066 圧殺戦術
「ナイトメア・レイッ!」
日屋見さんを含む他の面々とタイミングを合わせ、私はナイフを投げ放った。
ナイトメア・レイ――投擲系の最上位に位置する、新たに覚えたばかりのスキルだ。
発動と同時に、ナイフを握り腕が軋む。
耐えられない痛みではないが、さすがにスキル自体の威力が上がってくると、体への負担も増えるようだ。
このスキルにより投げられた刃は、光に限りなく近い速度で射出され、対象を貫く。
それは人間が知覚できる速度ではない。
すなわち、発動とほぼ同時に着弾し、アドラシア城の土手っ腹に大きな穴を空ける。
さらには空気との摩擦により炎が発生し、周囲を激しく燃え上がらせた。
私だけでなく、他のみんなが放ったスキルにより、瀬田口たちのいる城は瞬く間に瓦礫へと変わっていく――
◇◇◇
今から数時間前。
日屋見さんが教室を発ってしばらく後、私たちは拠点を出た。
アドラシア城を破壊したら、そのままフロアの主となった曦儡宮との戦闘に入る可能性が高い。
そして主を破壊すれば、このフロアは崩壊するだろう。
なので戦う力を持たない生存者たちも、ある程度は城の近くまで移動させておく必要があった。
問題は、彼らをどう戦闘に巻き込まずに隠し通すかだけど――あの教師たち、見つけたら戒世教の信者以外は容赦なく殺しそうだもんね。
その道中、私のスマホから通知音が鳴った。
隣を歩く令愛がこちらに顔を近づける。
「日屋見さん、何だって?」
「地下牢で生存者を見つけた、だってさ」
「やはりあそこに閉じ込められておったか」
城の間取りについては、ネムシアの書いた図を日屋見さんに渡してある。
彼女は迷うことなく地下牢に到達できたはずだ。
「生きてるのは五人、全員若い。おそらく学生」
「たったの五人だなんて……」
肩を落とす令愛。
すると近くにいたギィが私に尋ねる。
「三階には何人イタ?」
「学校が取り込まれた瞬間なら、生徒だけでも百人以上はいたんじゃないかな」
「九割以上が死んだわけか……とんだ屑教師もいたものだ」
真恋がそう吐き捨てる。
井上さんも、深くうなずくと彼女に同調した。
「子供を守るべき教師が子供を殺める……警察だって似たようなものだったわ。光乃宮市は戒世教に毒されすぎているのよ」
「会衣は、怖い。ずっと光乃宮で生きてきたのに、その存在すら知らなかった」
「私も会衣といっしょだよ。もし私たちが無事に脱出できたら、学校はもう無くなってるわけだよね。そうしたら、戒世教も弱くなってるのかな?」
緋芦さんの問いに、私ははっきりとは答えられなかった。
「学園にいるのはあくまで幹部。もっと上の人間は無事なんじゃないかな」
「実は校長先生が教祖だった……なーんてことないよね」
「令愛の言う通りだったら、ここでケリが付くんだけど」
そうこうしているうちに、遠くに城が見えてきた。
これ以上近づくと、向こうから捕捉される可能性がある。
一方で、道を外れた右手の方には小さな集落の跡があった。
私たちはそこに身を寄せる。
建物は腐敗し、今にも崩れそうになっているため、牛沢さんは習得した“建築”のスキルを使用し、その場に全員が入れる小屋を作成する。
「……本当に一瞬でできた。会衣、びっくり」
「私も驚いてる。こんなに便利なら、もっと早くに使えるようにしておけばよかったね」
とはいえ、今まで過ごしてきたのは校舎と遊園地。
部屋や建物には事欠かないため、建築スキルを使う機会もあまり無いのだけれど。
集落の中なので、この小屋も目立ちにくいはずだ。
中に戦闘に参加しない全員を詰め込んで、聖域を展開する。
そうこうしているうちに、日屋見さんは城からの脱出を済ませたらしい。
ギュゲスの能力により姿を消したまま、彼女は囚われていた生徒を引き連れて集落までやってくる。
「任務完了だ。おかえりのキスを所望してもいいかな?」
姿を現すなり、日屋見さんはそう言って真恋を抱きしめた。
真恋はしぶしぶ――と言いつつもどこか嬉しそうに、日屋見さんの頬に口づける。
……妹のそういうの見るの、ほんと気まずいな。
私は気を取り直し、生徒たちに視線を移した。
「あ……あぁぁ……生きてる、生きてるぅぅ……うあぁぁああ……っ!」
大勢の人間が生きているのを見て安堵したのか、一人が声をあげて泣き出す。
すると他の数人も、釣られるように涙を流して崩れ落ちた。
一方で、焦点の合わない目でぼんやりと景色を眺めている者もいる。
服は総じてボロボロに破れた上で茶色く汚れていた。
ストレスからか毛髪が抜け落ちてしまっている者までいるほどだ。
相当過酷な環境だったんだろう。
真恋との“儀式”を終えた日屋見さんは、私の横に立つとため息交じりに語った。
「私が来たときは、全身傷だらけで、逃げないように全員の足が潰されていた。食料も十分に与えられず、ひどく衰弱していてね。今はヒーリングでどうにか誤魔化している状態というわけだ」
「回復魔法じゃお腹は溜まらないもんね。とはいえ、私たちも大した食料は持ってないし――あ、水あげたほうがいい?」
「よろしく頼む」
私はスマホからコップを取り出すと、ウォーターで生み出した水を注いで全員に渡した。
真水を飲んだのが久しぶりだったらしく、彼らは実においしそうに、あっという間にそれを飲み干した。
「早く脱出して、おいしいものお腹いっぱい食べてもらわないとね」
「同感だ。私の準備はできている」
「うん、さっそく始めよう」
ステータスの割り振り、スキルの習得も完了している。
あとはギュゲスで姿を消し、城に近づいて七人分の最大火力をお見舞いしてやるだけだ。
◇◇◇
所定の位置に付くと、透明になった私たちはそれぞれの武器を構える。
はっきり言って、ギュゲスのこの能力はズルだと思う。
でも、壊疽の場合は必ずしも視覚で相手の位置を探すわけじゃないし、効かない相手だっているのかもしれない。
結局のところ、これも本来は化物に対して使うべき能力を、人間に対して使っているからこそ生じる歪みの一部なんだろう。
だけどこれは殺し合い。
ズルなんて大歓迎。
あっちは一応、見張りみたいなやつを窓際に立たせて外を監視してるようだけど、それだけで私たちを見つけられるはずがない。
先陣を切ったのは、生存者の救出という大役を果たした日屋見さんだった。
ギュゲスの能力解除のタイミングの問題もあるので、彼女が一番手を務めるのがベストなのだ。
「あまり言いたくは無いんだけど――あの城にいる人間たちは、ここで世界と共に朽ち果て滅びるべきだ」
日屋見さんにそこまで言わせるのだから、よほど醜かったんだろう。
そして彼女の腕からギュゲスが射出され、城の真上へと飛んでいく。
「流星のスターフォールッ!」
ギュゲスから地上に向けて無数のレーザーが放たれる。
それを皮切りに、私たちは一斉にスキルを放った。
「バスターショットッ! 続けてミサイルショットも食らいなさい!」
井上さんにも躊躇はなかった。
本来、彼女は相手が人間だと知れば悩むタイプだ。
しかし、救出された人たちを見て、こう認識したのだろう――城にいるのは人間ではなく、人間の姿をした化物だ、と。
事実、それは正しい。
壊疽の力を取り込み、人を食らう者など、ゾンビのほうがよほど近い存在なのだから。
「私も負けてらんないな。ナイトメア・レイッ!」
私が投げたナイフは一筋の光となって、城を貫く。
ほぼ同じタイミングで、ネムシアが私に続いた。
「トリプルキャスト――からの、ワイバーンレイジだ! せめて我の手で終わるがよい、愛しき故郷よッ!」
三つ首の竜が風のブレスを吐き出し、生まれ育った思い出の地を粉々に砕く。
その瞳には涙が浮かんでいた。
彼女の痛みを心から理解できる人間は、おそらくもうこの世に存在しない。
だからこそ、ネムシアは踏み越えていくことを選んだのだ。
決別の覚悟を示すために――誰よりも容赦なく、彼女は魔法を打ち込んでいく。
「双生鞭!」
さらにその横では、ギィが二人に分身していた。
魔法の威力に特化したスキルを持っているわけではないので、ネムシアのトリプルキャストのように三連撃、というわけにはいかない。
だが二人に分身した状態から放つ高位の光魔法による二連撃は、十分すぎる威力を誇る。
『ギシシ……曦儡宮をこの手で殺せるなんて、エリカについてきてよかった! サンライトクラッカー!』
殺意と喜びに満ちた笑みを浮かべ、彼女はその手に光でできた鎖を握る。
その両先端には小型太陽とも呼ぶべき超高熱を発する光の球体が取り付けられていた。
二人のギィはそれらを振り回し、何度も何度も城に向かって叩きつける。
殴り、焼き、溶かし、蒸発させる――
『ギシシシシ! 死ね! 死ね! シネ! アタシの“個”を完全なものにスルために! お前はこの世から跡形もなくキエロ!』
ここまで感情をむき出しにするギィというのは珍しい。
憎悪に満ち溢れたその笑顔は、どこまでも人間らしく濁っていて、私の目には魅力的に見えた。
一方、その奥では、何やら刀を天にかざしている真恋の姿があった。
彼女は今まで、広範囲を破壊するようなスキルを覚えていなかったはずだけれど――そう思って見ていると、鍔のあたりから青白いオーラが噴き出す。
それは刃を覆うどころか、空高く、数十メートルの高さまで伸び、やがて巨大な刀を形作った。
「月影の太刀――うおぉぉおおおおッ!」
そして両腕に血管が浮き出るほど力を込め、城へ向かって振り下ろす。
「瀬田口、私は貴様を殺してみせる! 本当の意味で、倉金真恋という己を受け入れるためにッ!」
ズドォンッ! と高層建築物が横倒しになったような、大きな音が響き、あたりが揺れる。
だが真恋は一太刀のみでは満足せずに、さらにその刀で城を薙ぎ払い、叩き潰す。
こうなると、もはや城内に安全な場所などはない。
すでに巻き込まれて絶命したであろう教師の血液や体の一部が見えてはいたが、命からがら、あの黒いスライムに守られて脱出を図る者もいる。
彼らはかなり素早い。
逃げられれば、この大雑把な攻撃で捕まえるのは難しいのだけれど――そんなときのための備えもちゃんとある。
「令愛、あれをお願い!」
「わかった、あたしの出番だね。サンクチュアリウォール――そしてウォールプレッシャーッ!」
令愛はイージスにより展開した防壁を、すぐさま城に向かって射出する。
そして衝突する寸前で、さらに別のスキルを発動させた。
「最後にウォールプリズンで閉じ込めるッ!」
ぐにゃりと防壁が大きさと形を変え、城全体を覆い尽くす。
すると逃げようとしていた教師は、その壁に阻まれ足を止めた。
令愛の防壁は、外からの侵入を防ぐ一方で、内側からの脱出は自由である。
ならば、それを逆にしてしまえば――壁によって動きの止まった男の頭上から、真恋の刀が降り注ぐ。
慌ててガードするけれど、もろとも潰し殺すだけの威力がそこにはあった。
もっとも、仮にそれを耐えたところで、すぐさま私のナイフが、ギィの小型太陽が、ネムシアの暴風が――とまあ、即死級の攻撃が次々と降り注ぐのだから、どのみち生き残ることはできない。
『モンスター『曦儡宮分御霊』を撃破しました。おめでとうございます、レベルが110に上がりました!』
そうしている間に、次々と“化物”は絶命していき、私たちには笑っちゃうほど大量の経験値が入っていた。
もはやボーナスゲームだ。
やがて城が跡形もなくなり、何なら地面までえぐれて原型を留めなくなった頃、私たちは攻撃の手を止めた。
「これだけやれば十分だろう」
まだ足りない――と言いたげな表情で日屋見さんが言う。
確かにあいつらの不快さによって感じたストレスを解消するには、もうちょっと暴れたかった。
でも“次”がある以上、ここで出し尽くすわけにもいかない。
「グゥ、いっそ一緒に曦儡宮も死んじゃえばいいのに」
「分御霊の撃破は確認できたけど、本体を倒したというメッセージは聞こえてこなかったわね」
「……これで無礼な侵入者どもが一掃できたかもわからぬからな」
「瀬田口から正確な人数を聞き出しておけばよかったな」
「と言っても、真恋さんや日屋見さんにそんな時間はなかった、よね?」
私に聞かれても困るよ、令愛。
「無かったんじゃないかな、慌てて逃げてきたみたいだし」
なぜか真恋のフォローをする私。
すると日屋見さんが私に向かってニコリと微笑んだ。
「まだ仰木先輩の防壁は効果を発揮しているようだからね、生き残りがいても逃げられないさ」
「最強の盾は最強の檻にもなりうるか。しかし、曦儡宮を完全に封じ込めるほどの強度があるかどうか――」
真恋がそう危惧していると、激しく地面が揺れはじめた。
そしてアドラシア城跡地がボコッと盛り上がり、地下から何かが出てくる。
「噂をすればなんとやら、のようであるな」
「ギシ……ギシシっ、この臭い。本当にアイツ、腐っちゃったんだ。ザマアミロ」
「ついにご対面、だね」
「うん。結局は黒幕では無かったわけだけど、感慨深いものがあるよね」
今にも化物が出てきそうになってるってのに、呑気すぎるだろうか。
でも恐ろしさで言えば、1階で出くわした化物が一番だったからな。
ここまで来ると、『やっと会えるんだ』っていう気持ちの方が大きくなってしまうというか。
土と瓦礫を跳ね除けて、ついにその黒いスライムは地上に姿を現した。
「グオォォォオオオオオオッ!」
理性のない化物じみた咆哮を響かせるとともに、城の敷地を覆っていた令愛の防壁が歪みはじめる。
「さすがに……完全に抑え込むのは、難しいかも」
「仕方ないよ。それができたら完全に一方的な勝負になっちゃうから」
曦儡宮だって、伊達に神様を名乗ってるわけじゃない。
相応の力があるからこそ、崇められたんだ。
加えて、今はそこに界魚の腐敗の力も混ざって――って、それで強くなってるかはわかんないけど、とにかく普通の人間よりは遥かに格上の存在であることに間違いはない。
その力を示すように、体を膨張させながら暴れる曦儡宮は、ついに防壁を破壊した。
「くっ……」
「令愛、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと衝撃が伝わってきただけ」
痛みがないなら何よりだ。
地上に姿を現した曦儡宮の近くには、真恋たちが見たという巨大な少女の姿は無い。
やっぱり別の存在――あくまでフロアの主は、この腐った曦儡宮ってことか。
その巨体がうごめくたびに、周囲に腐敗臭が撒き散らされる。
やがて相手は私たちの姿を見つけたのか、ぴたりと動きを止めた。
そして体に切れ目が入り、ぎょろりと大きな瞳がこちらを見つめる。
体が黒なので腐っているか見分けるのが難しかったけど、眼球を見るとそれは一目瞭然だった。
「人間……我を裏切る人間……許さぬ……許さぬうぅぅっ!」
怒りに連動して、黒目がぷるぷると震える。
そして瞳の目の前で、光が収束しはじめた。
「どうする、防ぐ?」
「いや、一撃目はまず避けて様子を見よう」
曦儡宮は私を見ているような気がする。
試しにその場から駆け出し、令愛たちから離れてみると、収束する光の狙いはこちらを向いた。
たまたま真正面にいたからだろうけど、素早い私をターゲッティングしてくれるのは都合がいい。
あの光が、令愛の防壁で防げるかどうか、私のナイフで逸らすことは可能か――確かめたいことは色々ある。
そう考え、両手でドリーマーを構えていると、曦儡宮に吹き飛ばされた瓦礫の影から人影が飛び出してきた。
「……誰? 男の人?」
白髪まじりの、それなりに歳の行った男性のようだ。
彼は歳不相応の素早い動きで、曦儡宮と私の間に割り込んだ。
「お前は……邪魔をするな! 我は殺す。人間を殺すううう!」
憎しみをむき出しにする曦儡宮。
一方で男は、その声に耳を傾けずに、天に向かって語り始めた。
「ああ、曦儡宮様! なぜなのですか! なぜ真の世界に到達した我々に、このような試練を与えられるのですかぁぁあッ!」
……頭痛くなってきた。
「何者なのだ、あの男は」
ネムシアが眉をひそめ、私に問いかける。
確かにどっかで見た気がする、たぶん学校なんだよね。
「えーっと……」
「校長先生だよ、依里花!」
「ああ、石暮校長!」
言われてやっと思い出した。
全校朝礼とか大体嫌がらせ受けてたからまともに話聞けなかったもんなあ。
「要するに、お主らの学校の親玉というわけだな」
それはつまり、戒世教の中でもそれなりの地位を持っている、ということを意味する。
そんな信心深い人間の目の前に本物の曦儡宮がいるっていうのに――彼らにとっては、それは曦儡宮じゃないんだ。
自分たちに力を与えてくれた存在、つまりは夢実ちゃんのことを曦儡宮だと思いこんでるんだから。
「曦儡宮とは我の名――」
「まだ選別が必要だとおっしゃるのですか! しかし……ああ、私は生き残った。私は選ばれた。そういうことなのですね、曦儡宮様! そして今、最後の試練が私の目の前にッ!」
校長が指さしたのは、私たちだ。
どうやら勝手に試練に認定されたらしい。
そして彼の体が黒いスライムに覆われ、頭部にぎょろりと無数の瞳が現れる。
「今度こそ、真の世界にたどり着くために……ッ!」
まともに話もせずに、勝手に殺意をむき出しにしてくる校長。
一方で、後ろの方でひっそりと瓦礫が動き――そこから瀬田口が顔を出したのを、私は見逃さなかった。
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