異変
「今日はありがとう。教えて貰った練習法、早速試してみるね」
「基本が身についたら次のステップだ。頑張れ」
「うん!」
店の前でルリと別れて宿まで続く道を歩く。
ルリのお陰でいいリフレッシュになった。
まぁ、途中で嫌なことはあったけど、それを補って余りある気分転換だ。
頭の中にある設計図はすでにほぼ完成していて、書き起こして見直しする段階まで来ている。そこから実用化に向けて何度も試す必要がある。トライアンドエラーの繰り返しだ。
先はまだ長いけど、着実に空に近づいている。
そう思えば椅子で寝て体がバキバキになっても平気だ。
頭上に浮かぶ雲を眺めたりしながら道を歩いていると、ふと耳が妙な音を拾う。
潰れた蛙みたいな声だ。
どうやら人気のない狭い路地のほうから聞こえるようで、近づいて見ると嗅ぎ慣れた匂いがした。
「血?」
傭兵をやっていれば嫌でも嗅ぎ慣れる血の臭い。
かなり薄いが確かにする。
「怪我人がいるなら……ほっとけないか」
ため息を付きつつ路地へ。
じめっとした空気が澱んだ中を進むと、蛙の呻き声のような声も大きくなる。
そして、その発生源にまで辿り着いた。
そこには横たわって言葉にもなっていないような声を漏らす血塗れの男たちがいた。
全員、命に別状はなさそうだけど、かなり乱暴に痛めつけられたらしい。
順々に視線を移していると、途中で見知った顔を見付けた。
「アキラ?」
「なんだ、お前かよ。新手かと思ったじゃねぇかよ」
「その言い方からしてこれをやったのはお前か? あーあ、反撃なんて喰らっちゃって」
壁を背に腰を下ろしているアキラは頬に大きな痣があった。
「多勢に無勢だ、しようがないだろ」
「ま、その痣だけで済んだなら上出来か。腐っても傭兵だな」
「はっ、どうせ俺は半端もんだ。お前なら傷一つなかっただろうな」
「まぁな」
「謙遜しろよ! まったく」
気怠げにアキラは立ち上がった。
「こいつら昨日のか?」
「あぁ、まぁな」
「借金してんのか?」
「してた」
「た?」
「返したんだよ、昨日。借りてた分と利子を纏めてな」
「そりゃ立派な債務者だ。でも、ならなんでこうなったわけ?」
「こいつらが舐めた真似しやがったからだよッ!」
ちょうど起き上がろうとした男の腹をアキラの蹴りが襲う。
良いところに入ったのか、人とは思えない声を上げた。
「ふっかけて来たのか?」
「いや……」
「なんだよ、教えろよ。気になるだろ」
ここまで来たら昨日みたいに誤魔化されてはやれない。
「……あー、もう。借金の形に預けてた指輪が偽物にすり替わってたんだよ」
「偽物に? おいおい、マジか?」
「マジだ。あの指輪は婆さんの形見なんだ。ガキの頃から持ってた大事なもんだ、間違えるはずがねぇ」
「そんな大切なものをどうして借金の形に」
「しようがねぇだろ! ちょっと、その、金を使いすぎたんだよ」
「なにに」
「風俗」
「草葉の陰で婆さんも泣いてるだろうな」
「うるせぇ」
しかし、そういう事情があって昨日、高利貸しと言い争っていたのか。
高利貸しは偽物を渡したと認めず、用心棒をけしかけた。
その結果が、この有様か。
「それで? どうするんだ」
「決まってる。本物を取り返すまで何度でもお宅訪問だ」
「それもいいが俺たちもいつまでこの街にいるかわからないぞ。明日にもってこともある……あぁ、それを狙ってんのか」
「あ?」
「傭兵は街に長居しない。借金の形を偽物にすり替えて渡しても、気付いた時にはもう街を出た後だった。ってことが十分に起こりえるってことだ。仮にその前に気付いたとしてもしらばっくれているうちに勝手に街から出て行ってくれる。カモにされたんだよ」
「あのっ、クソ野郎!」
再び立ち上がろうとした男に強烈な蹴りが入り、今度こそ意識を失った。
「あったま来たぜ。今からでも乗り込んでやる!」
「まぁ待て。下手に乗り込んだらお縄になるのはお前のほうだ」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「落ちつけ。一緒に考えてやるから。とりあえずは――」
その時だった。
耳を塞ぎたくなるような轟音と、地面が揺れるほどの衝撃。
なにかがどこかで爆発でもしたかのような現象に襲われる。
直後、人々の悲鳴が街を包み、非常事態を告げた。
「な、なんだ今の」
「ただ事じゃないのはたしかだな。俺が見てくる。お前はこいつらのことを見てろ」
「あ、おい!」
アキラをその場に残して路地を駆ける。
一体何が起こったんだ?
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