鋼ノ翼
「やはり採用するべきではなかったのだ。ヤマトの民など」
呆れ果てた物言いで、上官は軽蔑の視線を俺に送る。
「候補生史上最速記録保持者、成績優秀、人種の垣根を越えた交友。順当にいけばさぞかし立派な飛行魔導士になれただろう」
どっかりと椅子に腰を下ろし、葉巻の先を切り落として火を付ける。
吐きかけられた煙を払うことも出来ず、俺はただ拳を握り締めることしかできなかった。
「正直、ほっとしているよ。前の世代まで敵国だったヤマトの民が今では何事もなかったかのように誉れ高き飛行魔導士になろうとしている。これは我々に対するとんでもない侮辱だ、冗談じゃない」
面倒臭そうに引き出しから取り出された資料が机上に投げ捨てられる。
「キミを飛行魔導士団から除隊とする」
除隊のための書類。
「理由は説明しなくてもわかっているだろうがこれも規則だ。先の適性試験においてアイル・アマラギ候補生の後天性属性変質を【鋼】と断定。その性質上飛行不可と見なし、貴殿を第七飛行魔導士団から除隊とする。以上だ」
数枚の書類を受け取り、重い手でドアノブを握る。
「鉄の塊が空を飛べるはずがないんだ」
込み上げてくる怒りを無理矢理にねじ伏せて退室。
努めてゆっくりと扉を閉めた。
§
男たちの怒声が響き、枝葉の天井をかさかさと揺らす。
根っこだらけの地面を踏み締め、振るった剣の先が幹を掠める。
森林を赤く穢しているのは何も、魔物の血だけじゃない。
この森で傭兵と魔物たちが命懸けの戦闘を繰り広げていた。
「アイル! ちょっと不味い! 助けろ!」
名前を呼ばれて振り向くと、獣臭が鼻先を掠めていく。
視線の先で捉えたのは雄々しい二本の牙を生やした巨猪の魔物。
それに追い掛けられている傭兵仲間、アキラの情けない姿もばっちり見えた。
「それが人に助けを求める態度? 頼み方ってもんがあるんじゃねーの?」
「いいから早くしろ! 頼む!」
「まったくもう世話が焼ける。選手交代だ」
見捨てる訳にもいかず、アキラとバトンタッチ。
自慢の牙を引っ提げた猪の魔物の突進を寸前のところで回避する。
同時に魔法を唱えてこの背中に一対の翼を生やす。
それは自然界からは遠くかけ離れた人工物。
自らの自重で飛ぶことさえ叶わない、翼であることに意味がない魔法。
硬く、重く、背負う者を地に縫い付ける。
その羽根は血の通わない無機質で冷たい鋼で出来ていた。
「よっと」
すれ違い様に翼の一閃。
深い傷を刻みつけられた猪の魔物はそれから数歩と歩くことなく脚を折る。
自慢の牙で根っこを貫いて地面に突き刺さり、倒れることすらなく命尽きた。
「命の恩人になにか言うことは?」
「調子に乗るなよ、アイル! 今回はたまたま調子が悪かっただけだ! 本来の俺の実力ならこんな魔物屁でもないんだからな! ありがとう!」
「素直に礼くらい言えよ。どういたしまして」
そんな馬鹿をやっている間に終戦を告げる笛が鳴る。
この森から魔物がいなくなった合図。
仕事完了、あとは戦利品を回収するだけだ。
「今夜のメインディッシュだ。牙のほうは高値がつく」
「なぁ、牙は二本ある」
「ダメだ。俺が仕留めた」
「俺が譲ってやったんだ」
「譲った? 助けて貰ったの間違いだろ? 不満があるなら今度から一人で斃せ」
「くそが」
「運ぶの手伝ってくれたら小遣いくらいはやるよ」
二人がかりで地面に突き刺さった牙を抜く。
土で汚れたけど立派な牙だ、状態もいいしほっとした。
折れたり亀裂があると価値が下がる。
「ん?」
頭上を通り過ぎていった影が一瞬日の光を遮った。
「おわっ!? なんだ、いきなり!」
直後に空から魔物が墜ちてくる。
空を飛ぶ鳥の魔物だ。その胴体には深い切り傷があってすでに絶命済み。
視線を持ち上げると枝葉の天井に死体が空けた穴から軽々と空を駆る魔法の翼の羽ばたきを見た。
「誉れ高き飛行魔導士サマか。知り合いか?」
「……いや」
「そうか……取りに来ねぇな。ってことはこいつは俺が貰ってもいいってことだ。そうだろ?」
「あぁ、好きにしていい。飛行魔導士は傭兵と違って国から給料が出るからな。魔物の死体に興味はない」
「よっし、儲けたぜ」
もう誰もいない空を見上げて小さくため息をつく。
「荷運びを呼んでくるから見張っててくれ。魔物の生き残りが来ても逃げるなよ」
「うるせぇ、さっさと行け!」
すこし不安だがその場をアキラに任せて移動すると丁度よく待機中の荷運び役たちを見付けられた。
「よう、来てくれ」
荷運び役は非戦闘員。
仕事が終わったとはいえ注意を払いつつアキラの元へ。
「いい子にしてたか?」
「誰もベルを鳴らさなかった。さっさと運んでくれ」
荷運び役たちが台車に魔物の亡骸を縛り付けて準備完了。
車輪が音を立てて回転し、俺たちはこの森に構えた拠点へと帰還した。
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