表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりのはなし  作者: ミハル
重なる世界
23/23

誰が為に

目が霞む。血を流し過ぎたのだろう。

とは言え、この程度は問題ない。問題ない、というのは、死にはしないという意味だ。

"敵対組織に飛び込んで幹部を殺せ"といういつもの指示。連中としてはそろそろ俺に消えてほしいと考えているんじゃないか、と思う程の無茶だ。

それでも毎度帰ってくるものだから、鉄砲玉としては重宝されているのだろう。


適当なビルの非常階段に入り、倒れ込む。止血は既に済ませた。あとは暫くすれば動けるようになるだろう。

そう考えていると、段々と意識が朦朧としてくる。一度、このまま寝てしまおう。もしこのまま死ねたなら、それはそれでいい。

そうして、清水哲太(しみずてった)は目を閉じた。


目を覚ますと、そこは屋内だった。

上半身は服が脱がされていて、傷の手当てがしてある。ソファに寝かされていたらしく、誰かに運ばれたのだろうということもわかった。

周囲を見渡す。どこかの事務所のようだ。けれど、少なくともどこかの暴力団の事務所ではないことはわかった。


「目、覚ましたか」


声の方を向けば、パーカーを着た男が食事を乗せた皿を運んでくるところだった。

どこまで見られているのか。通報は既にされているのか。病院じゃなく何故ここに運び込まれたのか。男の意図が図れない。

見た目は優男のようだが、足の運びや体格から相当に鍛えてあるだろうというのが感じ取れる。堅気の人間に見えるが、自分と同じように死線と呼ぶべきものを経験しているかのような、どこか異質さを感じた。

警戒を強める。拳銃やナイフは、上着の中だ。


「あー、ええと。手当てしてくれて、ありがとう!」


とりあえず、いつものように『皮』を被る。

陽気に対応すれば、大抵の人間の警戒心は一段階解れる。死んだあの男から学んだことだ。

パーカーの男は顔色を変えないまま、目の前に皿を置いた。冷蔵庫の中身を適当に炒めたような、肉だったり野菜だったりが乗っている。


「ああ、それか。随分と物騒な傷だったな」

「色々あってさー。でも、お陰様で助かったみたいだ」


今のところ、少なくとも敵意は感じられない。


「それで、ここってどこ?」

「宮沢探偵事務所。君が寝転がってたビルに入ってる」

「なるほどね。でさ、なんで助けてくれたの?救急車呼ぶとか通報とかじゃなくて」


へらへらと言葉を選びながら、男の目を見る。

視線は一切逸らされない。逆に、こちらの内心を見透かされそうな気さえした。


「そんな若いのにあんなもん持って倒れてんだ。警察沙汰にでもなったら君、困るだろ」


とりあえず食え、そう言いながら皿を俺の方に押した。


「ああ、そこに上着は掛けてる。弄ったりしてないから安心してくれ。シャツは使いもんにならなさそうだから捨てた。後で適当にやるよ」


男が指差した先に、赤いダウンが掛かっている。弾痕による穴だったり切り傷が目立つが、まだ使える。少し、ほっとした。


「なんだ、歳相応の顔もするじゃねえか」

「え」


自分は今、どんな顔をしていたのか。歳相応というのは、どういう意味なのか。


「詳しくは聞かねえよ、話したいってんなら別だけどな」

「………」


話したい訳ではない。話しても何にもならないし、今の状況も変わらない。ただ、この妙な人のことは少し、気になった。


「──ここ、探偵事務所って言ってたっけ」

「ん?ああ、所長は留守だけどな」


彼も腹が空いたのか、棚からカップ麺を取り出している。


「お兄さんは、探偵やってんの?」

「いいや。俺は助手ってだけ、頭なんかよくねえよ」

「──?じゃあ、なんで探偵事務所なんかで働いてるの?」


彼は少し黙る。触れられたくないことだったのだろうか。


「──家族の為」


家族。その言葉で、自分の肉親を思い出す。自分の目の前で死んだ母と、自分が殺した父だ。


「なんて、俺は自分の為には大したことができないから、そうやって言い訳してるんだ」


そんな大層な理由なんかない──そう言いながら、彼はカップ麺の横に砂時計を置いた。


「すごいね。家族の為なんて、俺には想像出来ないや」

「言い訳だって言ってるだろ」

「だとしてもさ、俺みたいなのとはやっぱり違うんだよ。俺は──人殺しだから」

「──…」


『皮』が剥がれる。駄目だと思っても、一度剥がれかけたそれは、簡単には元に戻らない。


「羨ましいよ、お兄さんみたいな人達が」

「そうかい」


彼は、俺の怨嗟の言葉を意にも介さず、カップ麺の蓋を開けた。そのまま、何も言わずに食べはじめ、無言のまま食べ終わる。

そして、彼は誰に言い聞かせるでもなく呟いた。


「何の為に、とか、誰の為に、とか。そんなのは後付けなんだ」

「後付け…?」

「自分がその時、思ったまま動いてもいいんじゃねえの、ってことだよ」


それが許されるのなら、衝動的に父を殺した自分は、なんでこんなことをしているのか。


「理由なんてもんは、後々勝手に人が見つけるんだよ」


無責任な答えだ。


「考えるだけじゃ何も変わらない。俺達馬鹿は、特に」


滅茶苦茶だ、そんなのは思考放棄だろう──そう考えて、そもそも自分の今の状況は、思考放棄の結果なのではないか、とも思う。


「考えて、思い立ったらすぐ動く」


俺はそうしてる──彼はそう言って、席を立った。


「それ食ったら、出て行きな」

「──わかった」


彼の言葉が、嫌に頭に残る。

それが出来たら、苦労しないよ。

久々に食べる人の作った食事は、言葉にならない程美味かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ