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043 人間の着ぐるみ

 



 私はネムシア、井上さんと一緒にホテルに向かっていた。


 やはりこの遊園地も、校舎同様に巨大化しており、コピーアンドペーストされたように同じ遊具が複数個並んでいる場所もあった。


 周囲を見回せば点々と大きな観覧車も配置されていて、以前夢実ちゃんと一緒に乗ったものがどれなのかもわからない。


 おそらく教室同様に、うかつに乗ったらどこか別の世界に飛ばされてしまうのだろう。


 だが幸いにも、遊具が点在しているおかげで身を隠すのは簡単だった。




「あのキャストなる化物に気づかれさえしなければ、ホールマンに襲われることもないのだな」




 ネムシアは、コーヒーカップの影に隠れラビラビちゃんの様子を伺いながら言った。


 穴人間――ホールマンたちは基本的には私たちに敵対しない。


 あくまで遊園地の客として楽しむ役割らしい。




「代わりにキャストはどうやっても倒せない。だよね、井上さん」


「ええ、何十回と倒して試したわ。あいつらは無敵よ」


「出口らしき場所は見つけておらぬのか?」


「一番端っこまで行ったんだけど、敷地の外は真っ暗。まるで底のない穴のようだったわ」




 崩壊した校舎と同じような感じかな。


 どこに繋がってるのかわからないけど、落下した瓦礫が粉々に砕けていたところを見るに、落ちた人間は生き残れない。




「正門付近も見てみたんだけど――確かに外に道は続いてた。だけど……なんて言ったらいいのかな、壁が、通せんぼしていたっていうか……」


「依里花よ、それは――」


「うん、1階と同じかもね」




 ラビラビちゃんが通り過ぎていったのを見計らって、私たちは前に進む。




「つまり依里花ちゃんたちは突破してきたのよね。どうやったら抜けられるの?」


「“ホームシック”って名前の化物の親玉を倒せば壁は無くなった」


「この施設のどこかにも親玉がおるわけだな」


「1階のときは、島川優也っていう光乃宮学園の生徒が生きたまま化物に変えられてた」


「生きたまま?」


「そう、さらに彼のトラウマが形になって空間を形成していた」


「じゃあこの遊園地が巻き込まれたことや、着ぐるみが襲ってくるのは……化物に変えられた誰かの記憶が関係しているのね」




 学校は儀式の中心点だったからわかる。


 でも光乃宮ファンタジーランドは学校とは離れた場所だ、ここがピンポイントで巻き込まれた明確な理由がある。


 私も井上さん同様、そう考えていた。


 そうして喋っている間も足は止めず、私たちは着実にホテルに近づく。


 レストランを出てかれこれ一時間ほど経っただろうか。


 ついに遠くにその姿が見えてきた。




「本当にお城なのだな。この世界は贅沢の限りを尽くしておる」




 少しふてくされながらネムシアが言った。


 と言ってもお城ではなく、あくまでお城風のホテルだ。


 もっとも大木たちが立てこもっている今は、文字通りの城塞になってしまっているのだろう。




「まずは周囲の地形の把握と、出入り口を確認したいかな」


「依里花が歩き回れば地図は勝手に完成するのだろう?」


「地図と言っても立体的に地形を把握できるわけじゃないから、目視しておきたいの」


「向こうからの監視も警戒しておきましょう。双眼鏡を使われたらこの距離からでも見えてしまうわ」




 現状、監視の人員がバルコニーに配置されている様子はない。


 おそらく聖域展開によって結界に守られているはずだから、対化物だけを意識するのならその必要はない。


 けど井上さんが攻め込んでくる可能性があることぐらいはわかっているはずだ。


 たかが一人だけだと舐めているから、見張りも必要ないとか?




「あれは何だ……?」




 ホテルを観察していたネムシアが何かに気づく。




「どれのこと?」


「二階の壁にくっついておる、あの黒い物体だ。左右に動いておるようにも見える」




 まだかなり距離があるから、はっきりとは見えないけど――確かに壁に何かがくっついていた。




「監視カメラかもしれないわね」


「動いてるってことは、稼働してるんだ」




 だから見張りは必要ない、と。


 他にもカメラが置かれていないか探してみると、ところどころにそれらしきものを発見。


 しかも、普通は設置しないような場所にまで置いてある。




「あの手の工事ができる人間がホテルにいる……」


「スキルで習得してるのかもしれないわね」


「依里花の仲間をさらったという、白町や須黒たちか?」


「あいつらがそんな地味なスキルを覚えるとは思えないけどな。向こうもパーティーを組んでて、あの場にいなかった戦力がまだ隠れてるんだと思う」




 仮にあの四人全員がパーティのリーダーだとしたら、下手をすると20人近くの敵がいる。


 単純に戦力だけを比較すると、私たちよりも圧倒的に上だった。




「とりあえず、周りをぐるっと回って様子を見てみよう。監視カメラの位置も記録しながらね」




 ネムシアと井上さんは私の言葉にうなずく。


 そして隠密行動を開始した。




 ◇◇◇




 調査の結果、わかったことだが――あのホテルには“背後”が存在しない(・・・・・)


 元々、ホテル・フォレストキャッスルはファンタジーランドの最端に存在する。


 そして園の外側からもチェックインが可能で、遊園地で遊ばずともホテルだけを利用できるようになっているのだ。


 実際、うちの家族が私だけを置いてホテルのバイキングに行ってた記憶があるし。


 だが現在、この遊園地には“外”が存在しない。


 井上さんが言っていた通り、真っ暗な虚無が存在するだけなのである。




「監視カメラは全方位に設置。後ろが塞がってるから秘密裏に潜入するのも難しい」


「地下の秘密通路などもないのであろう? 要塞として都合のいい地形をしておるのう」


「うーん、この距離なら監視カメラだけ狙撃できないこともないのよね。でもそんなことしたって、相手に居場所を伝えるだけだわ」




 やはり正面突破は難しい。


 内側から壊していくしかないか。


 なんとかギィと連絡を取りたいところだけど――そう思っていると、私のスマホがわずかに震えた。


 画面を見ると、メッセージの通知が表示されている。




「妙蓮寺くんからメッセージ? 何であんなやつが」


「誰なのだ?」


「私の同級生。例のごとく救いようのないクズだよ」


「その人、元から依里花ちゃんの連絡先を知っていたの?」


「いや……これ妙蓮寺くんじゃない。ギィからだ!」




 中身には『ギィ。届いてたら返事をしてほしい』と書いてあった。


 すぐに返事をする。




『届いてるよ、無事でよかった』


『犬塚のふりをしている。これでよかった?』


『完璧。ギィえらい』




 そこで照れたキャラクターのスタンプが送られてきた。


 どうやらギィは元気みたいだ。




「潜入してるって言ってた子よね」


「白町くんや須黒くんの友人に成りすましてるんだ」


「そしてあやつらは我のことをギィだと思いこんでおる、と」


「どういうことなの?」


「その辺はややこしいから後で説明する。とりあえず今は、あいつらの前ではネムシアのことをギィと思い込ませるのが重要ってことだけ覚えといて貰えれば」


「うーん……わかったわ。ギィって子が内部に入り込んでいると思われたくないのね」




 スパイなんて存在しない。


 そう思わせておけば、彼らは油断するはずだ。


 ギィも遥かに動きやすくなる。


 私は彼女の現状を把握すべく、さらにメッセージのやり取りを続けた。




『そのスマホ、妙蓮寺くんの持ち物みたいだけど、どうやって手に入れたの?』


『部屋に落ちてた』


『妙蓮寺くんは生きてる? 死んでる?』


『生きて白町たちの仲間になってる。スキルを使って建物の修理をしたり、建物内に罠を作ったりしている』


『じゃあその妙蓮寺くんが落としたスマホってこと?』


『落としたにしては変な場所にあった。アタシも怪しいとは思うけど、今はありがたく使わせてもらってる。大丈夫、絶対にバレない』




 正直、気づかれる心配はしていない。


 ギィはそのあたりうまく立ち回れそうだから。


 ただ問題は、不自然に置かれていたというスマホについて。


 罠にしても意図が不明だし、偶然にしては都合が良すぎる。




『ギィが部屋に入ったとき、誰かの気配を感じなかった?』


『特には。誰かいた? 警戒すべき?』


『確証はないけどいるかもしれない。でも誰かいたとしても、それは味方だから安心して』


『わかった』




 もしかしたら日屋見さんが……?


 そう考えたけれど、確証はない。


 けど間違いなく彼女も動いているはずだし、あの姿を消すのがギュゲスの能力の一つだとするのなら、とっくにホテル内に忍び込んでいてもおかしくはない。




『エリカ、ギィはこれからどうしたらいい? あいつらを一人ずつ殺す? ただの人間なら蒸発させて消せる。証拠も残らない』


「蒸発って。依里花ちゃん、この子大丈夫なの?」


「味方だよ。ちょっと悪い子だけどね」


「は、はあ……」




 ちなみにギィの言っている蒸発は、行方をくらますという意味ではない。


 文字通り、人間を高温の光で熱して蒸発して消し去るという意味だ。


 まあ、結果はどちらも同じなんだけど。




『相手はギィ一人じゃ手に負えない可能性が高い、しばらく犬塚さんのフリを続けて情報を集めに専念して。そのうち殺しの指示も出すから』


『エリカがそう言うなら我慢する』




 しかしせっかく妙蓮寺くんのスマホを手に入れたんだし、これも利用したいなあ。




『あと、私とのやり取りは終わった後に必ず削除するようにして』


『やり取りをしたという履歴は残る。それに絶対にこのスマホは見つからない。消す意味はある?』




 どうせスマホを持ってることは最後まで隠さないといけないんだし、たしかに消す意味は――いや、うまく使えば妙蓮寺くんをはめられないかな。


 ギィは彼が建物の修理や罠を作ってるって言ってたけど、あいつ確か機械いじりも好きだったよね。


 あの監視カメラ、妙蓮寺くんが設置したものだとすれば、彼の存在はかなり厄介だ。




『履歴は残ってていい。むしろ余計に怪しくなるから』


『妙蓮寺くんを陥れるため?』




 さすがに察しが良いね、ギィは。




『その通り。せっかく妙蓮寺くんのスマホが手に入ったんだもん、仲間割れで殺すのに使わせてもらおうと思って。普通に殺すより相手に大きな打撃が入るでしょ?』


『把握した。エリカのそういうやり方、アタシは好き。おかげでアタシもこうして生きてる』


『褒めてくれてありがとう。私も乗ってくれるギィのことが大好きだよ』




 再び照れ顔のスタンプが送ってくる。


 すっかり使いこなしてるな……犬塚さんの記憶があるからだろうか。




「おい依里花よ」


「何、ネムシア」


「お主のやり取りを見て井上の顔が引きつっておるぞ」




 そう言われて画面から井上さんに視線を移すと、彼女は完全に引いていた。




「あ、ち、違うのよ。わかってるわ、味方だってことは」


「私もわかってるよ。井上さんみたいに警察官になるような正義感の強い人は、こういうやり取り嫌いでしょ? でも安心して、相手が大木たちだからやってるだけだから。無差別に殺そうってわけじゃないの」


「……それも理解してるつもりよ。だってあいつらは、何の罪もない人たちをさらったんだもの」




 といいつつも、まだ完全には納得できていないという顔をしている。


 正義心やモラルに対する意識なんて、人によって大きく異なる。


 私と井上さんは赤の他人だ。


 誰もがネムシアみたいに、この憎悪を理解しないことぐらいわかってるよ。


 お互いに邪魔をしなければ、別にそれで構わない。




 ◇◇◇




 それから私とギィは、妙蓮寺くんを陥れるための細かい作戦を練った。


 そのやり取りが終わる頃、彼女から話題を遮ってメッセージが届く。




「『今から須黒が外に出る』だって」


「須黒というのは、確かかなり大柄な男だったな」


「そうそう。とにかく喧嘩好きで、問題を起こして柔道部を辞めたあとは、路上での喧嘩に明け暮れてたような男」


「ああ……いるわよね、そういう輩」




 井上さんはしみじみと言った。


 警察官だから、路上での喧嘩を取り締まった経験もあるんだろうな。




「お、出てきたようだぞ」




 ネムシアがホテルの正面入口を指さす。


 そこから出てきたのは、両手にテーピングを施した須黒だった。


 彼は特に周囲を警戒する様子もなく、堂々と結界から外に出る。


 辺りにはホールマンしかいないからかもしれないが、そんな彼の元に遠くから風船を持ったリスの着ぐるみが近づいてきた。




「キャストに見つかるわ」




 須黒くんがリスリスくんの視界に入る。


 しかしリスリスくんは須黒くんを見たあと、すぐに視線を子供型ホールマンに戻して、手に持った風船を与えた。




「須黒くんを無視した?」


「おかしいわね。あたしたちのときはあれだけ必死に襲いかかってきたのに」


「我らと何が違うというのか」




 さらに様子を観察していると、須黒くんはあろうことか自らリスリスくんに近づいていく。


 その距離が1メートル未満になっても無視する以上な状況の中、彼は着ぐるみの肩に手を置きニヤリと笑う。


 そしてその頬を、思い切り殴りつけた。




「な――」




 予想外の光景に、絶句する。


 殴られたリスリスくんはふっとばされ、地面を転がった。


 こうなるとさすがに黙っていられないらしく、ホールマンたちも明確に須黒くんを敵だと認定する。




「なぜあのような馬鹿な真似をしておるのだ。手を出さねば襲われなかったものを!」


「あの男、笑ってるわ。まさか……」


「戦いたくてやったのかもね」




 須黒くんを取り囲むホールマンたちが、口から液体を放つ。


 さらにはリスリスくんが腰を低く落とし、猪のように突進しようとしている。


 すると、須黒くんの体を鈍色の鎧が包み込んだ。




「あれが、須黒くんの武器」




 その鎧は溶解液を物ともせず、キャストの突進をノーガードで受け止める。


 そして彼は相手の体を両手で逆さに持ち上げると、地面に強く叩きつけた。


 リスリスくんは頭から硬い石畳に落下し、バァンッ! と破裂音を響かせ弾ける。


 そう、頭だけではなく、体全体が弾けて、完全に地面の染みと化してしまったのだ。




「うおぉおおおおおおおおおッ!」




 闘争の歓びに体を震わせ、吼える須黒くん。


 彼はさらに一番近くのホールマンの体を掴むと、その体を棍棒のように振り回して他のホールマンの肉体を粉砕していく。


 そうして戦っているうちに、キャストたちが続々と集まってくる。


 馬に乗ったブタブタくんの突進を、




「ぶち砕けろッ!」




 拳の一撃で馬と着ぐるみごと粉砕。


 迫りくるゴーカート着ぐるみ集団を、




「己の肉体でかかってこい、雑魚共ッ!」




 地面をえぐって持ち上げ、巨大な塊をぶつけて一斉に撃破する。


 もちろんキャストたちは無限に再生を続ける。


 須黒くんはそのたびに嬉しそうに笑い、いつまでも、いつまでも戦いを続けた。




「ははははっ! 最高だ! いくら殺しても消えないその殺意、無尽蔵の命! そうだ、その調子で俺を楽しませろォッ!」




 私とは別の意味で――彼は心からこの世界を楽しんでいるように見えた。


 実際、相手と命を奪い合うような戦いは現代日本では不可能なのだから、須黒くんは今、満たされているのかもしれない。




「あの男、楽しむためだけに戦っておるのか」


「生まれてくる世界を間違えたタイプの人かも。傷害事件起こして一生刑務所にでも入ってればよかったのに」


「あたしたち、あの男も倒さないといけないのよね……勝てるのかしら。あれだけ戦い続けてるってことは、レベルだってかなり上がってるはずよ」


「人数で上回ればどうとでもなるよ。厄介な相手なら後回しにしたらいい」




 須黒くんは私たちにも気づかずに、無駄に体力を浪費する余裕すら見せている。


 それは油断の現れとも言えないだろうか。


 でも不思議な話だよね、私が生きてるってわかってるなら、もう少し警戒しそうなものだけど――ん? あ、そっか。もしかして私、死んだと思われてる?


 大木は職員室に繋がるはしごのことを知っているはず。


 でも、まさか地下室が無事だとは想像していなかったのかもしれない。


 だとすると――ギィや日屋見さんだけでなく、私の存在自体も彼らにとってのイレギュラーってことになる。




「またギィからメッセージだ」


「今度はどんな内容なのだ?」


「『真口(まくち)力富(りきとみ)が偵察に出てる』だって」


「知ってる人なの?」


「どっちも同級生。どうもかなりの人数がこの階層で生き残ってるみたい」




 実に嬉しいことだ。


 こんなにも沢山の生徒が、苦しむために生きてくれてるなんて。




「リーダーってタイプじゃないから、たぶん下っ端だとは思うけど……お、また来た。『どこかに生存者が固まって隠れてる、それを探すための偵察。西のエリアを中心に探索してる』だってさ」




 ギィには返事のついでに、その生存者がいる場所を自分たちも拠点としていること、そして井上という女性と共に行動していることを伝える。




「また前みたいに誘拐するつもりね」


「一旦戻るべきかのう」


「あのレストランの場所は西ってわけでもないし、今回は見つからないんじゃない?」


「では見逃すのか?」


「いや――西から戻ってくるなら、帰り道の予想はできる。待ち伏せして殺そう」




 顔が近いので、井上さんがごくりと生唾を呑む音が聞こえた。




「できるだけ私一人でやるから」


「我を見くびるでない。女王として戦も経験しておる、人を殺めることに躊躇いはない」


「そっか、じゃあ手伝ってもらおうかな」


「あたしは……」


「井上さんは人間と殺し合うことなんて考えてないでしょ? だからいいよ、無理しないで。その代わりに化物と戦うときはお願いね」


「……ごめんなさい」




 彼女はうなだれる。


 きっと頭ではわかっているのだ、いずれ人間と戦わなければいけないと。


 しかし普通の人間は、いくら非常事態とはいえ人殺しをためらうもの。


 せっかく仲間になれたんだし、無理強いはしたくないかな。




 ◇◇◇




 ホテルの前から場所を移し、真口さんと力富くんが通るであろう道で待ち伏せる。


 井上さんは、『できる限りのことをしたい』と言って偵察を申し出てくれた。


 標的の二人がこちらに近づいてくるタイミングで戻ってくることになっている。


 その間に、私とネムシアは準備を済ませておく。


 彼女は己の武器である杖を呼び出すと、スキルを発動させた。




「リアクションキャスト」




 杖の先端からふわりと光が発せられると、地面に触れて溶けるように消える。




「あの場所に誰かが触れれば、魔法が発動するのだな?」


「説明通りのスキルならね」




 ネムシアの持つスキルは、その多くが“魔法の発動を補助”するものだった。


 例えばデュアルキャストは、一度に二回分の魔法が発動できる。


 オーバーキャストは余分にMPを消費して、威力を向上させた魔法を放つことが可能。


 そしてこのリアクションキャストは、あらかじめ魔法を“設置”しておき、そこに触れた者を対象に魔法が自動で発動されるというスキルである。




「まさにこれぞ罠! というやつであるな。依里花は奇襲だけで相手を仕留めるつもりでおったようだが、二人同時では厳しかろう」


「ネムシアが協力してくれて助かったっていうのが本音かな。油断してる相手の背後を取れれば、一人は間違いなく殺せるだろうけど、もしもう一人に逃げられて私の存在を大木たちに知らされたら、逆にこっちが不利になるからね」


「うむうむ、戦争において情報は非常に重要だ。いずれは知られてしまうやもしれぬが、今は隠密行動を心がけたいところだな」


「そういや、戦争を経験したみたいなこと何回か言ってたね。どんな感じだったの?」


「父上が死に、兄上が行方をくらましたことで、国内情勢は一気に不安定になってしまったのだ。その機に乗じて王都を奪おうとする不届き者たちが攻め込んできてな。まあ、我が王国軍がそのような有象無象に負けるはずがないのだが」


「それって本当はお兄さんが王様になるはずだった、みたいな話?」


「ああ、そのはずだったのだが……」




 ネムシアは寂しげに目を伏せる。


 父は明確に死んだと断言しているのに、お兄さんは行方不明だという。


 この違いは一体何なのだろう。




「急にいなくなって、それきり会えていない……そう記憶しておったのだが、今は少し違う」


「思い出したってことか」


「我は、兄上に会っておる。女王になったあとのことだ。しかし、具体的に何を話したのかはよく覚えておらん。とても大事な話をした気がするのだが」


「そっか。まあ、ゆっくり思い出せばいいんじゃないかな。アドラシア王国に戻れたら全部記憶が戻るかもしれないし」


「うむ、きっとそうだな。故郷の美しい景色を見れば、全ては解決する。そうに違いない!」




 ネムシアはよほど故郷に思い入れがあるらしい。


 先ほどまでの落ち込みようはどこへやら、すっかり元気になっている。


 ちょっとうらやましいな。


 私の故郷なんて、ご覧の有様だし。




「依里花ちゃん、ネムシアちゃん、おまたせ」




 井上さんが駆け足で戻ってきた。




「あの二人は?」


「あと一分ぐらいで到着すると思う」


「様子はどうだったのだ?」


「二人で並んで話しながら歩いてた、かなりリラックスした様子でね。それと、やっぱりキャストに見られても襲われないみたい」


「なぜ我らだけ襲われてしまうのだ」


「原因はわかんないけど、狙われないなら油断しきってるはず。さっくりと死んでもらおっか」




 まさか自分たちが狙われているとは思っていないはずだ。


 そういう人間はあっさり殺せる。


 簡単に殺してしまっていいのか、という葛藤が無いわけではないけれど――単純に復讐したい気持ちに加えて、今は同じ世界に存在していたくないという強い嫌悪感があった。


 できれば苦しめたい。


 けど、早く殺せるならそれでもいい。


 この世から消えてほしい。


 夢実ちゃんにあんなことをしたやつら、全員。




「井上さんは離れた場所にいて。結構グロい絵面になる予定だから」


「……いや、見ておくわ。心配しないで、死体には慣れてる」


「そっか、警察官だもんね。じゃあ遠慮なく行く」




 ついに真口さんと力富くんの足音が聞こえてきた。


 二人は何気ない雑談を交わしながら、一切警戒する様子無く、罠を仕掛けた通りに差し掛かる。


 力富くんが話すと、真口さんが笑う。


 いい感じにも見える二人。


 すると真口さんは口元に手を当てて笑いながら――リアクションキャストを踏んだ。




「ひき肉になるがよい」




 ネムシアが隣で恐ろしいことをつぶやいた。


 思わず苦笑いを浮かべながら、魔法の発動とタイミングを合わせて、私は物陰から飛び出す。


 力富くんの背後に回る最中に私は、顔の上半分と足首から下だけを残し、風の球体に体を包み込まれる真口さんを見た。


 ネムシアの宣言通り、真口さんの体はその風によってズタズタに引き裂かれ、瞬時にひき肉へと変わっていく。


「は?」と口をあんぐりと開く力富くん。


 そんな彼の後頭部にドリーマーが突き刺さり、そのままの表情で頭部が空中に飛んだ。


 回転しながら飛翔した生首がボトッと地面に落ちると、体がぐらりと傾き倒れる。


 そして彼の亡骸の上に、真口さんの顔の上半分がべちゃりと乗っかった。




「無駄のないよい動きであったぞ」


「ネムシアこそいい魔法だった」




 ぐっと親指を立てあう私たち。




「さて、適当に体の一部だけ切り取ったらあとは燃やしちゃおうか」


「何か意味があるのか?」


「死体が残ってると、そこから魔法で蘇生できるから」


「では完全に消してしまえばよかろう」


「そうすると、逆に何も無い場所から蘇らせられるみたいなんだよね。時間はかかるけど」


「そうなのか……では死体の一部を残したまま、相手に見つかりにくい場所に隠した方がよいということか」


「隠すといっても、相手はパーティメンバーの位置を把握してるはずだから、限界はあるんだけどね」




 だから一部を拠点であるレストランまで持ち帰ったりすると、逆に拠点を教えてしまう結果になる。


 まあ、できるだけホテルから離れた場所に埋める、みたいなやり方が嫌がらせとしてはベターかな。




「言ってるそばから動き出したぞ。これが魔法による蘇生なのか?」




 急にネムシアが変なことを言い出した。


 どこに隠すか考えていた私は、死体に視線を移す。


 すると倒れた力富くんの死体だけでなく、ごく一部しか残っていない真口さんの亡骸までぶるぶると震えだした。




「蘇生魔法は近くにいないと使えない。これは別の現象だよ!」




 遺体を突き破って、あるいは断面から這い出るように、骨の腕が現れた。


 その腕の力を使って、一気に全身を外に引きずり出す。


 そうして現れたのは、身長3メートルほどの骨の化物。


 1階で見たスケルトンと酷似しているけれど、サイズも違えば細部も違う別物だ。




「グオォォオオオオオッ!」




 獣じみた産声をあげる骨の化物。




「人間が化物に変わったのか!?」


「というよりは――」




 おそらく私たちと類似した力を持っているのは確かだ。


 しかしキャストには襲われない。


 ゾンビもゾンビも襲わない。


 それと同じ理屈で、彼らも襲われないのだとしたら。




「見た目が人間なだけで、こっちが本当の姿だったりして」




 力富くんだったものは、自らの肋骨から骨の剣を作り出す。


 真口さんだったものは、足をへし折って骨の杖を作り出し、体がふわりと浮かび上がる。


 戦士と魔法使い。


 生前の力富くんと真口さんを思わせるその“役割分担”に、私の疑念はさらに強まった。




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― 新着の感想 ―
[一言] どっちにしても速攻で城攻めするんでなけりゃ斥候が未帰還だとばれるんじゃ
[良い点] 依里花さんとギィのやり取りに震えました!(歓喜) 一方的に虐げられた弱者の時の経験が、力を手に入れたことで花開いた感じでしょうか。 [気になる点] グハァ!(吐血)Σ( ̄┓ ̄;) ネム…
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