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ふたりのはなし  作者: ミハル
重なる世界
22/23

expresser

 絵を見ていた。いや、見上げていた。

 それは、差し出された傷だらけの手と、それを笑いながら睨みつける男の巨大な絵だった。

 題は「クソッタレヒーロー」となっている。


 一体どんな思いが込められているのか、それは見る側に委ねられている。絵画というのは、得てしてそのようなものである、と俺は思っている。

 しかし、この絵は随分とあからさまだ。いや、絵だけを見るのであれば、いい。表現力が凄まじい。これを描いた人間の、この「クソッタレ」と題された男への感情が見るだけで流れ込んでくるのではないか、そう思わせるような絵だ。

 ただその感想は、この題があるからだ、とも思う。解釈の余地を残さないように、答えを突きつけられているように思えた。


「なあ、そこの兄ちゃん、随分見てるけど、どうかしたか」


 不意に、声をかけられた。男だ。髭を生やし、少し窶れている。髭がなければ若そうにも見えるが、恐らく三十代半ばではないだろうか。この静謐な美術館には少しそぐわない、パーカーにジーンズというラフな格好をしている。


「別に。ネーミングセンスのない画家だなと思っただけです」

「ははは!確かにな!」


 そう言って、男は豪快に笑った。

 大規模という訳ではないにしろ、それなりに有名な画家の個展で──確か、『Tomo』とかいったか──それも少なくない人がいる中で、だ。

 迷惑な人だ、と思った。


「兄ちゃん、あんた若いよな。何歳くらいだ」

「はぁ…?なんでアンタに…」

「いいからいいから、減るもんじゃないだろ」

「………」

「言わないなら当てようか。──十八か十九ってとこだろ」


 大したことでもないことを妙に決め顔で言われたことが腹立たしく、顔を顰めた。


「こりゃ当たりだな。…おっと、そう気を悪くするなって」


 こんなのに絡まれるなら、来なければよかった──そう考えてから、今自分が首から下げている入館証を見て「あ」と声に出る。


「アンタ、これ見て言っただろ」

「ばれちった」


 自分の歳もわからないのかと言いたくなるような返事に、舌打ちする。

 今日、彼──朝霧蒼真は、自身の通う芸術大学の行事でここに来ていた。この入館証は該当する大学にしか配られないし、なんなら大学名まで書いてある。

 蒼真は呆れたように深く息を吐いた。


「学生に絡んで、楽しいかよ」

「絡むのがただの学生だったら、つまらないだろうな」

「………」

「お前さん、なんかしてるだろ」

「そりゃ芸大だからな、なんかはしてる」


 一体この男は何がしたいのか。逆に少し気になってきた。


「ん?ああ、それは確かにそうか。いや、なんというか、これ見てる兄ちゃんの目が良かったもんでな。あんたも、表現者ってやつだと思うんだが──違うか?」


 男の目付きが変わった気がした。口元は相変わらず笑っている。


「絵──じゃないな。踊り…歌…違う。──演技、役者じゃないのか、あんた」


 当たりだ。蒼真の両親は名高い役者で、自身もそうなるのだと、必死だったこともある。

 けれど、今はただの惰性だ。


「アンタには、関係ないだろ」


 心底迷惑そうに蒼真が言う。

 それでも、男はその笑みを止めようともしなかった。


「一個だけ聞きたくてな」

「…?」

「兄ちゃんはこの絵を見て、何を思った」


 タイトルは一旦忘れろ、と男はまた笑う。

 また見上げる。題を忘れたら、まぁ、良い絵だ。ただ──


「不器用な奴らなんだろうな、と思った」

「へえ」

「何か言いたいことがあるんだろうと言うのが伝わってくる。この、傷だらけの男に」


 この二人が誰なのか、何故こんな状況なのかはわからない。


「それを、わざわざこんな馬鹿でかい絵にしてる時点で、不器用だろ」


 男の方を見れば、相変わらず笑いながら、何か納得したように頷いている。


「なんだよ」

「や、気にすんな」


 にしても。


「……傷だらけになっても誰かに手を差し出すなんて、俺にはわからないな」


 独り言のように、蒼真は呟いた。


「時間取らせて悪かったな。もう絡んだりしねえよ」

「…そうしてくれ」

「じゃあな、楽しんでいってくれ」


 最後まで、よくわからない男だった。何がしたかったのだか。まあ確かに、この画家の絵は嫌いではないから、それなりに楽しめるだろう。

 男は、いつの間にか何処かへ消えていた。



「また学生に絡んでいたのか」


 成瀬川智也に、一人の男が声を掛ける。


「お、来てくれたのか」


「クソッタレなヒーローさんよ」

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