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嘘つきクラブ

作者: 雉白書屋

 公民館のような雰囲気の建物に入った私は、ポケットからメモ用紙を取り出した。

何度も出し入れしたからシワがついている。

ここの地下一階。金曜日の夜、つまり今日が集会の日らしい。

 階段を下りドアを開けると、円を作るように椅子が並べられていた。

 そこに座る男女が私を見て、にこやかに微笑む。

私もつられて笑顔を作っては見たものの上手く笑えたかどうかわからない。

 この雰囲気。何かの映画で見たことがある。

お酒やら違法ドラッグやら依存症に悩む者同士が集まり

そこで自分の辛い経験や話、問題からの脱却を誓い、支えあう。

 あの医者に勧められて来たけど、どうも気が乗らない。

私が自重したいのは酒やドラッグではない。

嘘なのだ。


「さあさあどうぞその席へ! ほら、遠慮せずに! なあみんな!」


 椅子から立ち上がり、大げさに両手を広げたリーダーらしい男に促され

私は空いている席に座った。


「それじゃあ、新人さんが入ったから自己紹介から始めようか。

私はD.B.クーパーだ」


「……はい?」


「俺は寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の――」

「私はメリー・ポピンズよヨロシクね」

「ワシはドナルド・ダックさ」

「僕はスープカレー……」


「え? ああ、あだ名ですか。そうですよね、私も本名はちょっと……」


「いいや、これが私らの本名さ」


「え? え?」


「はい、うっそー! はーはっはっはっは!」


 声を揃えてそう言った五人は、腹を抱えて笑い出した。

それは、ヒーッと息切れを起こすまで続いた。

 その光景をただポカンと見つめていた私にクーパーを名乗った男が言った。


「いやぁー、すまんすまん。しかし、新人さん。アンタいいリアクションするじゃないか」


「ホント、騙し甲斐があるわぁ!」


「え、あ、あの。皆さんはまさか……」


「お? 気づいたかね、この集まりに……。そう、ここは嘘つきの会なのさ!」


 五人はまた笑い出した。冗談……ではないらしい。

 私には虚言癖なるものがある。

よそうと思うのに、人を目の前にするとついつい嘘をついてしまうのだ。

その場は良くても後々揉めごとになること多数。

 そしてこの前、大きなトラブルになった。

 自省し、ついに医者に相談。でも、渡された地図を見て来たらこの現状。

彼らも同じ悩みを持った人間なのだろうか。それにしてはなんとも楽しげな……。

自覚がある分、マシというわけだろうか。


「あ、あの、それでお名前は」


「おいおい、そんなことどうだっていいじゃないか?

どうせまた嘘つくだけだぜ? さっきの名前で呼び合おう」


「アンタは長いから寿限無ちゃんでいいね?」


「ポピンズさん、ちゃんづけはやめてくれよ……」


 寿限無はそう言うとライダースジャケットのポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。

でも、ライターが見つからない様子。

 それに見かねたクーパーが使い捨てライターの火でつけてやった。

ありがとうと言うように寿限無が手を上げ

ライターの火越しにそれを見たクーパーが微笑む。


「さて、ウォーミングアップはすんだという事で」


「おいおい、茶々を入れたくはないんだが、新人さんの名前をまだ聞いていないぞ?」


「ははっ、今日は『新人さん』でいいだろう」


「うん……僕もそれでいいと思う」


「私は『ちゃん』をつけるわ。新人ちゃん、ヨロシクね」


「決まりだな。よし、それじゃあ誰から行こうか」


「え、誰からって何を……」


「見てればわかるさ」


 寿限無が盛大にタバコの煙を吐いた。薄い白い絹のように空中で舞う。

それが消えていき、空気と溶け合った時、クーパーが口を開いた。




「ある男が公園のベンチでボッーと座っていた時、女に声をかけられたんだ。

不気味な女だ。男はただなんとなくそう思った。

女は男に微笑み、そして言った。

『ある男を殺して欲しい』と。

なんとも物騒な話じゃないか。当然、話を詳しく聞くまでもない。お断り。

……ただ、男は失業中だった。

そして女が取り出したのは大金の入った茶封筒。

男は女の話を詳しく聞き、そして思った。

『この女はイカれている』

女が殺して欲しいと言ったのは商店街にある人形だった。

食い倒れ人形みたいな奴さ。

ソイツを袋に入れて運んで欲しいとな。

ま、難しい事じゃないわな。

人ひとりで運べる重さだ。まあ、女には厳しいだろうがな。

で、そうしなきゃならん理由を尋ねた。

すると女は言った。

『彼を愛しているの』

そっからの女の話は耳を塞ぎたくなるようなものだった。

捲し立てるように男の魅力、そしてどれだけ愛しているか、さらに嫉妬。

他の女に色目を使っているってな。

そりゃ、人通りの多い場所に置かれているんだから目の前を女が通るわな。

ま、結局、男は話を受けることにした。

イカれているとはいえ、金は本物だったからな。

前金を受け取り、男はその夜、実行に移した。

女から貰った大きな布袋を人形にスッポリ被せ

自転車に括り付けて指定された場所まで運んだんだ。

人気のない工事現場のプレハブ小屋の中だ。

中に運び込むと、ご丁寧にガソリンが入ったポリタンクがあるじゃないか。

そしてその上には約束の金が。

多少の躊躇いはあったが男は火をつけてその場からさっさとずらかった。

……美しい炎だった。

後日、そこで知らない男の死体が見つかった。

現場近くには死体を入れたと見られる大きな袋が見つかったとさ。

ああ、そうだ。男が人形を入れたのと同じ奴さ。

見つかった方には血がベットリと染み込んでいたがな。

街の監視カメラの映像に深夜、道を自転車で走る男が映っていたんで、男はお縄に。

いくら、女のことを話しても警察は取り合わなかった。

何故なら……男が話したその女はずっと前に死んでいたんだ」



「フゥー!」


 クーパー以外の四人がまた揃えてそう声を上げた。

 戸惑い、今の話って嘘……と言いかけた私を、顔の前に出た手が制した。


「しぃー! こ、ここでは嘘をし、指摘するのはマ、マナー違反なんだ」


 スープカレーが震える声で、そう私に耳打ちをした。

 相手の話には本当に騙された様な反応する事。

そうやって仲間同士、満足させ合い

代わりに、普段は嘘をつくのを我慢し、社会生活に支障が出ないよう

嘘をついてしまう自分をコントロールする。そういう趣旨の会らしい。


「次は俺だな」


 寿限無がタバコを床に落とし、靴の踵で踏み潰した。




「ある夜、俺はバーに行った。

いい感じで酒が回り上機嫌だったのに

おいおい何やら落ち込んだ男がいるじゃないか。

俺はそいつの肩に手を回し、尋ねた。

どうしたんだ? 辛気臭い顔してってな。

すると男は話し始めたんだ。

ギャンブルから離れられないってな。

ハッ! 別に大したことないじゃないか。俺だって博打の類は大好きさ。

それが人生ってもんだろう!

……だがな、詳しく聞くとどうも違うらしい。

男は行く先々、付き纏われているんだとさ。

ギャンブルの奴にな。

何でも、家を引っ越したと思えばその隣にパチンコ屋が立ち

転職したらその上司がマージャン好きだとか

また家を引っ越して閑静な住宅街。これで安心かと思えば

隣人が夜な夜な人を集めてポーカーに興じているんだと。

ああ、別に無視してればいい話だ。

だが、男もギャンブルが大好きなんだ。相思相愛って奴だな。

誘われれば断れるはずもなくズルズルとやっちまう。金がなくなるまでな。

そりゃそうさ、いつかは負ける。大事なのは引き際さ。

でも男はギャンブルが好きな余り、やめることができない。

おかげで借金まみれ。人生お先真っ暗と言うわけさ。

流石にキャンブルを禁じ、真面目に働き始めた男だったが

この禁欲生活、どうにも耐え難い。

そこで考え付いた。金を賭けなきゃいいと。

男は日常生活のあらゆる場面で賭けを始めた。

信号があと五秒で変わるか否か。

今から三分の間に目撃する鳥の数は十よりも多いか。

角を曲がってパッと目にする色の中で一番多いものは。

ま、そんな感じだ。

で、ある時その男は次に自分に話しかけてくるのが女か男か、自分の中で賭けをしたんだ。

で、その男は『女』を選んだ。

俺は『ところで外したらどうなるんだ?』と尋ねた。

勝ったって何か貰えるわけじゃない、じゃあ逆に罰か何かあるのか気になったのさ。

『こうするのさ』

男はそう言うと包丁を取り出して……」



 寿限無がシャツの裾をまくった。

そこには刺されてできたような古い傷痕があった。

 それを見て、全員がおおーっと感嘆の息を漏らした。

満足げな笑みを浮かべた寿限無はまあまあと手で制す。


「で、病院に運ばれたその賭け事好きな男は今、こうしてここにいるってわけさ」


「え? ああ、男って……それで刺したってまさか貴方、自分のおなかを……」


「ご静聴どうも」


 ニヤッと笑った寿限無は立ち上がり、西洋風の大げさなお辞儀をした。

なるほど、自分で自分のおなかを刺したってそのまま話したらただの事実。

嘘を言わなきゃいけないのなら、そこは変えなくちゃいけない。

 って、本当に自分で自分のおなかを刺したかわからないじゃない。

事故か何かかもしれないし、ああ、どこまでが嘘で

何が本当かって考えるのも無駄か……。


「い、良い……リ、リアクションだったよ」


 拍手の中、スープカレーが私にそう耳打ちをした。

声が震えているのはその貧乏ゆすりのせいだろうか。


「では次はワシだな」


 ドナルドは咳払いを三回した後、口を開いた。




「ワシが今よりずっと若い頃の話だ。

ボロいアパートの二階に住んでいたんだが、隣の部屋の住人

恐らくは恋人同士である男女は何故だかカーテンをつけていないんだ。

帰り道から丸見えでな。他にそのアパートに住んでいる人はいないから

なるべく仲良くしたいし目を背けてやりたいのだが、ついつい目が行ってしまう。

で、ある夜。ワシは見てしまったんだ。

そこに住んでいる女が包丁で男を刺し殺す瞬間をな。

思えば前からガタゴトと揉めるような音と声がしていた。

ついにやっちまったと言うわけだ。

ワシは情けないことに、驚きの余り、動けずその場で立ち尽くした。

すると……女がワシに気づいた。

だが、慌てる様子もなく、窓を開けてベランダに出た。

そして笑顔でこう言ったんだ。

『驚かせてすみませーん』

ってな。

そして後ろからひょっこりと男が出てきた。

話を聞くと二人は劇団員で、演技の練習をしていたってわけだ。

ホッと一安心だ。

……だが、ある夜。ワシが帰り道を歩いていたら

件の部屋のカーテンが閉まっていたんだ。

ほう、この前の一件もあってようやくつける気になったのかと

少々残念にも思っていたら

バン! とカーテンの隙間から手が窓を叩いた!

その手は血にまみれていて、窓から離れた後も血の痕が残っていた。

また練習か、気合入っているなぁと、特に気にせずワシは自分の部屋に入った。

隣の部屋からはまたいつもの音がしていた。

ガタゴトガタゴトギコギコガタゴト……。

ワシはその二人に訊ねることはできなかった。

疑問を抱いたままブルブル震えて眠ったよ。

その二人は数日後引っ越して、その後どうなったかは知らない。

本番が上手くいったのかも、本当は何の練習をしていたのかもな」



 少しの沈黙。その後、拍手が巻き起こった。


「いやあ、ドナルド! くぅ、良い話だったよ……。さ、次はポピンズさんかな」



「私の話は短いわよ。ある俳優さんのお話。

その俳優さんが夜遅くファミレスに入ったの。

席に座り、少しメニュー表を眺めた後、呼び出しボタンを押したの。

でも、店員さんは来ないわ。

おかしいなと思い、辺りを見渡すと自分以外にお客さんがいないじゃない!

もしかして休業中? いやいや深夜だからお客が来ていないだけだ。

そう考えた俳優さんはボタンを何度も押したの。

すると

『ごごごごごごちゅううもおおおおおんきききまりでしょおおおおかああああ!』

乱れた服装の店員らしき男が包丁を振りかざしながら俳優さんに駆け寄り

そしてザクザクとメッタ刺しにしたの!

刺されながら俳優さんはドラマでも出したことのない大きな悲鳴を上げたわ。

そして……トゥットゥルー!

うふふふっ、実はドッキリ番組だったの。

その俳優さんはね、普段から

『自分は何にもビビらない。どんなドッキリを仕掛けられても動じない』

と豪語していたの。

だからある番組がドッキリを仕掛けたってわけ。

もう俳優さんグッタリ。怒る気力もないわ。

おまけに赤っ恥ね! 刺された時に、持って帰ろうと思っていた

お砂糖やらガムシロップやらがポケットから落ちてしまっていたのよ。

でも悔しかったのね。十数分してようやく、落ち着きを取り戻すと

近くにいた番組スタッフに

『ま、まあ大したことなかったがな』と強がりを言ったの。

するとね、その番組スタッフがこう言ったの。

『実は、小道具の包丁に本物を紛れ込ませていたんですよ。運がいいですね』って」



 話し終えたポピンズはお終い! っと手をパンと叩いた。

場は笑い声と拍手に包まれた。

 照れたような赤い顔でポピンズは髪を触った。


「次は僕だね……」


 スープカレーがキョロキョロと落ち着かない様子で全員の顔を見た後、話し始めた。



「あ、ある子供の話なんだ。

な、夏休み、彼は林にカブトムシを捕りに行ったんだ。

夜だったけど自宅近くだったから両親も心配していなかった。

以前、この辺りにいると噂になっていた

不審者の話もめっきり聞かなくなっていたしね。

で、でも、だからって毎晩、家を出て

おまけに日に日に帰る時間が遅くなってはそうもいられない。

両親はさすがに少年を叱ったんだけど、効果なし。

少年はこっそりとまた夜に家を出たんだ。

ち、父親はそれに気づいていた。

だから少年の後をこっそりつけて行った。

心配なのと何をしているのか気になっていたんだ。

だ、だって少年はカブトムシどころか虫かごを空にしたまま帰ってきていたんだから。

少年は林の奥に進み、ある木の前で立ち止まった。

そして……木を抱きしめたんだ。

一体何をしているんだ?

父親はそう思い、ゆっくり、足音を立てないように近づいた。

すると思わず、悲鳴を上げそうになった!

少年が抱きしめているその木には沢山の虫がくっついていたんだ。

お目当てのカブトムシどころか、クワガタや蝶もね。

ど、どうして捕まえないんだ?

疑問に思った父親は少年の肩をつかんだ。

父親は今度は悲鳴を我慢できなかった。

顔を上げた少年の、その口の周りにはベットリと樹液が付いていたんだ。

目は虚ろで、ニヤけた顔して少年はゆらゆら揺れた。

な、何かがおかしい。

父親が後ずさりすると、グニィ。何か柔らかなものを踏んだ。

キノコだ! キノコ!

それも今まで見たことがないのがビッシリと木の周りに生えていたんだ。

父親は少年を抱きかかえ、家まで走った。

後日、その木の下から例の不審者の遺体が見つかった。

そ、そいつはマジックマッシュルーム好き、つまり麻薬中毒者だったんだ」



「ありがとうスープカレー。

いやぁどれも素晴らしい話だった。おかげでちょうどいい時間だ」


 拍手の中、クーパーが部屋の掛け時計を指さした。

いつの間にか結構、時間が経っていたようだ。

 全部、嘘話とは言え、結構楽しめた。また来てもいいかもしれない。

でも、その時には私も何か話を用意しないと……あ、ふふふっ。

なんか楽しくなってきた。案外、いい集まりなのかも、なんてね……。


「それじゃあ、行こうか。歓迎会だ」


「え、行くってどこへですか?」


「まあまあ、行きましょ! 行きましょ!」


 ポピンズに背中を押され、建物の外へ。

 深夜遅く、人気のない道を歩く。寝静まった商店街に出た。


 ――ガチャン!


 何かが割れたような音に私はパッと目を向けた。


「じゅ、寿限無さん! 何をして――」


 ――ガチャン


 またガラスが割れるような音。いや、割ったような音。

今度はドナルドだ。手に拳大の石を持っている。

二人が閉まった店に石を投げ込んだのだ。

 いや、二人だけじゃない。メンバーが次々、ガラスを割っていく。


「ポ、ポピンズさん?」


「あら、うふっ」


 ポピンズが車の窓ガラスを割り、車上荒らしをしている。

手に持ったいくらかの小銭を嬉しそうに自分の服のポケットにしまった。


 唖然とする私。その肩に誰かが手を置いた。


「あ、ク、クーパーさん、これは一体……」


「ま、ストレス解消さ。生きにくい我々はこうして時々、発散しないとな」


「で、でも」


「まあ、この世の中は迷惑かけて、かけられさ。

それにドッキリみたいなものだよ。

朝、これを見た奴の驚く顔を想像するとははははっ! 傑作じゃないか!」


「クーパー! 持ってきたよー!」


「お、ありがとう、スープカレェイー!」


「ちょ、ちょっと、それ、まさかガソリン……?」


 スープカレーが重たそうに運んできたのは中身が入ったポリタンク。

私の問いかけに、スープカレーが微笑む。つまりイエスという事だ。

 街灯に照らされたその顔は

針を振り切ったような笑顔でありながらもどこか夢うつつで

鼻の下には白い粉が付いていた。


「うふふふ、派手に行きましょう!」

「あの街灯の高さまで燃え上がるか誰か賭けようぜ」

「良い歓迎会だな」


「はははははっ! そこの布団屋にしよう! よく燃えそうだぁ」


 スープカレーがクーパーの指示に従い、店の中に入り

ガソリンを床、棚、店全体に撒いた。

 そして、クーパーは恍惚とした表情で少しの間ライターの火を見つめると

満面の笑みで投げ込んだ。

 店は一気に燃え上がった。

 メンバーからこの夜一番の笑い声が上がった。

気づけば私も笑い、手に持たされた石を投げ込んだ。

 ああ、もうどうにでもなれ。

狂ったような笑い声と業火の音が響き渡り、世界の中心にいるような気分になった。




「と、君が話した、その嘘つきの会だが確認が取れない。

医師も何のことかわからないと言っている」


「……」


 取調室。私が黙っていると二人の刑事は目配せをし、部屋から出て行った。

私を見るあの目。よくあることだ。


 あの後、いつの間にか他のメンバーは消え

現場に駆けつけた警官に私は逮捕された。

 取調室のドアの小窓から彼らが何か話しているのが見える。

恐らく、全て私の嘘。そう話し合っているのだろう。

私に虚言癖があるからだ。そう片付けるのが楽だ。

 そうだ……彼らは私を利用したんだ。

入念に下調べし、監視カメラの死角にいたのだろう。

 彼らは虚言癖じゃない、あるいはそれだけではなかったんだ。

ギャンブル依存、窃視症、盗癖、違法ドラッグ依存、そして……放火癖。

 

 彼らは実在する。でも、眠っていないせいか

このとろけたような頭じゃ、いくら説得しようとしても無駄。

せめて何か証拠があれば……と言っても持ち物は全て没収された。

 ……ああ、もういいか。今はとりあえず眠りたい。

でもここで寝たら怒られるだろうか。

 むず痒い鼻を一度鳴らし、額を机の上につける。

この冷たさが気持ちがいい。

もし、しばらく戻ってこないようなら寝ちゃおう。どうかな……。

 ドアの小窓に近づき、布の隙間から廊下を見る。

刑事たちはまだ話し合っているようだ。多分、というか当然、私のことを。

 あの感じ、きっと悪口ね。はいはい、私のせいですよ。

いつだってそう。子供の頃からいつもそう。

 盗んだのも私。内緒話を盗み聞きし、広めたのも私。

 火遊びも私。それに……っとなんだろう? 

ポケットの中に……なんだ、ただの硬貨か。あ、そうだ。


 私は硬貨を指で弾き上げた。

 キラキラと部屋の灯りで輝く硬貨を、両手の手の平でキャッチする。


 表か裏か。

 

 当たったら……じゃあ、そうね。彼らが助けに来る。

 外れたら来ない。もう二度と会う事はない。


 私は独りでそう、賭けをした。

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― 新着の感想 ―
[一言]  話が重なるごとに虚実が入り乱れ、最後まで狂気と正気がカオスでした。ちょっとイッちゃった人の頭の中をのぞき込むようなストーリーに引き込まれてしまいました。何か凄かったです。ありがとうございま…
[良い点] 非常に面白いです。作者ならではの、特異な発想ですね!!! ここまで行くと、もう、天才の一人ですね。 [気になる点] 無 [一言] 直ぐに私の願い聞いて下さり、ありがとうございました!!!
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