど」
「押せばなんとかなると思われてるのかもな。頼みってのはそのディロイを追っ払うことか?」
「そ。しばらく頼まれて」
「お願い、できるかな?」
「あぁ、もちろん。二人には助けられてるからな、喜んで」
「ありがとう! これで安心」
「よかったわね、ルリ」
話が纏まったところでディロイが去って行った方角を一瞥する。
ディロイは席に座ったまま、じっとこちらを見ていた。
嫌な感じだ。
「あぁ、そうだ。団長があんたのこと呼んでたわよ」
「食事が終わったら会いに来てほしいって」
「なにやらかしたわけー?」
「もしかしたらクビになるかもな」
「えぇ!?」
「冗談だよ、ルリ」
「も、もう! アイルくんってば!」
ルリをからかっていると、金属同士を打ち鳴らした乱暴な音が響く。
食事が出来た合図だ。
金物の音が鳴り止むと今度は代わりに大声が耳に届く。
「飯の時間だ。腹が減ってしようがないだろうが、まずは恒例のアレの発表だ。今日、一番の大物を獲ったのはアイル! お前の猪だ!」
「やっぱりな、そうだと思った!」
「おら、拍手だ、拍手!」
巻き起こる拍手の中、料理長直々に料理が運ばれてくる。
「一番の働き者しか食えないスペシャルメニューだ! 味わって食えよ!」
「やったね、アイルくん」
「ありがと、ルリ」
「わぁ、凄い。気合い入ってるわね」
「羨ましいだろ?」
仕事中の傭兵が口に入れられる物の種類は決して多くない。
毎日毎日数少ない品目のローテーション。
どれだけ美味い料理でも、何度も繰り返せば飽きが来る。
けど、このスペシャルメニューはどれも現環境では調理が難しいものばかり。
その分、普段じゃ食べられない料理が味わえる。
疲れ切った舌を蘇らせてくれる最高のディナーだ。
「いただきます」
手を合わせ、箸を持った。
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