勝利の宴
宙を舞う剣角へ砕けた羽根の鉄刀を伸ばす。
それは絡め取るようにして剣角を捉え、一振りの大剣として蘇る。
斬龍は最大の武器を失い、こちらは最高の武器を得た。
赤い閃光を引いて馳せ、最後の一手を撃つために加速する。
苦し紛れに光剣が多数現れるけど、焼け石に水だ。
「そいつはもう怖くない」
剣角の鉄刀を振るい、斬撃が舞う。
それは容易く光剣を引き裂き、斬龍までの道を切り開く。
鋼ノ翼が唸りを上げ、一筋の閃光となった一刀が斬龍を断つ。
排気口を地上に向けて魔力を噴射し、勢いを殺して滞空。
断ち切った斬龍に視線を送ると、水底に沈み込むように命を落としていた。
「見たか、やったぞ!」
剣角の鉄刀を天に掲げ、勝利を誇る。
斬龍を斃した。
§
その日、俺は街中でヒーローになった。
「約束だ、今日は俺の奢りだ。好きに飲みな!」
「そう来なくっちゃな! 乾杯!」
共に街を守った衛兵とジョッキを打ち合わせ、最初の一杯を流し込む。
周りはどんちゃん騒ぎで人々の楽しげな声で溢れている。
あらゆる色の酒が注がれ、数多くの料理が行き交う。
「街を救った英雄に!」
「英雄に!」
「もう何度目だ? それ」
「なんどでも言ってやるぜ、なあ!」
「おうとも。あんたが空を飛んで斬龍を斃したんだ、英雄さ!」
名前も知らないような人たちまで賞賛してくれる。
正直、悪い気はしなかった。
一介の傭兵が今じゃ英雄様だ。
「凄い扱いね。英雄様」
「当然だよ、アイルくんがこの街を救ったんだもん」
「もっと褒めてくれ。なんてな」
美味い酒と料理に、この和やかな雰囲気。
今はなにもかもが楽しい。
「あー、あの、アイルくん」
「シャロン。体のほうは大丈夫か?」
「うん、お陰様で。あのさ、それでなんだけど」
シャロンと隣りに並ぶロイド。
その二人に隠れるようにしてマーカスがいた。
「また嫌味でも言いに来たのか?」
「そうじゃないの。今回は本当に助けられたからお礼を言いに。私たちは役に立たなかった」
「まだ飛べないのか?」
「うん」
「そうか」
なら本格的に不味い状況だ。
浮遊石の機能停止。
それがどれだけあの国に被害をもたらすか、わかったものじゃない。
「それとね。アイルくんに頼みがあるの」
「頼み?」
「私たちと一緒にオルディナに来てほしいの。お願い!」
シャロンとロイドが頭を下げる。
立ったままのマーカスと目があった。
「一度追い出しといて戻って来いってか。何をされたかも忘れてないぞ、こっちは」
「……すまなかった」
二人に追従するように、マーカスも頭を下げる。
「これまでの非礼はすべて詫びる。必要なら気が済むまで殴って貰って構わない。俺たちが飛べなくなった今、航空戦力はお前一人だけだ。お前の力がいる。オルディナを救ってくれ。頼む」
これまで見たことのないマーカスの態度に思わずため息が出た。
正直、今の俺にはオルディナにもマーカスにもいい印象がない。
一度追い出されたんだ、今になって戻って来いなんて都合が良すぎる。
けど。
「いいじゃないか、その依頼受けよう」
「タイガ――団長、いつから?」
「ついさっきだよ。それよりオルディナについてだ。話を聞くにかなり危機的状況にあるらしいじゃないか。傭兵の仕事がたくさんありそうだ」
「それは……もちろん」
「なら、こちらに断る理由はない。そうだろ? アイル」
「……はぁ、しようがないな。団長にそう言われちゃ」
「じゃあ!」
「あぁ、行くよ。オルディナに。この傭兵団で」
「ありがとう! 早速連絡してくるね!」
二人を連れてシャロンは店を出て行く。
オルディナに連絡するつもりだろう。
これであっちの状況もわかるようになるはずだ。
「よかったの? あれで」
「団長が言うんだ、従うさ」
「でも……」
「平気だ。アイルに不快な思いはさせない。これはチャンスだ」
「チャンス?」
タイガは一度、店の扉をちらりと見やる。
「オルディナ国は戦力の多くを飛行魔導士に依存している。それが飛べなくなった今、虎の団が付け入る隙が出来た」
「……まさかオルディナの中核に食い込むつもりか?」
「察しがいいな、アイル。その通りだ。まず功を立て、魔導士として取り立ててもらい、最後には飛行魔導士の立場を虎の団が奪う」
「本気か?」
「あぁ、本気だ」
タイガの目は本気だった。
本気で飛行魔導士の立場を乗っ取る気だ。
そしてそれを実行に移すなら今をおいてほかはない。
「はっ、はは! いいね、楽しそうだ」
「だろ? 俺はこれから出発の準備に入る。明後日にはここを経つ。今日は存分に楽しめ」
「あぁ、言われなくても」
ジョッキを持ち上げて一気に飲み干す。
それを下ろした頃にはもうタイガはいなくなっていた。
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