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056 敗者の足掻き

 



 須黒くん、白町くん、中見さんの三人が竜巻に巻き込まれているうちに、私たちは陣形を整える。


 私、令愛、真恋が前へ。


 ギィとネムシアは後ろから魔法による攻撃を行い、井上さんと日屋見さんは臨機応変に前衛と後衛を使い分ける。


 そして短い時間で、互いに戦った相手の注意点について情報を交わし、簡単に作戦を組み立てた。


 すると早速、竜巻に異変が起き始めた。


 急に一箇所に固まったかと思うと、まるで振り回されるように上の方だけ円を描き始めたのだ。




「我の魔法が暴走しておるのか!?」


「グゥ……そうじゃない。相手に掌握された」


「制御を奪われたと?」


「いや、たぶん力ずくだと思うよ」




 私がそう言った直後、竜巻の中心から咆哮が響きわたる。




「グオォォオオオオオオッ!」




 吼える須黒くんは、そのまま束ねた竜巻を私たちに向かって叩きつけた。




「あ、あたしが防ぐねっ!」


「我の魔法ならば我も責任を取らねばなるまい!」




 令愛は防壁を展開し、みんなを守る。


 だけどそれだけじゃ止められない。


 ネムシアがエアバーストで竜巻の威力を削ぐことで、どうにか防御に成功した。


 しかし防壁は砕ける。


 そして次の瞬間、舞い上がる砂煙の向こうから無数の銃弾が放たれた。


 骨の化物になった白町くんのものだ。




「白町はあたしが対応するわ、ガトリングショット!」




 井上さんは負けじとトンファーから銃弾を連射し、それを撃ち落とす。


 しかし威力はわずかに白町くんの方が勝っているため、完全には相殺しきれない。




「撃ち漏らしたぶんは――」


「ああ、私と依里花で叩き落とすッ!」




 残りはナイフと刀で斬り落とした。


 だがまだ中見さんが残っている。


 彼女はどこから来る?


 あの性格だし、真正面から来るとは思えないけど――




「……背後から来るとは思っていたが、プライドの高い君がモグラの真似事とはね」




 すると日屋見さんはそういった。


 彼女はギュゲスを地面に当てている。


 どうやらそこから地下の震動を感じ取っていたらしい。


 するとそのままギュゲスは高速震動を始め、地面に揺れを伝搬させた。




「激動のハートビート――地上より地下のほうがよく効くだろう?」




 すると少し離れた地面がぼこっと盛り上がり、中から鋭い爪の獣が飛び出してくる。




「があぁぁああっ! この女、どこまでもわたくしの邪魔を!」




 血を吐きながら着地したのは、二足歩行の白狼となった中見さんだ。


 彼女は日屋見さんを睨み、声を荒らげる。




「ますます品が無くなったね。腐った匂いもひどいものだ」


「光栄にも曦儡宮様に近づいただけのこと。より純度の高いわたくしの力をお受けなさい! 紅蓮――」


「ギシシ、九尾鞭」




 すると、いつの間にか背後に立っていたギィが九本の鞭で中見さんを突き刺す。


 ギリギリで避けたので鞭は掠るだけだけど、魔法を同時に放っていたからか肌の表面がわずかに焼けた。




「頭に血がのぼってるから周囲が見えない。体がバケモノになって、知能までレッカした?」


「どこまでも馬鹿に……!」


「ギシ、アタシは真面目にコーサツしただけ。だよね、ヒヤミ」


「ああ、まったくもって正確な分析だ。図星だから歯ぎしりしているのだろう、中見くん」


「貴様ら、わたくしをどこまでコケにしたら……ッ!」


「コケ。ギシシ、コケだって!」


「今から負ける三下の言うセリフだね」


「――ッ!」




 中見さんはもう何も言わずに、血の刃を二人に向かって振り放った。


 あっさり避けられてしまったけど、速度も威力もなかなかのものだ。


 慎重に、冷静に、機を見て放っていたら、初見の状態では避けるのは難しかったかもしれない。


 まあそうさせないのが、ギィと日屋見さんってことなんだろうけど。


 とりあえず中見さんはあの二人に任せておいて大丈夫そうだ。




「おお……体に力が溢れている。俺は今、人間では立ち入ることの許されない場所に立っている! なあ、そうだろう白町!」


「お前が楽しそうで何よりだよ」


「そう悲観するな。どうせ白町の抱ける女はもうこの世に残っていない。滅びる前ぐらい、獣のように暴れてみるのも一興だぞ」


「ああそうだな。楽しそうな須黒を見てたら、それも悪くない気がしてきたよ」




 問題はあっちの二人。


 どうやら何だかんだ言って、須黒くんと白町くんはお互いの精神性を補完しあう間柄のようで。


 せっかく白町が落ち込んでたっていうのに、一緒になった途端に元気を取り戻している。


 あれが友情ってやつ? はっ、誘拐犯同士の友情なんて反吐がでるね。




「さあ、俺を止めてみろ倉金! マルスチャージッ!」




 力場を纏いながら、こちらに猛突進してくる須黒くん。


 あのタックルと、やたら強いアレウスカノンとかいうパンチが厄介なんだよね。


 相手をぶん投げる技を、さっきの竜巻に使ったんだとしたら、スキルのクールタイムがまだ残ってるはず。


 だからまずは須黒にスキルを使い果たさせる。




「井上さん、ミサイルでお願い!」


「やってみるわ。ミサイルショットッ!」




 まずは井上さんの強力な遠距離攻撃で牽制。


 ミサイルに変形したトンファーを発射する。




「そんなもんで須黒を止めさせるかよ!」




 しかし白町くんがすかさずミサイルを狙撃。


 須黒くんに命中する前に爆発してしまう。


 爆風に巻き込むことはできたけど、あれしきで止まるはずもなく、炎の向こうからは無傷の須黒くんが現れる。


 速度もほぼ落ちていない。


 けど井上さんにはまだスキルが残っていた。




「続けてバスターショットッ!」




 二つのトンファーをくっつけて、巨大な砲門に変形させる。


 そこから放たれれるエネルギー弾は、狙撃したからといって止められるものではない。


 問題は、須黒くんがマルスチャージだけであれに対応できるかだけど――




「ならばアレウスカノンでッ!」




 よし、突進を止めた。


 そして突き出される拳が、井上さんの最強の一撃を粉々に打ち砕く。


 衝撃が周囲に広がり、瓦礫が舞い上がる。




「あれを素手で壊すなんて……!」




 しかも須黒くんはなおも無傷だ。


 本当にろくでもない。


 私と真恋は砂埃で視界が塞がれるのに乗じて、その碌でもない須黒くんの横を通り抜け、白町くんに接近する。


 そしてほぼ同時に、強烈な攻撃を繰り出した。




「メテオダイブッ!」


「十六夜!」


「何っ!?」




 突然現れた私たちに、彼は反応できない――はずだ。




「痛み分けだ、片方の命はもらうぞ。イベント・ホライズン!」




 来た、ネムシアが言ってたヤバそうな攻撃。


 瞬間、ナイフを持っていた私の左肩から胸にかけてがごっそりと吹き飛ばされる。


 問題はない。


 同時にヒーリングを使えばいいだけだ。


 このせいでメテオダイブの威力は片手、つまり半分まで削がれてしまったけど、それでも直撃を受けて無事でいられるはずがない。


 私のドリーマーが頭蓋骨の右上あたりを砕き、真恋の刺突が白町くんの片腕を持っていった。




「倉金――ネムシア(あの女)と同じ対策をぉッ!」


「情報共有って大事だよね」




 よろめく白町くんに追撃をしかけるべく、私は距離を詰める。


 すると背後から誰かに服を引っ張られた。




「退くぞ」




 真恋が言う。




「白町ィッ!」




 思ったより須黒の動きが早かったのか。


 彼は一息でこちらに飛び込んでくると、拳を地面に叩きつける。




「砕け散れえぇぇぇえッ!」




 私と真恋は直撃を避けるべく、後ろに飛んで散ったけれど――


 須黒くんを中心に地面が盛り上がり、見上げるほどの高さの石柱が地面からせり出してくる。


 しかもガゴンッ! ガゴンッ! と波打つように外に広がりながら。




「馬鹿な、やっていることが滅茶苦茶だ!」




 思わず真恋が声を荒らげるぐらい、それは冗談めいた光景で――ちょっとこのままじゃ逃げ切れそうにない。


 手足は持っていかれてもいいから、いかに生き延びるかを考えないと。


 そんなことを思っていると、須黒くんの近くに立つ白町くんが、私たちに両腕を向ける。




「逃さねえぞ倉金ェ!」


「く、この体勢じゃ――ッ!」




 放たれる骨弾を、私と真恋は武器で払い落とす。


 けれどそれにも限界があり、ばらまかれる弾丸は確実に私達の手足に傷を残した。


 そうしているうちに、足元からは石柱が迫り――さすがに避けきれず、私は腕に、真恋は脚に直撃を受ける。


 あっさりと千切れ、空を舞う私たちの破片。


 なおも次の石柱が迫っており、今度はそこに攻撃をぶつけてあえて弾き飛ばされようか、なんて作戦を立てていると、前方に飛び上がる巨体が見えた。


 須黒くんだ。


 まだ石柱だって避けきれてないっていうのに、次の攻撃を繰り出そうとしている。




「やらせはせぬぞ、ワイバーンレイジ!」




 そこに割って入ったのはネムシアだ。


 彼女の背後に浮かび上がった緑の竜が、風のブレスを吐き出し須黒くんを攻撃する。




「ちっ、仕留めきれんか」




 さすがに大量のMPを消費する魔法なだけあって、彼もスキルで対処せざるをえない。


 私と真恋はひとまず狙いから離れる。


 そのとき、急に私の体が後ろに引き寄せられた。


 腰に巻き付いているのはギィの鞭だ。




「ありがと、ギィ!」


「助かる」


「ギシシ!」




 私と真恋を助けたギィ。


 しかしそんな彼女の背後に、中見さんが立っていた。




「よそ見をする暇はございませんよ」




 元々、ギィは彼女と戦っていた。


 そこを強引に抜けてでも、私たちを助けに来てくれたんだろう。


 その代償として、ギィは大きな隙を見せることとなった。


 日屋見さんが急いで中見さんを攻撃しようとするけれど、間に合いそうにない。


 鋭い爪がギィの腹を貫く。


 そこに穴を空けて一度は回避するものの、彼女の体はすぐに引き裂かれた。


 巻き付いていた触手からも力が抜け、私の体は空中に投げ出される。


 私は中見さんに向き合うと、ドリーマーを彼女に投げつけた。




「よくもギィを――フルバーストッ!」




 無数のナイフに狙われ、白狼はバク転しながらそれを避けていく。


 ひとまず距離は取れた。


 すぐにギィを治療しないと――そう思って駆け寄っていると、




「ヒーリングオーブ!」




 先にギィに回復魔法を使われてしまった。


 しかも私たちもまとめて回復するやつだし。




「ギシシ、作戦通り」


「身を挺して依里花を守ったわけか」


「真恋だって守られてたじゃん」


「どうせ私はついでだろう」


「もちろんついで。アタシ、エリカのためなら命は惜しまない!」




 その信頼が嬉しくもあり、恐ろしくもあり。


 恩を感じてくれてるのはわかるけど、さすがに何もお返ししないわけには……ねえ?


 命に報いるお返しなんて思いつかないんだけど。


 と、ほんの少しだけ平和な空気を味わっていると、数メートル先に立つ中見さんがそれをぶち壊す。




「惜しくないのならそのままお死にあそばせ――」


「やらせるものかッ!」




 何かを察知し、殴りかかって邪魔に入る日屋見さん。


 だが中見さんはそれを軽く躱す。


 “逃げ”に入れば、速度で勝る中見さんを捉えるのは難しい。




「紅葬回帰」




 血をたっぷり吸った爪から紅色が消える。


 そして次の瞬間、ギィの体が爆ぜた。


 肉体をスライムに変える暇もなく、(なかみ)をぶちまけながら瞬時に絶命する。




「な……」




 絶句する真恋。


 話には聞いていた。


 中見さんは相手の血を使ってスキルを発動する、そして相手に一度傷を与えた部位を記憶し、その場所を無条件で攻撃できると。


 だから心の準備はできていた。




「リザレクション」




 速やかにギィを蘇生。


 そしてヒーリングでHPを回復。




「せっかく殺してさしあげたのに、簡単に蘇るのですね。まるでゾンビではございませんか」




 ギィの体を抱え上げ、中見さんをにらみつける。


 イラッとした。


 個人的に彼女と繋がりはないけれど、育ての親なだけあって大木みたいな“臭さ”がある。


 存在そのものが不快だ。


 すると、ギィはむくっと起き上がり、「ギシシ」と笑いながら私の顔にぺたりと両手を当てた。




「その顔は、アタシのためのもの?」




 一瞬、何を言っているのかわからなかったけど――すぐに理解し、答える。




「そうだよ。ギィがやられたからムカついてる」


「ギシシ、嬉しい。エリカがアタシのために怒ってくれてると思うと、胸がきゅうっとして、ゾクゾクする!」


「ゾクゾク……?」




 それが正しいのかわからないけど、喜んでもらえたみたいで何よりだ。




「そのようなこと、戦いの最中にやる余裕などございませんでしょうに」




 そしてギィは上半身だけをくるりと中見さんの方に向け、歯を見せて笑いながら言った。




ありがとう(・・・・・)


「……?」


「ナカミのおかげで、アタシのために怒ってくれるエリカが見れた。ナカミのおかげで、アタシの命はよりエリカのものになった! ありがとう、ありがとう。ナカミはいい踏み台(キューピッド)だね!」




 ぷつりと、何かが切れる音が聞こえた気がした。


 周囲の温度が何度か下がりそうなぐらいの強烈な殺意が噴き出して、辺りを覆う。




「これはこれは……中見くん、もう取り繕うことすらやめたようだね」


「もう私のMPはあんまり残ってないから気をつけてね。ギィの死体なんて運びたくないから」


「平気。ナカミだけが相手なら今のところ無傷!」




 ギィは余裕を見せながら、改めて日屋見さんと二人で中見さんと相対する。


 するとギィと日屋見さんの足元で、突如爆発が起きる――あれも血を利用した攻撃だったんだ。


 二人ともうまく避けてるけど。




「つまり須黒と白町を私たちが抑えておけということだ」


「そうだね。須黒くんの力を見誤ってた私のせい」


「私たち、ではなくか?」


「私の身内に関しては私が責任を取りたいから」




 真恋は少し驚いた様子でこちらを見た。


 私も、するっと身内なんて言葉が出てきたことに少し驚く。


 人が鏡だというのなら、誰から想われた人は、きっと誰かを想うようになる。


 夢実ちゃんや令愛だけじゃない。


 誰かから想われれば想われるほどに、私の世界は拡張されていくんだろうな。




「って、かっこつけたところ悪いんだけどさ」


「何だ?」


「ちょっと抜ける。須黒くんと白町くんの相手、頼んでおいていい?」


「なぜこんな時に――」


「大木が動いた」




 私の視線の先には、ホテルの敷地の外へと走っていく彼女の姿があった。


 戦いのどさくさに紛れて、またどこかに逃げるつもりなのか。




「それは見逃せないな。わかった、私に任せておけ」


「……うん、お願い」




 “お願い”なんて言葉を真恋に言うことになるなんて。


 少し引っかかる部分はあったけど、そんな私情は今は邪魔になるだけ。


 私は真恋に軽く頭を下げて、大木の後を追った。




 ◆◆◆




 赤羽は、娘を含む人質をホテルの外に逃したあと、近くの建物まで彼らを誘導した。


 そして聖域を展開し、依里花たちの戦いが終わるのを待つ――はずだった。


 だが、人質たちが身を寄せる休憩室に彼の姿は無い。




「っく……お父さん……お父さぁん……っ」




 赤羽崇の娘、赤羽佳菜子は、巳剣の肩に顔を埋めて泣きじゃくっていた。




「よしよし。きっとすぐに倉金さんたちが戻ってくるわ、それまでの辛抱よ」




 佳菜子の背中をさする巳剣。


 そんな彼女の視線の先には、胴体が踏み潰された赤羽の死体があった。


 彼は休憩室に聖域を展開したあと、逃げ遅れた人質を庇って“キャスト”に殺されてしまったのである。


 もし依里花が彼をパーティに入れていなければ、取り返しのつかないことになっていただろう。


 といっても、いくら生き返ると説明したところで、すぐさまその現実を娘が受け入れられるはずもなく――佳菜子はずっと涙を流し続けている、というわけである。


 外から聞こえてくる轟音や、激しい地面の揺れも相まって、他の人々も不安を強める一方だ。




「牛沢さん、これって倉金さんたちが戦ってる音……なのよね」


「会衣はそう思う」


「ここからじゃ直接は見えないけど、とてもじゃないけど人間がやってるとは思えないわ。まるで戦争みたい。いや、戦争も知らないんだけどね」




 ミサイルが飛び交い、竜巻が吹き荒れる戦場だ、巳剣のたとえはあながち間違いでもないだろう。


 しかし結界がある限り、彼女たちに被害が及ぶことは無い。


 つまり、ただ待つことしかできない。


 しかし、依里花たちの勝利を祈る彼女たちの前に、人影が現れる。




「こんなところにいたのね」


「大木先生……」




 唖然と彼女の名を呼ぶ牛沢。


 巳剣は鋭い目つきで彼女をにらみつける。




「あなたたちは本当に余計なことばかりするのね。大人しく従っていれば、曦儡宮様に真の世界に連れて行ってもらえたでしょうに。ああ、でもその前に月が殺していたかしら。でもそっちの方がマシだわ、理性すらない化物に殺されるよりは。この男みたいにね!」




 大木は入口前で倒れる赤羽の死体をグチャッ! と踏み潰す。


 その音に反応して、思わず佳菜子は顔をあげた。




「見たらダメッ!」




 慌てて巳剣は目を塞ぐも、すでに佳菜子の視界は潰れた父の死体を捉えてしまっていた。




「いやぁぁぁあああああああッ!」


「ふふふ、そうよ、そういう悲鳴が曦儡宮様は大好きなの!」


「このクズッ! 倉金さんに負けて死んじゃえッ!」


「生徒のくせに生意気ね巳剣さん。でもどんな言葉も意味なんて無いわ。こうなった以上、もうあなたたちは真の世界に行けるはずがないんだもの! 曦儡宮様が逆らった人間たちを受け入れるはずがない!」


「会衣が思うに、あなたたちだって別に曦儡宮には受け入れられてない」


「異教徒に何がわかるのぉ? まあいいわ、負け惜しみなんて聞いたって無意味! 今からあなたたち全員を私の鎖で縊り殺してあげる。着席して待ってるのよぉ?」




 大木は両手から鎖を垂らすと、前に踏み出す。




「結界があるわ、入れないはずよ……」




 巳剣がそう言うと、佳菜子は体を震わせるように首を横に振った。




「入ってくる……あいつら、入ってくる……」


「どういうこと?」


「前のときもそうだった……結界があったのに、あいつらレストランに入ってきて……!」




 依里花たちが2階に来る前――佳菜子たちは、井上の作る聖域の中にいた。


 あの中にいれば化物には襲われない。


 しかし大木たちは別だ。


 中身はどうであれ、見た目や現状の性質としては限りなく人間に近い存在。


 それゆえに、結界を素通りして中に入れてしまったのだ。


 これもまた、与えられた力が“人対人”を想定していないからなのだろう。


 だからこそ、井上が外に食料を取りに行っているうちに、生存者の半分が連れ去られてしまったのである。


 もちろん大木も、そのときの経験を元に勝利を確信していた。


 いくら結界を張っていようが無意味。


 戻ってきた依里花たちが、大量の死体を見て絶望してる様を全力で笑い飛ばしてやろう――そんな企みを胸に、休憩室に足を踏み入れる。


 だが次の瞬間、バチィッ! と閃光がほとばしり、大木の体は吹き飛ばされた。




「ぎゃっ! な、なによこれ……!」




 さらに、前に出した右足が焼け焦げている。




「会衣には、結界が発動したように見えた」


「あいつらのこと、化物だって認識してるのよ!」


「どうなってるのよ……そんなはずは。だってあのときはうまくいったじゃない!」




 大木は鎖を伸ばし、再び部屋への侵入を試みる。


 しかし肉体同様、鎖も結界に阻まれ中に入ることはできなかった。




「一体、何が起きて……」


「きっと大木のこと生理的に受け付けなかったんじゃない?」




 背後から聞こえる声に、大木ははっと振り返る。




 ◆◆◆




 大木の焦った表情が滑稽だ。


 そんなに予想外だったかな、“私の結界”に弾かれるのが。


 前のときはキャストである井上さんが作った結界だったから、中身が化物でも通ることができたってだけの話なのにね。




「倉金ェッ!」




 ヒステリックな叫びと共に鎖が放たれる。


 須黒くんと戦ったあとだと、なんと攻撃が生ぬるいことか。


 私はそれを軽く弾くと、飛び上がり、大木めがけて急降下する。




「メテオダイブッ!」


「またその攻撃――防げばいいだけじゃない!」




 彼女は両手を交差させ、そこを幾重にもえ重ねた鎖で固めて攻撃を受け止めた。


 確かにメテオダイブは単純ゆえに、真正面から仕掛けても防がれることが多い。


 でもそれは、防ぐ術がある場合の話だ。


 大木は前回、足場が不安定だったことを忘れてる。


 落下してバランスを崩したせいで威力はかなり削がれたけど、今回は地面の上。


 前回みたいにはいかない。




「づうぅっ、重……ッ」


「あはははっ、まともに受け止めたら全身の骨が折れちゃうよぉ?」




 ドリーマーごしに、大木の体が破壊されていくのを感じる。


 まずは腕。


 筋肉が潰れ、血管が裂け、骨が折れ砕けていく。


 次に肩が外れて、足が折れて、背骨でも潰しておく? それとも内臓を破壊する?


 やろうと思えばどこまでもやれる。


 でもまあ――大木が今すぐにでも逃げたそうな顔してるから、軽く手を抜いてあげよっかな。




「づ、あぁぁぁあああッ!」




 脂汗をたっぷりと浮かべた大木は、叫びながら体ごと腕を傾け、私の攻撃を横に逸らす。


 まるで気合で乗り切ったかのような顔をしてる。


 そして一目散にホテルの方へと逃げ出した。




「フルバーストッ!」




 背中に向けてナイフを投擲する。


 何発かが体をかすめて、大木は転んだ。


 それでも四つん這いになって、必死で逃げ続ける。




「これぐらいやれば十分か」




 とっとと“曦儡宮様”を頼ってくれたら話が早かったんだけど、思ったより粘ったなあ。


 神様にはかっこ悪いところを見せられないってことなんだろうか。


 その立派な志を、少しは家族に向けられてたらまっとうな人間になれただろうに。


 私は呆れるほど遅い大木の背中を軽く見送ると、休憩所の前に倒れる亡骸に近づいた。




「倉金さん、その人は逃げ遅れた人を助けるために――」


「うん、わかってる。申し訳ないけど今は回復するMPが残ってないんだ、戻ってきたら必ず蘇らせるから少し待ってて」




 私がそう告げると、巳剣さんに抱きついている女性がゆっくりとこちらを向く。




「ほ、本当に……?」


「もちろん、生き返らせた実績があるから」




 そう言って、私は赤羽さんの遺体を抱きかかえると、休憩所の中に移動させた。


 娘さんの前なんだから、そんな無茶しないでいいだろうにね。


 人質の大半は遊園地のお客さんだから、スタッフとして見捨てることはできなかった、みたいなやつなのかな。


 私が背を向けてその場を離れようとすると、牛沢さんが声をかけてきた。




「緋芦とお姉さんのこと、会衣は改めてお願いする」




 彼女は頭を下げる。


 すると他の逃げてきた人たちも、口々にそれぞれの言葉で私を応援してくれた。


 私の目的は復讐だけど、こういう待遇を受けて悪い気はしない。




「ぜーんぶ丸く収めて戻ってくるから、あと少し待っててよ」




 応援の声を背に、私は大木の後を追った。




 ◆◆◆




 大木は真恋や井上たちに見つからないよう身を潜めながら、ホテルの瓦礫を必死でかきわけ、通路を探した。


 曦儡宮がいるあの空間は、元から存在するホテルとは明らかに異質なもの。


 たとえホテル自体が倒壊しても、“特別な力”で守られており、潰れるはずなどないのだ。


 そして彼女はようやく“穴”を見つける。


 服が破れるのもいとわずに強引に体を滑り込ませると、その空間だけは不自然に無傷だった。




「曦儡宮様……どうか私をお救いください、曦儡宮様っ……!」




 血を流す足を引きずりながら、大木はまっすぐに続く通路を走る。


 そして突き当りにある扉を両手で開くと、飛び込むように“曦儡宮”の前にひれ伏した。




「曦儡宮様ぁぁぁぁああッ! 申し訳ありません、力不足でした、今の私では倉金たちに勝てないのです! どうか、どうか力をお貸しいただけないでしょうかッ!」




 恥を捨てた、必死の懇願。


 すると壁に張り付いた獣の顔の一部が動き、鷹の顔がぬるりと大木の前まで伸びた。




「大木藍子よ」


「曦儡宮様!? 嗚呼、私の名前を呼んでいただけるとは光栄でございます! 恐悦至極に存じますぅぅ!」


「お前は今日までよく働いてくれた。ここで命を散らし、真の世界へたどり着けないのではあまりに不憫だ」


「もったいないお言葉……!」


「我をこの世に顕現させた功績を認め、貴様には特別に力を与えよう」


「よ、よろしいのですか!?」




 顔を上げた大木は満面の笑みを浮かべ、幸福に目を輝かせる。


 さらには興奮のあまり、鼻血まで流しはじめた。


 今までの人生の全てが報われた、そう感じているのだろう。




「目を閉じよ」


「はい……」


「手を前に出せ」


「は、はいっ!」


「今から我が渡すものをしっかりと握りしめ、己の力とするのだ。良いな」


「もちろんでございます! 曦儡宮様の力をお分けいただけるのならば、私はどんなことでも……ッ!」




 大木は歓びの中で、鷹の口から出てきた津森拓郎の名札に手を伸ばす。


 緋芦は緊張した面持ちで、その様子を見つめていた。


 大木の指が名札に触れる。


 すると、緋芦は自分の体からたちまち力が抜けていくのを感じた。




「ああ、ああぁぁあっ! 来ます! 入ってきています! 曦儡宮様が! 曦儡宮様の素晴らしいお力があぁぁああ!」


「そのまま受け入れよ、全てを。一滴残らずな」


「はいいぃぃ! 曦儡宮様! 曦儡宮さまぁぁぁあああッ!」




 名札ごしにカイギョの力を流し込まれ、“フロアの主”へと姿を変えていく大木。


 すると緋芦の体はずるりと化物から抜け落ち、床に落ちる。




 ◆◆◆




 私は緋芦さんが分離したタイミングで、部屋に突入した。


 大木は“曦儡宮様”の力を与えられた喜びに体を震わせ、周囲が見えていない。


 その隙に緋芦さんの体を抱き上げ、そのまま脱出する。


 通路に飛び出したところで、私はスマホから制服の上着を取り出し、ひとまず彼女の体にかけた。




「あ……ありがとう、倉金さん」


「ひとまずうまくいったみたいだね」


「うん、本当にあの名札を渡すだけで力が移るなんて……知らなかったら、あのまま死ぬしかなかったと思う」




 あれは色んなイレギュラーが重なった結果だからね、変な形になるのも仕方ない。


 そのイレギュラーを引き起こしたのが大木自身っていうのが面白いとこだけど。




「倉金さん、外に出なくていいの?」




 通路から出て扉を閉じたところで、私は足を止めていた。


 確かめたいことがあったから。




「あれが曦儡宮じゃないって知った大木がどんな反応するかなーって」


「ああ、そっか。あれってカイギョの力だもんね」


「拉致した当人が夢実ちゃんと再会したらどうなるのかってのも気になる」


「拉致……曦儡宮の生贄にするために?」


「そうそう」


「だから郁成さん、あんな場所に……」


「緋芦さんは夢実ちゃんとなにか話した?」




 彼女は首を横に振り否定する。




「何度か声は聞こえてきたけれど、きっとこっちの声は思うように届かないと思ったから」




 支配者と被支配者の関係、か。


 確かに向こうのつぶやきが大声になるように、緋芦さんの叫びは夢実ちゃんには衣擦れの音程度にしか聞こえないのかもしれない。




「じゃあ、夢実ちゃんがどんな状態なのかはわかる?」




 扉の向こうで、大木は今もまだ偽りの夢に浸っている。


 早く“真の世界”を見ちゃえばいいのに。




「わからない。でも“居た”よ。間接的にカイギョと繋がってた私ですら、満腹状態じゃないと正気を保てなかったのに、直にカイギョの牙とつながる彼女はその存在を維持していた」


「……カイギョが弱いってこと?」


「そうでもなくて……中途半端? よく牙を突き刺せていないとか、そんな感じだった。でもカイギョに苛立ちはなかった。要するに……そう、たとえるなら、人間を構成する細胞の一つが欠損しても人が苛立ちを覚えないように。平常心だった。いつものように、捕食を――う、く……」




 額に手を当て、苦しげな顔を浮かべる緋芦さん。


 無茶させちゃったかな。




「いいよ、無理して話さなくて。まだカイギョとの繋がりが切れたばっかりで、頭が人間に戻りきれてないのかも」


「うん、うん……破棄しないと……人間の脳だと、収まりきらない……」




 彼女は数回深呼吸を繰り返す。


 すると少しだけ体が楽になったようだ。




「ああ……でも、本能として、あるいは機能として、カイギョは求めているのかもしれない……」


「何を?」


「肉体」


「あー……」




 ネムシアってことか。




「カイギョの、機能として……たぶん、世界の腐敗、そう、概念として自らと世界を繋げるために、その世界の住民を核とする必要があって」


「それが夢実ちゃんなんだ」


「そう……だけど、何からの事故が起きて、この世界の場合は完全なる腐敗が成されていない」




 事故(・・)はおそらく複数起きた。


 その結果として、夢実ちゃんの魂だけがカイギョの牙とつながり、壊疽の核となった。


 そして腐敗を完全なるものとするために、カイギョは肉体を求めている、と。




「でも、何度も言うけど、それはちっぽけなことなの。苛立ちとか、焦りとか、そんなことはなくて、異常発生時の反射反応があるだけで、それ以上でも、それ以下でも――」


「もう大丈夫、伝わったから。カイギョがどんなものなのかは、私もある程度は理解してるつもりだし」


「うん……なら、よかった」




 やっぱ直に繋がってた人から話が聞けると違うけどね。


 でもこれで、私は現状をほぼ完璧に把握できた。


 認識は間違っていない。


 何なら、最初から私は見誤ってなんてなかった。




「愛情、感じちゃうなあ」




 夢実ちゃんからも愛されて。


 令愛からも愛されて、ギィからも愛されてるっぽくて。


 私、その人たちの気持ちに報えるかなあ。


 ……今のうちから考えておかないと、外に出たとき大変なことになったりしないだろうか。


 そんなふわっとした危機感を覚えていると、ついに――




「違う」




 大木が気づいた(・・・・)


 思わず口元に笑みが浮かぶ。




「違う、違う、違う、ちがうちがうちがうちがうちがあぁぁぁぁああうッ! 何よこれっ、何なのよぉおおお! 曦儡宮様? 曦儡宮様はどこにいるのぉおおお!」




 おーおー、錯乱してる錯乱してる。


 そういうのが見たかったんだよね、大木ぃ。




「あなたは誰なのよぉ! え? あ、え? な、なんで――まさか、どうしてあなたがっ! カイギョ? 曦儡宮様じゃない? なら曦儡宮様は――死んだ?」




 死んだ、って夢実ちゃんは言ってるんだ。


 なんとなくわかってたけど、召喚自体は成功してたんだ。


 そりゃあ、おかしなことも起きるわけだよ。


 カイギョと曦儡宮。


 二体の神様じみた化物が衝突してるんだから。




「嘘よ。私たちのせい? 嘘よ。私たちのせいで間違った? 嘘よ。とっくに、私たちの体はカイギョに侵されている? ああ……嘘よ、嘘、嘘、嘘だって言って! じゃあ何だったのよ私の人生は! 全てを捨ててまで、曦儡宮様に捧げたこの人生はぁッ!」




 その質問、私だったらこう答えるな――




「……全部、無駄だった?」




 あは、さすが夢実ちゃん。


 わかってるぅ。




「あぁぁぁああああああああッ! 信じないっ! そんなものぉっ、そんなもの、私はあぁぁあああああ!」




 叫びながら、フロアの主が暴れ出す。


 そろそろ潮時かな。


 私は緋芦さんを抱えて通路を走り抜け、出口を塞ぐ瓦礫を蹴り飛ばして外に脱出した。


 そして「ここで待ってて」と瓦礫の影、比較的安全そうな場所に彼女を降ろす。




「バスターショットォッ!」




 するとちょうどそのとき、井上さんがトンファーから放ったエネルギー弾で須黒くんの動きを止めた。




「畳み掛けるぞ! トリプルキャスト、ワイバーンレイジッ!」




 そこをネムシアが魔法で袋叩きにする。


 しかし強力な魔法を真正面から放たれながらも、




「アレウス――バーストォオッ!」




 理解不能な威力の拳で、それを吹き飛ばしてしまった。


 前に見たのよりさらにパワーアップしてる気がする。


 そんな須黒くんの横を抜けて、真恋が白町くんに迫る。




「望月にて斬り伏せるッ!」


「何度も同じ手を食うわけねえだろうが!」




 真恋が刀で繰り出す連撃は、白町くんの両腕から放つガトリングで相殺された。


 さらに彼は距離を取り、刀の間合いから遠ざかる。




「ちっ、あと一手届かんか」




 真恋が欲しがるその一手は――ちょうど、白町くんの背後にいるよ。




「さよなら白町くん」


「な――倉金!? 戻ってきやがったのか!」


「フルメタルエッジ」




 まずは確実に、背中の一番太い骨を切断する。


 体の支柱が無くなったわけだから、かなりの致命傷だ。


 ぐらりと傾く白町くんの上半身。


 そこに、前方から真恋が一気に距離を詰める。


 居合い切りを思わせる、必殺の斬り上げ――破月だ。




「これで終わりだァッ!」


「まだ――まだ、オレはッ!」




 無論、背後には私もいるわけで、真恋だけに手柄を渡すはずがない。


 ハイボルテージ、次の発動スキルの威力を倍増させる。


 そして骨に効果てきめんな、柄を使った渾身の打撃――ハンドルクラッシュで勝負を決める。




「砕けろぉぉぉおおッ!」




 斬首と頭蓋粉砕。


 その両方を同時に食らった白町くんは、薄汚れた骨片を撒き散らしながら、今度こそ完全に息絶えた。




『モンスター『人間』を撃破しました。おめでとうございます、レベルが85に上がりました!』




 レベルアップのアナウンスが頭に響く。


 それは何よりも確かな死亡証明だ。




「白町いぃぃぃぃぃぃいいッ!」




 須黒くんの叫びが鼓膜を震わす。


 こちらに突進する姿を見て私と真恋はその場を離れたけど、どうやら彼の目当ては私たちを攻撃することではなさそうだ。


 バラバラになった骨――もはや白町くんだったのかすら定かではない化物の亡骸を拾い上げ、握りしめる須黒くん。




「ああ……戦いの中で逝けたことは、お前にとって幸せだったか? 最後の最後に、俺の欲望に付き合わせすぎたかもしれんな。許せ、白町」




 いいよねぇ、根っこからの悪人はこういうときも浸れて。


 揺れが強くなってきた。


 そろそろ大木が上に出てくるはず、その前にできるだけ数を減らしておきたいけど――




「曦儡宮様の力を得てもなお追い詰められるとは……!」


「グゥ、さっきからちょこまか逃げ回っててつまんなーい」


「時間稼ぎをしているうちにさらなる劣勢に追い込まれているようだが?」




 中見さんの方も、いよいよ大詰めみたいだ。


 白狼は全身傷だらけ。


 対するギィと日屋見さんは、まだまだ余裕を見せている。


 こんな状況でなお中見さんが逃げ続けてるってことは――




「忘れておりませんか。わたくしたちにはまだ戦力が残っていることを」


「確かに残ってはいるね。けど私は、彼女が君を助けに来るとは思えないけどな」


「いいえ、必ず助けにきてくれるはずです。なぜならわたくしは娘なのですから。母の愛情が、必ずわたくしを救い出してくれ――」


「うるさいなあ」




 うんざりした様子で、ギィが中見さんの足元に鞭を振るう。


 彼女は後ろに飛んでそれを避けるも、そこには盾を構える令愛の姿があった。




「来た……ウォールプレッシャー!」




 彼女はイージスで展開した防壁を、中見さんに向かって射出する。


 声でそれに気づいた中見さんはとっさに振り返り、迫る壁、そして令愛を見て叫んだ。




「またあなたですか、お母様を裏切った恩知らずッ!」


「あの人なんかに縋ったところで、体よく利用されるだけなのに」




 令愛が放ったそれは、“相手に壁を押し付ける”というシンプル極まりない妨害だ。


 だからこそ、相手から逃げ場を奪うという点に置いて非常に有効的だった。




「ひょっとすると、月も被害者だったのかもね」


「あなたにだけは憐れまれたくは――わたくしはお母様の愛に救われッ、そしてお母様のおかげで始めて人間に――人間として――ッ!」




 中見さんは壁に押し返される。


 その背後に待ち受けるのは、ギィと日屋見さんだ。




「なのに化物として死ぬの?」


「あ……」




 令愛の言葉を受け、中見さんの動きが一瞬だけ止まった。


 その瞬間、ギィが光の球を放ち、さらに日屋見さんがダメ押しの一撃を叩き込む。




「ガァァァァアアアアッ!」




 光に焼かれ、ギュゲスから突き出した杭に貫かれ、そして令愛の壁に押しつぶされ――中見月は、二度目の死を迎える。




『モンスター『人間』を撃破しました。おめでとうございます、レベルが88に上がりました!』




 今度こそ、完全なる死を。




「かわいそうに」




 断末魔をあげる中見さんを見て、令愛はつぶやいた。


 中見さんが抱いたのは、刹那の後悔だったに違いない。


 きっとあと一秒でも時間があれば、すぐさま中見はいつも通りの正気(狂気)に戻って、母の愛を妄信しただろう。


 でもそんな時間はなかった。


 すり潰されて、死んでしまったから。


 中見月と呼ばれた生き物が、最後に感じたのは強い後悔である。


 ただ、その“結果”だけが残る。




「中見も死んだか」


「そうだよ、こっからは1対7だから」


「面白い」




 拳と打ち合う私と真恋を、須黒くんは体から発する衝撃波で吹き飛ばす。


 すかさず井上さんとネムシアが遠距離攻撃を仕掛けるも、彼は井上さんのミサイルをぶん投げ、ネムシアの魔法と相殺させた。




「さあ、早く全員でかかってこい! 命をすり減らすこの戦いで、俺の限界を教えてくれぇッ!」




 白町くんの死で落ち込む様子も無く――いや、むしろ須黒くんのテンションはさらに上がっているように見えた。


 彼は命を奪い合う戦いを望んでいた。


 そして目の前で、実際に親友が死んだ。


 死と隣合わせという実感がさらに強まり、脳内麻薬が大量に分泌してるのかも。


 まあ、脳内どころか、ただでさえ筋肉まみれだった手足にさらに血管が浮き上がってるあたり、本当にヤバイい薬が体内で生成されてそうだけど。


 やだなあ、あれ。


 勝っても負けても喜ぶタイプじゃん。




「依里花っ! 大木さんが出てくるまでに倒せるの?」


「無理かな。もう出てくるみたいだから」




 私は井上さんに駆け寄り、耳打ちする。




「あっちの瓦礫の影に緋芦さんいるから、聖域の中に連れてってあげて」




 彼女は大きくうなずいたあと、全力でそちらに駆け出した。


 須黒くんが反応しないか不安だったけど、そこは大丈夫みたい。


 あの姿勢、私たちから攻撃されているのを待ってるのかもね。


 けど1対7の戦いが始まる前に、瓦礫が大きく盛り上がり、地下から何かが姿を現す。


 それは何百体、何千体もの獣の体を混ぜ合わせた異形の怪物。




「グゥォオアアアアアアアアッ!」




 獣の鳴き声に、女性の声が混ざったような咆哮が響き渡り、遊園地全体を揺るがす。


 玉座の間では壁に張り付いているだけだったけど、地上に出てきた今はまるでスライムみたいにぐにぐにと形を変えていた。




「なんだなんだ、また敵が増えるというのか!?」


「あれがフロアの主だよ。ネムシア、あれの中身は大木だから、遠慮なくぶっ放しちゃっていいよ」


「おお、そうか。では――ミスティックファミリアに、ワイバーンレイジをセット」




 ネムシアの横に妖精が二体並ぶ。


 セットされた魔法を自動で敵に放つ便利なやつだ。


 もちろんMPはその回数分消費するが、踏み倒せば問題はない。




「あやつを滅多打ちにせよ、我が下僕たちよ!」




 ネムシアが腕を前に突き出すと、妖精たちは魔法を発動させる。


 緑の竜が現れ、大きく開いた口から圧縮された空気の塊が放たれた。


 大木はすぐに気づき、体の一部を膨張させて受け止める。




「郁成夢実ぃぃぃぃいいいいッ!」




 怨念を込めた叫びが響くと同時に、ネムシアの魔法が炸裂。


 瓦礫を巻き上げながら暴風が吹き荒れた。


 威力はかなりのもののはずだが、大木の傷は膨張した部分が弾け飛んだのみ。


 その傷もすぐに埋まる。


 さすがフロアの主ってところか――まあ治ったように見えただけで、確実に力は削がれてると思うけど。




「うざったいわねぇ……どいつもこいつも、私を馬鹿にしてぇぇえッ!」


「荒れているな、大木」


「須黒……あなただけは生きていたのね。ちょうどよかったわ」




 大木は須黒くんに狼の頭部を伸ばすと、大きく口を開いて噛みついた。


 彼はその頭部を軽く殴って内部から破裂させる。




「何のつもりだ」


「私は知ってしまったのよ、全てがあの女の手のひらの上だったってことを!」


「誰のことを言っている」


「郁成夢実よぉ! あいつが私たちの全てを台無しにしたのッ! なのに――なのになんで生きてるのよ、そんな姿でッ!」




 ヒステリーを起こす大木の視線の先にいるのは、ネムシアだった。


 一度ぐらい顔は見てると思ったんだけど、そのときは似てるだけの別人だとでも思ってたんだろうか。


 気持ちはわかる。


 見れば見るほどに、信じられないほど夢実ちゃんに似てるってわかるから。


 まあ、本人だから当たり前なんだけどね。




「落ち着け大木。あれは郁成ではない」


「髪の色が違うから? そんなの何の証拠にもなりやしないわ。第一、私はよく知ってるのよ。郁成夢実の体や形を! 外側から内側に至るまで、毎日のように見ていたんだから! ああああっ、でもあそこだけじゃない。ここにも、向こうにもいるのよ。郁成夢実は一人じゃない! 二人いるわ! どうして! どうしてぇえぇっ!」


「ちっ、力に呑まれたのか。話がまるで通じない!」




 大木は錯乱しながら、なぜか須黒くんに攻撃を繰り返す。


 そしてついには、彼の体に巻き付いて拘束してしまった。




「ナカマワレ?」


「大木にとっては最初から仲間なんかじゃなかったんだよ」


「……誰のことも信用しようとしないから、誰にも信用されなくて。だから、いるかもわかんない神様なんかに縋っちゃったのかな」




 令愛が悲しそうに言った。


 けど理由はどうあれ、もう大木は来るところまで来てしまった。


 過ちは消せない。


 引き返せない。


 第一、ごっこ遊びとはいえ娘と呼んだ存在の死体がそこに転がっているのに、それに気づくことさえしないのだ。


 結局のところ大木藍子は、どこまでも自分のことしか見えていない人間だったのかもしれない。




「離せ大木! あれは郁成夢実とは気配が違う、別人だ!」


「いいえ理解したわ。魂と肉体が分離したのね。そのせいで儀式は失敗したの? 私達が原因? それとも他の要因で!? でもどちらにせよもうおしまいよ! 私たちに生きている意味なんて無い!」


「一体何を――」


「曦儡宮様じゃないのよぉおお! この力も、この世界を支配しているのも、旧い世界を破壊してくださるのも曦儡宮様じゃない! カイギョっていう、得体の知れない“何か”なの! 私たちは郁成夢実に騙されていたのッ!」


「そうか……」




 目を伏せ、わずかに落ち込んだような表情を見せる須黒くん。


 彼が曦儡宮なんかに心酔するとは思えない。


 おそらくは“騙す”ために植え付けられた感情なのだろう。


 しかし、それも一瞬のことだった。




「だがどうでもいいことだ。俺は戦いたい。この身に溢れる力の全てを解き放ち、倉金たちと殺し合いたい! その願いさえ叶えばッ! もう一度言う、離せ大木。俺を倉金たちと戦わせろッ!」


「どおぉぉでもいいのよあんたの欲なんてぇぇええッ!」




 大木はどこまでも自分勝手だ。


 誰も信じられないのだから、須黒くんのことも信じるはずがない。


 だから、サソリの尻尾を彼の首に突き刺した。


 そしてドクンッ、ドクンッ、と体内から何かを吸い上げる。




「ぐがっ、が……ぎ、やめ、ろ……俺から……戦いを、奪うな……ッ!」


「フロアの主とただの端末、どちらの方が権限が上かなんて明白でしょう? 須黒、白町、そして月だって、所詮は贄を生み出すための道具にすぎなかった。幹部未満の、地べたを這いずる虫程度の価値しかないのよ! だったら私の役に立つのは当然じゃない。そもそも、あなたが戦う力を得たのも、戒世教の幹部である私がいたから――え? あ、ああ……あは、あははっ、そう、そうだったのね、理解したわ、どうして私がここにいるのか! こうなってしまったのか!」


「お……俺、は……もっと、戦い……たか……」


「つまり戒世教なんて関係なかった。全てはあなたを拉致したあの日から始まって――あは、そっか……だから私のこの行いを見て笑っているのね郁成夢実! そして笑おうとしているのね、倉金依里花あぁぁぁぁァッ!」




 リクエストを受けたので、私は思いっきり、お腹から声を出して笑ってみた。




「あっはははははははははっ!」




 こういうのもたまにはいい、結構気持ちいい。


 大木も自分で振っておいて、めちゃくちゃ悔しそうな顔してくれるし。




「もちろん笑うよ。須黒くんの死に様も。そして大木ぃ、あんたの自滅(・・)も、滑稽で仕方ないんだもんッ!」


「だったら殺す。私は私の手で、ここを私の復讐の舞台にしてみせる。郁成夢実の台本なんかに従ってなるものですかッ!」


「無理だよ」


「言い切るわねぇ、大した自信じゃない!」


「その体は元々、津森拓郎の復讐心を元に作られたものだった。同種の憎しみを抱いていた井上緋芦には扱えたかもしれない。けれど大木は“ただ譲渡されただけ”」


「この力を見ても余裕でいられるかしらッ!」




 激しく地面が揺れ、後ろの方からゴゴゴ……と何かが大きなものが動く音がする。


 振り返ると、いつか夢実ちゃんと二人で乗った観覧車が空中に浮かんでいた。




「え、依里花、観覧車がっ!」




 令愛が私の裾をぎゅっと握って怯えた声を出す。




「ただいま依里花ちゃん。あたしが撃ち落とすよ」




 さらに、緋芦さんを無事な場所に送り届けた井上さんがトンファーを構えるけど――私は令愛の頭をぽんと軽く撫でると、井上さんの前に歩み出た。




「いや、いい。私がやったほうが大木が悔しいでしょ?」




 そして、こちらに高速回転しながら飛んでくる観覧車に向かって走り出す。




「ハイボルテージ――フルバーストッ!」




 化物や化物じみた人間相手にばかり使っているから麻痺しがちだけど、規模が小さいだけで私のスキルだってあの観覧車と同等以上のインチキだ。


 イリュージョンダガーはほんの2本で回転の勢いを削ぎ、スプレッドダガーは10本でその速度の大半を相殺する。


 そしてスパイラルダガー、ブラッドピルエットが観覧車のフレームを回転しながら切り刻み、いくつかの大きな塊に分断すると、最後にリコシェダガーが跳弾しながらさらに細かく砕いていく。


 最終的に、あの巨大な観覧車は私に到達する前に綺麗さっぱり撃墜されてしまった。




「く……」




 悔しげにほぞをかむ大木。


 もう威勢よく吠えることもできないみたい。




「今の大木は、島川優也を失ったホームシックみたいなもの。図体だけデカい、木偶の坊だよ」




 ドリーマーの先端を大木に向け、私はみんなに合図を送る。




「厄介な須黒くんも消えたことだし、あとはウイニングランだね。総攻撃であいつをぶっ倒して、次の階に行っちゃおう!」




 すると全員分の掛け声が返ってきた。


 ちょっといい気分。


 そして私たちは、大木に対して一斉にスキルを放った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 緋芦の救出に怒涛のスカッと展開!!! そして正攻法ではどう転ばしても悔い無しと思われた須黒君もまさかの結末を辿りましたか…! あとは崖っぷちの大木をどう仕上げるかですね… [一言] お大…
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