054 キリングメモリー
ホテルの三階では、日屋見と中見の戦いが繰り広げられていた。
「遅いですね。あなたの鈍重な動きではわたくしは捉えられません」
中見はかなり素早さに特化しているようで、日屋見の攻撃を避けながら、その隙を縫って両手の爪で傷を増やしていく。
しかし日屋見は特に慌てる様子はなく、確実に攻撃を当てる機会を伺っていた。
次に中見は背後に回る――そうやって相手の動きを読んで、先んじてギュゲスを振り上げ叩きつける。
「っ!?」
中見は爪を交差させて攻撃を受け止める。
しかし速度で劣る分、パワーでは日屋見の方が上だ。
片腕と両腕という差があろうとも、完全には衝撃を受け止めきれない。
中見の骨が断裂し、皮膚を突き破って出血する。
「くうぅっ!」
「誰が鈍重だって?」
「そこに間違いはないでしょう。ですが惜しいものです……ッ!」
彼女は爪を傾け、ギュゲスの重みを横に流すと、後ろに飛んで距離を取る。
すぐさまヒーリングで骨折を治療。
武器を構えて臨戦態勢を取った。
「その慧眼、戒世教のために使っていればもっと幸せな最期が待っていたでしょうに!」
床を強く蹴り、中見は日屋見に急接近する。
突き出された爪をギュゲスで避けるも、それを貫通――否、通り抜けて赤い刃が日屋見の眉間を狙う。
彼女は既のところで首を傾け回避した。
そして拳を前に突き出し、中見を押し返す。
「曦儡宮は私を連れて行ってはくれないのか」
「信心のないものを神が救うはずがありません!」
爪のリーチは短い。
だから中見は攻撃するときは必ず、相手に接近しなければならない。
彼女は再び、真正面から日屋見に迫る。
(同じ手を二度続けて……?)
再びギュゲスで受け止めようとした日屋見だが、直前に悪寒を感じバックステップし回避。
すると爪に付着した血が飛び散り、空中で人の頭部のような形に変わった。
悪霊めいたその赤い塊は、大きく口を開いて日屋見に襲いかかる。
その醜悪な攻撃に「美しくないねえ」と軽くため息をついた彼女は、ギュゲスを高速震動させ、その震えを空気に伝搬させた。
震えた空気は途端に熱を帯び、彼女の前方の空間全てが突如として燃え上がった。
恋獄のヒートブレイク――距離さえ取っていれば大丈夫だろうとたかを括っていた中見は、わずかに脱出が遅れ両腕を火傷する。
「私はずっと不思議だったよ。誰が“真の世界”なんてものを言い出したのか。曦儡宮が語りかけてきたわけでもないだろうに」
「ふ、そこから疑うのですか」
額に冷や汗を浮かべながら、両腕を治療する中見。
「当然さ。曦儡宮は邪神だ、ならば世界の破壊までは請け負ってくれるだろう。けれどその先にみんなが幸せになれる真の世界があるだなんて、誰が調べたっていうんだい? 世界はまだここにあるというのに」
「そうやって曦儡宮様を信じないから地獄に堕ちるのですよ」
「ははっ、今度は地獄と来たか。まさか戒世教は仏教の仲間だったとでも? 開祖は欧州出身だと聞いているけど」
「うるさい女でございますね。信仰を捨て、性欲に負けた人間ですから、やはり知性まで劣化してしまいますか」
「ふっ、言葉選びが下品だね。やはり親が下劣だと子も似てしまうのか」
「――許さない」
中見の顔つきが変わった。
“母親”である大木を馬鹿にされてキレたらしい。
先ほどまでとは桁の違う殺意を日屋見に向け、彼女は突進してくる。
日屋見は「やれやれ」と苦笑いしながら、ギュゲスで床を叩いた。
砕けた瓦礫が散弾のように中見に襲いかかる。
「鈍重」
しかし彼女はその間を抜けて、日屋見に飛びかかった。
「その速度では、世界の流れにもついていけない」
「当然だよ、私が歩みを合わせるのは真恋だけだ」
ギュゲスが変形し、現れた砲門を中見に向けた。
閃光のラヴァブレイズ――放たれたエネルギー塊を前に、中見の姿が突如として消える。
すぐさま日屋見は振り返り、振り向きざまに拳を振り回す。
しかし背後に“テレポート”した中見の刺突の方がわずかに早い。
なぜなら彼女は、日屋見に深手を負わせようとはしていないからだ。
中見の爪はわずかに日屋見の横腹をかすめ、そしてすぐさま後退する。
「……今のは」
「おや、感じましたか」
気づけば、中見の爪が赤色に変わっている。
「手癖の悪い女だ。それも母親譲りかい?」
「お母様を馬鹿にすればわたくしが冷静さを失うとでもお思いでしょうか」
「現に今だって顔が真っ赤じゃないか。愛だねえ、私はいいと思うよ。愛を証明するために、他人の命を奪ったりしないのなら」
「問題ございません。わたくしとお母様にとって、異教徒の命など無価値なものですから。そう、あなたの命もまた――」
中見の放つ空気が変わる。
まるで勝負は決まったとでも言わんばかりの余裕。
日屋見はどこから来ても防御できる体勢を整える。
(中見の使うスキルは、どれも“相手の血”を使った呪いめいたものばかりだ。だから致命傷を狙わずに、ちまちまと攻撃していた。つまり、大量の血を蓄えたということは――“大技”が来る)
そして中見は、その場から動かずに笑いながら言った。
「紅葬回帰」
日屋見は体内で滾るような“熱”を感じた。
その直後、突如として全身の至るところに深い傷が生じ、大量の血が噴き出した。
「く……ごほっ、ごぼっ、こ、これは……!」
膝をつき、口からも血を吐き出す日屋見。
すると中見は少しつまらなそうに、彼女を見下ろす。
「まだ殺すには足りなかったようでございますね。神の寵愛も受けていないくせにしぶといものです」
そしてまだ動けない日屋見に、とどめを刺すべく襲いかかる。
日屋見は歯を食いしばりながらその場から退き、同時に傷を癒やす。
しかしこれだけの重傷だ、消費するMPもそれなりに多い。
(今の攻撃、まったく見えなかった。人間が認識できないほどの速さで動いたのか? いや、考えろ麗花。さっき傷を負った位置に、何か覚えが無かったか。頭が覚えていなくとも、体が覚えていなかったか)
床に落ちた血に爪を当て、スキル発動のための血液を集める中見。
その間に日屋見は頭をフル回転させ考えた。
先ほど中見が使ったスキルは――
「自分が攻撃した場所を、無条件で破壊するわけか」
「一度で理解するとは、なんと憎たらしい女でございましょう。ですがわかったところで無駄です」
日屋見の体から、再度血が噴き出す。
先ほどのように重傷ではないものの、体の動きが鈍る――つまり“癒やさなければ”いけないレベルの傷だ。
「ちぃっ、そして消費する血液量で傷の深さも変わる、と」
「説明が省けて助かります」
さすがに失血量に比べれば、消耗する血の量の方が多いため、永遠に一方的な攻撃が可能というわけではなさそうだ。
しかしそれも、中見が与えた傷の数がまだそこまで多くないからでしかない。
日屋見は自然と相手との距離を取って戦うようになっていた。
そもそも、ギュゲスの持つスキルは離れた相手に攻撃する手段も多い。
しかし相手は素早い中見だ。
相手の不意を付かなければ攻撃を当てるのは難しく、戦況は膠着しつつあった。
「あははっ、随分と逃げるのでございますね! そんなにわたくしが恐ろしいのでしょうか!」
小馬鹿にしながら笑う中見。
すると彼女の姿がふっと消える。
またしても日屋見の背後に転移したのだ。
しかし読んでいた彼女は速やかに振り返り、振り向きざまの攻撃で相手の奇襲を潰す。
一方、中見も読まれることを織り込み済みだったのか、あっさりとそれを避けて再び距離を取った。
そのときだった。
今度は逆に日屋見の姿が消える。
「消えた――!?」
中見は瞬間的に、“日屋見の性格上”やりそうなことに気づく。
意趣返しだ。
後ろを振り向けば、やはりそこには拳を振りかぶる日屋見の姿があった。
後方に飛んでリーチ外へ逃げようとする中見。
しかしギュゲスから杭のようなものが射出され、彼女の顔面を狙う。
後退しながら体をひねることで直撃は避けるも、右肩から腕にかけてがごっそりとえぐられてしまった。
「姿を消してからのパイルバンカー……あなたらしい小細工です!」
「背後を取るのは君だけの専売特許じゃないわけだ」
「下手な真似事をッ!」
そして再び中見と距離を取る日屋見。
徐々に中見は苛立ちだす。
(これでは決着がつきません。相手の方が人数では勝っている以上、長引けば長引くほどにわたくしは不利になりましょう)
他での戦いが終われば、加勢に来る者もいるだろう。
人質もいない今、一気に勝負を決めなければこの膠着状態を崩すのは難しい。
中見は、本格的な戦闘が始まってから、ずっと部屋の隅っこで震えていた大槻に歩み寄る。
「大槻さん」
「え、えっ? ちょ、ちょっと巻き込まないでよ……」
「ではせめて、わたくしの役に立ってくださいませんか」
「あ――」
躊躇なく、その首を刈り落とす中見。
大槻は状況を理解する間もなく絶命した。
「外道が……」
「お口が悪くなっておりますよ、日屋見さん」
「異教徒だから仲間でも殺していいってことかい」
「よくご存知ではございませんか」
そして切断面から大量に噴き出す血液を、爪で吸い取っていく。
鈍色の爪は、みるみるうちに鮮血色へと染まっていった。
(私の血でなくてもスキルは発動できてしまうのか。彼女が人質をここに固めていたのはそれが理由か? しかも厄介なことに――)
倒れた大槻の死体に異変が生じる。
その体を突き破って、ゾンビの腕が現れたのだ。
その現象を知らぬ中見は、軽く目を見開いて驚いた。
「おや、これはこれは」
「素敵な助っ人が生まれたみたいだね。君もそうなるんだよ、中見くん」
「……ああ、そのような仕組みでございますか」
「君でも多少は嫌がるのか。しかしラフレシアの亜種か――気味が悪い上に厄介そうな見た目をしている」
現れた化物は、腐った肉の花弁を咲かせた花のような化物だ。
中央にはゾンビの上半身と、うねうねと動く触手がある。
以前遭遇したラフレシアは、普段は姿を消しており、花弁を誰かが踏むと相手に襲いかかるという化物だった。
だが今回は姿が見えるため、異なる特性を持つようだ。
大槻はずるずると、地面を這いずるように――しかも思ったよりも早い動きで日屋見に迫る。
「壁になってくださるなんて、なんと献身的な方なのでしょう。大槻さん、死んでよかったでございますね」
中見は、大槻の相手に手間取る日屋見を見て笑いながら、己のスキルの発動準備を進める。
「呪いであるがゆえに他人の血では少々効きが悪くなってしまいますが、人一人を殺すには十分な量でございましょう」
人間まるまる一人分の血だ。
今までとは比べ物にならない。
いくら効きが悪くとも、日屋見の体をバラバラに吹き飛ばす程度の威力はある。
「それでは、さよならです」
そして彼女がスキルを発動しようとしたとき、
「うわぁぁぁあああああッ!」
令愛は盾を構えながら広間に突入し、中見に向かって突進しはじめた。
「仰木先輩!?」
「令愛――!」
声色を変えて、“友人”として令愛に呼びかける中見。
「名前を呼ばないで、気持ち悪くてぞわぞわするッ!」
令愛は吐き捨てるようにそう返したが、“効いている”と判断した中見は同じ行為を続ける。
「もう友達には戻れないのかな。大好きな令愛」
「あったりまえだぁぁぁああっ!」
令愛の心は揺れている。
だが一方で、中見と敵対するという決意はブレないように見えた。
大槻もいつまで日屋見を足止めできるかわからない。
中見は「チッ」とめんどくさそうに舌打ちをする。
「仕方ありませんね――ではまず貴女から仕留めましょう」
そして日屋見ではなく、その大量の血を令愛に使うと決めた。
どうせ彼女を殺せば、また同量の血が手に入る――そう考えてのことだ。
「何か飛ばしてくるぞ、気をつけるんだ仰木先輩!」
「あたしは大丈夫ッ!」
「何が大丈夫だと言うのでございますか。ふふ、鳥葬紅刃」
両手の爪から、たっぷりと蓄えた血が放出される。
それらは宙に舞うと、まるで鳥のような二枚羽の刃へと姿を変えた。
最終的に、鳥の群れは数百個まで増え、中見の前にずらりと並んだ。
「肥え太っても血だけでは寂しいでしょう。さあ、あの女の肉を啄んでごらんなさい」
そして彼女の合図と共に、一斉に令愛に飛びかかる。
日屋見は触手を伸ばしてくる化物の相手をしながら、少しでもその数を減らそうと援護の準備をしていた。
だが自信に満ちた令愛の表情を見て、その手を止める。
そう、中見は令愛のスキルを知らないのだ。
(よくわかるよ、月があたしを舐めてるってこと。きっと実際に経験も無ければ、レベルだって低いんだろうけど――)
あんな甘くて生ぬるい女が依里花たちと同じ力を得たとしても、大して戦力になるはずがない――令愛を騙し続けてきたからこその、そんな油断。
だから圧倒的な火力で押しつぶせば殺せると思った。
大木を独り占めできると思った。
反射されるなどとは、露ほども思っていなかったのである。
「リフレクションシールド!」
令愛は足を止め、反射壁を展開する。
そこに衝突した鳥刃たちは跳ね返され、そのままの威力、速度を維持したまま中見を襲った。
「全部跳ね返したというのでございますか!?」
「そうでございます、だよっ!」
血液というリソースを出し尽くして放った一撃だ。
それを防ぐには同量の血が必要――つまり、中見に防ぐ術は無い。
「君は母親が絡むと、どうにも冷静さを欠いてしまうようだね。裏稼業には向いていない」
そう言って、日屋見は足元を這いずる大槻の成れの果てを冷静に叩き潰す。
「まだわたくしが負けたと決まったわけではございません! わたくしは生き残るのです、お母様のために! お母様のためにぃぃぃッ!」
中見は必死で自らの攻撃を防ぎ、避けた。
迫る鳥の形をした刃を爪で受け止め、滑らせて軌道を変える。
全集中力を注いで最も密度の低い場所を探しては、そこに飛び込み、空中で体をひねりながら傷を最低限に留める。
(行ける……わたくしは、まだ生き残れるのです! お母様に愛していただける、人の体で!)
大槻の現象を見て、中見はおそらく自分も同じようになるのだろうと予想は付いていた。
曦儡宮に心酔する彼女は、別にそれでも構わないと思っている。
どうせ世界は滅びるのだから、体の見た目がどうなろうとも構わない、と。
しかし、できることなら最後の瞬間は、親子として大木と過ごしたい。
令愛を殺した上で自分が唯一無二の娘となり、その寵愛をすべて自分だけに注いでほしい。
そのためには、“人”でなければならない。
少しでも自分の価値を高めなければ、あの人はわたくしを見捨ててしまうかもしれない――と、彼女はそう考える。
中見が大木に抱く感情は、どこかいびつだ。
それは彼女が『大木に捨てられるかもしれない』と感じていることから来るもの。
大木の愛情が令愛だけに向いていて、自分は彼女の寂しさを埋める代用品なのだと理解しているからこそ、歪んでしまったもの。
だから、少しでも中見は大木の理想の姿でいなければならない。
人の身を捨てて、化物に成り果てるなどそのようなことは許されないのだ。
そして――彼女は令愛が反射した己の攻撃を、全て避けきった。
服は破れ、全身は傷だらけだが、そんなものは治癒すれがどうとでもなる。
「は……ははは……どうです、見ましたか! これがわたくしのお母様への愛――」
「それはよかったね」
中見は全ての集中力を防御に注いでいたため、すでに日屋見が迫っていることに気づかなかった。
「……あ」
振りかぶった巨大な拳が、中見の頬に突き刺さる。
どれだけ超人的な反応速度を持っていたとしても、回避は不可能なタイミングだった。
日屋見が拳を振り切ると、中見は吹き飛ばされて宙を舞い、そのまま壁に叩きつけられる。
「仰木先輩、とどめはあなたが!」
「わ、わかったっ! てやあぁぁぁああっ!」
令愛は大きな盾を自分の前に構えて、壁際でぐったりする中見に突進する。
そして――
「サンクチュアリウォールッ!」
防壁を展開し、それを中見に押し付けた。
サンクチュアリウォールは、それぞれシャインスパイク、エレクトリカルフィールドというスキルによって特殊効果が付与されている。
シャインスパイクは、防壁に攻撃した敵に光の針による反撃を行う効果。
そしてエレクトリカルフィールドは、サンクチュアリウォールに触れた相手に電撃を流す効果。
壁と防壁に挟まれた中見は、その両方をゼロ距離で受けていることになる。
「あがっ、がぁああっ、ぐ、が、令愛……やめ、て。たすけ、て……!」
「だから、そういうところが気持ち悪いって言ってるのッ!」
全身を串刺しにされ、焼かれながらも同情心に訴えかける中見。
令愛はそんな命乞いを切り捨てながらも、ぼろぼろと涙を流していた。
「わたし、たち……友達。ずっと、友達、で……っ」
「友達じゃない! あんたなんか、あんたなんか友達なもんかッ! 返してよぉ。あたしの時間、あたしの気持ち全部返してよぉおおッ!」
吹っ切れた――というのとも少し違うのかもしれない。
母とその従者の狂気を目の当たりにして、令愛は諦めたのだ。
だがいくら諦めたところで、“大切な友達”との思い出は消えるわけじゃない。
しかも一人ではない。
何人も、何人も、それは間違いなく令愛の人生を形作ってきた根幹の一つであり、令愛の人格形成にも大きな影響を与えてきた存在だ。
だからわかるのだ。
自分の中に大木藍子が望み、中見月がコントロールしてきた、彼女たちの理想となる“仰木令愛”が存在していることが。
それは今さら捨てられるものじゃない。
けれど気持ち悪くて仕方ない。
否定しないと。
その原因となった存在を消し去らないと、もう二度と自分を愛せなくなるから。
だから、このまますりつぶして殺す。
たとえ全身の肌が焼けて異臭がしようとも。
目の前で目や鼻、耳から血を流そうとも。
顔を形作っていたスライムが溶け、素顔があらわになろうとも。
潰れた声で、まるで親しい友人のように話しかけてこようとも――
「死ねっ! 殺してやるっ! どうせあたしの人生は返ってきやしないんだから、だったら! できるだけ苦しんで死んじゃえぇぇぇええッ!」
誰より間近で見てきた依里花の流儀で、令愛は“復讐”を果たすのだ。
すると、もはや命乞いなど悟ったのか、中見の目つきが変わる。
「死ぬのは……ぐ、ぉ……お前の、ほう、だ……!」
肉体の限界はもう近い。
人間としての最後の時間を振り絞って彼女が残すのは、怨嗟の声だった。
「お母様は……わたくしが、わたくし、だけの……ッ!」
「どうせ大木さんだって依里花に殺される。あの世で一緒にやってればいい! 誰にも迷惑かけずに、二人きりの世界で好きなだけッ!」
「殺すぅ……う、ぁ……化物になったら、お前を、お母様が見たらっ、母親の情が消えるぐらい、無様に、が、ぐあぁっ、無惨に、ごろじでやるうぅぅぅうッ!」
「うるさぁぁぁあいッ!」
令愛がぐっと両腕に力を込めると、パキッという音がして中見の頭がひしゃげた。
途端に彼女はぐるんと白目を剥いて、ビクッと体を震わせ、そのまま動かなくなる。
自分の手で殺した。
そんな感触が、令愛の手にはっきりと残っていた。
腕から力が抜ける。
盾を手放すと、イージスは粒子になって消え、防壁も一緒に消える。
押しつぶされていた中見の亡骸が解放され、ぐったりと床に転がった。
令愛は肩で呼吸しながら死体を見下ろし、ぼろぼろと流れる涙を腕で拭う。
日屋見はそんな彼女に近づくと、肩に手を置こうとした。
しかし令愛はくるりと振り向き、触れられることを拒んだ。
「ぐすっ……平気。あとで、依里花からいっぱい慰めてもらうから」
そう言って笑う令愛。
日屋見は行き場を失った自らの手を苦笑いしながら降ろすと、肩をすくめた。
「そうだね。私のこの手も真恋を抱きしめるために使うべきだった」
そんな冗談めかした、しかし本気のやり取りを終えたところで、中見の死体からずるりと化物が這い出てくる。
「なんだか面倒くさいな。せっかく倒したのに、もう一回出てくるなんて」
「ここで二人で倒すわけじゃないんだ、飽きることはないだろう」
「誰かが来てくれるの?」
「いや――」
日屋見はなぜか天井を見上げる。
令愛も釣られて同じ場所を見ると、そこには大きなヒビが入っていた。
「おそらくは、この建物がもたない」
一階はネムシアと井上によってど派手に破壊され、今は三箇所で戦いが繰り広げられている。
そんなものに、ありふれた作りのホテルが耐えられるはずもなかった。
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