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ふたりのはなし  作者: ミハル
想いに花を開かせて
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想いに花を開かせて その五

湯船に浸かりながら、虚空を見つめていた。

あの後のことをあまり覚えていない。


まさか、だった。

樫井家が一緒に転居しないことではない。

そのことに対して、自分が酷く動揺していることがだ。

勿論、いずれはそういう時も来るんだろう、とは思っていた。

多分、自分の中で樫井家の面々、そして千佳は本当の家族と遜色無い程の存在感だったのだろうと気付いた。


考え込んでいると、不意に浴室の戸が開いた。


「入るで」

「お!?親父、何入って来てんねんッ」

「母さんが洗濯早よしたいからとっとと入れってな」

「ああ…」


母さんは焼肉の臭いが気になるのだろう。

気付かない内に、随分と長風呂してしまっていたようだ。


「ごめんごめん、出るわ」

「まぁ待てや、たまには親父と裸の付き合いもええやろ」

「いらんわ…」


親父と風呂に入るのなんて、いつ振りだろうか。


「肉、美味なかったか?」


身体を洗いながら親父が言う。


「……人の金で食う肉やぞ、美味ないわけないやろ」

「せやろ、しかも結構ええとこや」

「………」

「タイミング最悪やったよな、すまん」


俺の様子が妙だったのが気掛かりだったのかもしれない。

確かに、空返事をしてしまっていた気もする。


「ほんまに、謝らんでええっての。それに、正直大学は…どこでもええねん。やりたいこととか無いしな」

「そうか…そう言ってくれるなら助かるけどな」


でも、と親父が続ける。


「千佳ちゃんと会えんくなるんは困るんちゃうか」

「…いつかはこうなるもんやん、別に困る訳やない」

「あんなに仲良えのにか」

「仲良えって、兄弟みたいなもんやからそら、ちょっとは寂しなるかもしれんなーとは思うけどやな」

「兄弟?」


親父がこちらを見る。まるで、『何を言っているんだ』と言わんばかりだ。


「お前、千佳ちゃんのことそう思っとったんか」

「は、いや俺っていうか、…皆そう思っとるやろ」

「…少なくとも、父さんは思ったことないな。多分やけど、母さんも、あの二人も、千佳ちゃんも思ってへんのちゃうか」


珍しく、言葉を選ぶような慎重さで親父が言った。


「入んで」

「入るんかい…」


広くはない浴槽に隙間を作ろうと移動する。

そろそろ熱いが、親父の言うことが気になった。


「でもさ、"出来の良い姉"と良く言って"平凡な弟"、みたいに思われてるもんやと俺は思ってたけどな」

「平凡ねえ」

「なんやねん」

「拓実は、父さんのこと仕事出来る人間やと思っとるやろ」


嫌味な質問だと思った。実際、そう思っているからだ。


「それがなんやねん」

「実はそうでもないねんな、これが」

「社長の癖に、仕事出来へんのかいな」

「頑張っとるし、まあ結果もそれなりやけどな。でも絶対に、父さんは仕事出来る方の人間やない。多分お前の方が向いとるわ」


そう言って、親父が笑う。

そんな話は初めて聞いたし、俄には信じられなかった。

世羅食品は今ではかなり大きな会社だ。そんな会社の創業者が"仕事が出来ない"なんて言い出したら、世の中の経営者の顰蹙(ひんしゅく)を買うんじゃないか、そう思った。


「んなわけないやろ、要らん世辞言うてたら部下の人らも嫌がんで」

「父さんは人を見る目だけは自信あるからな、その辺は外したことないで」


はいはい、と流して浴槽から出ようとする。


「自分には何もない、なんて思い込みは早よ無くなるとええな」


見透かされたような一言に驚いて、一瞬動きを止める。


「ましてや、そんなもんで人間関係考えとったらアホらしいで」

「酔っとんのやったら、親父もさっさと出や」


親父が何が言いたいのか、はっきりとしない物言いに苛つきながら浴室を出る。


小さく、「俺の息子やなあ」と呆れたように、嬉しそうにぼやくのが聞こえた。

読んで頂き、本当にありがとうございます。

もし良ければ少しだけ下の方へ目を向けて、評価の星を下さると私は一層嬉しく思います。

この作品が多くの方に見て頂ける切っ掛けにもなりますので、ご協力頂けると幸いです。

感想、レビューもお待ちしております。今後も、よろしくお願いします。

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