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042 獅子身中の怪異

 



 光乃宮ファンタジーランド敷地内、ホテル・フォレストキャッスル。


 マスコットキャラクターである動物たちが暮らす森――その中にあるお城をイメージして作られた、直球な名前をしたホテルである。


 広々としたロビーには噴水が置かれ、緑も多く、遊園地の喧騒とは異なる静かで澄んだ空気を味わうことができる。


 ただし今は、その噴水からは赤黒い水が出ており、近づくと腐ったような匂いがするが。


 大木たちに連れてこられた人質は、ここを通り抜けて階段を上り、三階まで連れて行かれた。




「とうちゃーく。この宴会場が今日からみんなのホームだよぉ」




 白町が言った。


 ちなみに、大木と中見はすでに令愛を連れて別室に移動している。


 巳剣は不満げに白町に問いかける。




「これのどこが宴会場なのよ。ほとんど畑じゃない」




 まさに彼女の言う通り、宴会場の半分以上には土が敷き詰められており、ざっと見た限りでもじゃがいもや枝豆が育てられていた。


 現在もやつれた様子の男女が収穫作業を行っている。


 収穫量は十分あるようなので、決して伊達や酔狂で行っているわけではないことはわかる。




「大槻ちゃんにがんばって作ってもらってさ、食料を確保してるってわけ」




 大槻とは、部屋の隅で優雅に本を読んでいる眼鏡をかけた少女のことだ。


 巳剣や白町、もちろん依里花とも同じクラスだった。


 白町に声をかけられても、軽く会釈するぐらいで反応は遅い。




「いやあ、スキルってすごいよね。魔法で土だって作れるし、“農業”スキルだっけ? あれ上げたら作物だって一日であんなに立派に育っちまうんだから。外に出たら大金持ち間違いなしよ。なあ大槻ちゃん?」


「彼女をパーティに入れて便利に使ってるってことね」


「代わりに優遇してやってるんだからいいじゃん。オレらめちゃくちゃ優しいから」


「人殺しがよく言うわ」


「ああ?」




 白町の表情が豹変し、巳剣の顔を掴んで睨みつけた。




「巳剣ちゃん、身の程はわきまえようよ」




 明確な殺意を感じさせるその目つきに、巳剣のこめかみに冷や汗が浮かぶ。


 事実、白町はすでに目の前で真恋を殺している。


 躊躇なく、容赦なく、気に食わない人間を殺せる存在――それが彼だ。




「どっちかっつうと“オレら側”の人間だから、大人しくしてくれてたら仲間に入れてやろうと思ってんのに」


「っ……須黒くんの口ぶりを聞く限り、あなた無差別に人を殺してるんでしょう?」


「ホールマンになりかけてたから助けてやっただけだって。なあ須黒ちゃん」


「ノーコメントだ」


「おいおいそれは無いんじゃねーの? 確かに一人か二人ぐらいは勢いで殺しちゃったかもしんないけどさあ。こうして巳剣ちゃんに手を出してないだけオレ、成長してない?」




 へらへらと笑う白町だったが、目だけが笑っていない。


 そんな彼に目をつけられないように、と顔をそむけていた牛沢だったが、そのせいで余計に目立ってしまったのか――




「あれ? いい顔してるね君」




 逆にターゲットになってしまう。




「名前教えてよ」


「……」


「黙ってんなよ。言っとくけどオレは君のこと、対等な人間とは思ってないからね? オレが言った“いい顔”ってのはさ、泣かせたら可愛くなりそうだなって意味なの。わかる?」




 牛沢は決して目を合わせずに、カタカタと小さく体を震わせた。


 その肉食動物に狙われる小動物のような姿が、余計に白町の嗜虐心を刺激する。


 大勢の前で見せしめにするのも悪くない――そんな考えが彼の頭に浮かんだとき、そこに犬塚が割り込んだ。




「ちょっと白町」


「んだよ、いいとこなんだけど!?」


(さか)りすぎてキモい。ちょっと控えてくんない?」




 腕を組み、高飛車な態度で白町の前に立ちはだかる犬塚。


 その正体を知る牛沢はほっと胸を撫で下ろす。




「犬塚ちゃん、何でオレを止めるわけ? もしかして一緒に過ごしてる間に情でも湧いちゃったあ?」


「キモいやつにキモいって言って何で疑われなきゃならないのよ。ただでさえ大木とか中見とかいう女の気持ち悪い顔を見せられて吐き気がしてるってのに、なんであんたの性欲丸出しのキモい顔を見せられてキモい声を聞かなきゃなんないのよ、ああキモいキモい」


「キモい言われすぎてゲシュ壊だわ。ただ――オレはさておき、大木ちゃんと中見ちゃんは確かにキモいわな。やっべ、思い出したら萎えてきた」


「ならばそのまま手を引け」




 須黒が一言そう言うと、白町は「はーい」と牛沢の前を離れた。




「牛沢さん、平気?」


「うん……会衣は大丈夫」




 青ざめた顔の牛沢に、巳剣が寄り添う。


 白町はそんな二人の様子を、薄ら笑いを浮かべ見つめる。


 そんな彼の様子に気づいてか、須黒は大きな声をあげた。




「大槻! 連れてきた連中にここでの過ごし方を教えてやれ、俺たちは戻る」


「はぁ……了解」




 大槻はぱたんと本を閉じ、気だるそうに立ち上がる。


 そして須黒は白町に「行くぞ」と声をかけ、部屋を出ようとした。


 二人だけで。




「ちょっと、何で私のことを置いていこうとしてんのよ!」




 須黒の服を掴み、犬塚が吠える。


 彼は冷たく言い放った。




「お前は選ばれていないからだ」


「は? 選ばれるぅ?」


「“力”は持っていないんだろう」


「何よそれ」


「戦うための力だ」


「ゲロ金とかが持ってたあれ? 持ってるわけないじゃない。あの化物を自力で倒さないと手に入らないんでしょう? 取り巻きの役立たずどもがもうちょっと頑張ってくれたら、そういうこともできたかもしんないけどさ。あいつら私の壁になるぐらいしか役に立たないんだもん」


「自力で倒す? 何の話だ」




 不思議そうに聞き返す須黒。


 白町も似たような表情だった。


 犬塚までもが首をかしげ――見事に全員の頭の上にハテナが浮かんでいる。




「何って、あいつらが無能だって話だけど」


「違う、その前だ」


「ああ、能力を手に入れる方法の話? グロ金たちが話してたことをそのまま言っただけよ」


「犬塚ちゃん、オレらは別にそんなことしてないんだよね。ここにいたら勝手に強くなってたっていうか。なんつーか、才能が目覚めた? 覚醒みたいな?」


「へえ、そうなんだ」




 あまり興味の無さそうな犬塚のリアクション。


 だが実際、中身のギィは不思議に思っていた。


 依里花や真恋は間違いなく、そうやって力を手に入れたと話していたはずだ。


 力を得るルートが違うのか。


 はたまた別物なのか。




「そうか……別の方法で目覚める力もあるのだな」




 須黒は前者だと判断したようだ。


 ギィも、現状ではその可能性が高いとは考えている。


 しかし犬塚ならば、そんな細かいことには興味を示さないだろう。




「そんなことどうでもいいから、早く個室に案内して。あとスマホも返してくんない? 没収された時点で超不愉快なんですけど」




 一行のスマホは、二階に入る前に大木に没収された。


 そのときも、犬塚はかなり不満を口にしていたが――




「あれなら捨てた」




 須黒のその答えを聞いて、黙っていられるはずがない。




「はぁ!? あんた何やったかわかってんの!? 私のスマホを勝手に捨てるとか死んでも償えないんですけど?」


「誰かと連絡を取られては困るのでな」


「倉金は死んだんだし、そもそも私があいつらに連絡なんて取るわけないじゃない! リストにあいつの名前があるだけで汚らわしいってのにッ!」




 耳にキンと響く声で怒鳴る犬塚。


 さすがの須黒も、至近距離で浴びせられると顔をしかめていた。




「ねえねえ須黒ちゃんさあ、やっぱ犬塚ちゃんは大丈夫じゃね?」


「俺もそう思うが――しかしな」


「まさかあんたたち、私を疑ってるの? あの(・・)倉金に寝返ったんじゃないかって」


「実際さあ、巳剣ちゃんがそうなってたじゃん。あんな陰気臭い女と仲良くする巳剣ちゃんて見たくなかったよ、オレ」


「はっ、巳剣なんて意思の弱い雑魚じゃない。あんなのと私を一緒にしないでもらえる?」




 ギィの立ち居振る舞いは、どこからどう見ても犬塚海珠そのものだ。


 彼女は須黒や白町の同類。


 郁成夢実の拉致には関わっていないが、依里花の暴行に参加したれっきとした仲間である。




「さあ、早く部屋に案内しなさいよ。それと代わりのスマホも用意すること」


「わーったよ。スマホの用意はちょっと時間かかるから、まずは空き部屋に案内する。それでいいよね、須黒ちゃん」


「ああ……ひとまずはな」




 須黒はまだ納得していないようだが、ひとまずは犬塚を身内だと認めたようだ。


 部屋から出ると、前を歩き空き部屋に案内する。




「んじゃオレ、鍵取ってくるわ。須黒ちゃん先に連れてっちゃってよ」




 そう言って、犬塚と距離を取ろうとする白町。


 だがそのとき、ちょうど前方から中見がやってきた。




「……げ、キモい女が来た」




 悪態をつく犬塚。


 はっきりと悪口を言われたにも関わらず、中見は表情一つ変えなかった。


 そのまますれ違うだけかと思われたが、彼女を須黒は呼び止める。




「中見、ちょうどよかった」


「何でございますか」


「犬塚について相談がしたくてな。お前は待ち伏せをしていたとき、“ギィ”という女の声を聞いたと言っていたな」


「その通りでございます。その声は自らギィと名乗っておりました。また、犬塚海珠の声に近似しておりました」




 中見の無表情な瞳が犬塚を見つめる。


 確かに、階段前で真恋たちの到着を待っていたとき、ギィも会話に参加している。


 どうやら姿までは見えていなかったようだし、はっきりと聞いていたわけでもないようだが――




(グゥ。犬塚海珠のフリをして入り込むのは、あのときアドリブで思いついた作戦。どうしても穴はある。どうにかして乗り切らないと)




 須黒と白町が妙に犬塚を疑っている原因は、おそらくこの中見の聞いた声にある。


 うまく誤魔化せれば、あとは犬塚海珠の行動をコピーするだけで内部の情報をいくらでも手に入れられるはずだ。


 まずは犬塚らしく、高圧的に反論する。




「何よそれ。ギィってのはクソ金を連れ去ったやつだって言ってたじゃない。私はここにいるわ。だいたい、あいつには死んでほしいと思ってたんだから、助ける理由が微塵も、これっぽっちも無いのよ!」


「では中見の聞いた声については?」


「知るわけないわ。あの場には大勢の人間がいた。顔剥ぎ女が聞いたってことは、誰かがそういうこと言ったのかもしれないわね」


「犬塚ちゃん、隠してるんじゃないの?」


「だから隠してないっつってんでしょうがッ! この私が、よりにもよってあの倉金を庇うとか、疑いを向けられるだけで不愉快だわッ! 馬鹿にするのもいい加減にして!」




 顔を醜く歪めながら激怒する犬塚。


 怒りをぶつけられた白町は、「こわぁ」とつぶやきながら後ずさった。




「念のため聞かせてもらう」


「まだ何かあるの?」


「犬塚が犬塚だと証明できる証拠を見せてくれ」


「はあぁ……繰り返すけど、私はここにいるの。犬塚海珠以外が犬塚海珠をやれると思ってんの? そんなに簡単で薄っぺらい女だと!?」


「だからその証拠を見せろと言っているんだ」




 要するに、犬塚しか知らない個人情報を話せ、と言っているのだろう。


 何も問題はない。


 ギィの中には本物の犬塚海珠がいるのだ、記憶などいくらでも引き出せる。




「白町」


「んあ?」


「あんた、私のこと押し倒そうとしたことあったわよね」


「あー……ああ、あったねえ」


「めちゃくちゃ強引に迫った上にさ、『実はお前、オレのこと好きなんだろ? わかってんだよ』とか勘違いも甚だしいこと言いながら脱がせにきてさ」


「待った。待った犬塚ちゃんそれ以上は」


「あんまりキモいから、あんたの股間を蹴飛ばしてやったらよっぽど痛かったのか、女みたいな叫び声をあげながら――」


「わあああああああ! もういいっ! もうわかったっ! 須黒ちゃん、こいつは犬塚ちゃんだ。間違いない。100%犬塚ちゃんですっ! はいけってーいっ!」




 大声で犬塚の話をかき消そうとする白町。


 そんな彼に、さすがの須黒も呆れ顔だった。




「犬塚にも手を出していたのか。お前は本当に節操がないな」


「だって顔と体だけならいい女だからさー」


「また潰してあげましょうか?」


「マジでごめんなさい」




 その場で白町は土下座する。


 こんなやり取りが出来てしまうのだ、もはや疑う余地もあるまい。


 それでも須黒はまだ“完全な納得”を得られていないのか、中見に尋ねる。




「中見はどうだ。犬塚が嘘をついているように見えるか?」


「はぁ? こんなちっこい女がそんなの見抜けるわけ?」


「幼少期から戒世教で特殊な訓練を受けてきたらしい」


「他人を模倣するのが得意であります。それは同時に、他人の模倣を見抜くのが得意という意味なのです」


「で、どうだったの。私は私の偽物だった? 誰かが私に成りすましてた?」




 中見はじーっと犬塚の目を見つめた。


 そして数秒の沈黙の後、答える。




「……いえ、完全に犬塚海珠です。あなたがもし誰かの変装だというのなら、わたくしは自らの敗北を認めるほかありません」




 それは完全なる敗北宣言であった。




(ギシシシ、当たり前。全身を変えられるアタシがオマエに負けるわけがない!)




 心のなかで勝ち誇るギィ。


 これで疑いは晴れた、誰もが彼女を犬塚だと認めたのである。




「だから言ったでしょう。さあ、これでわかったわよね。私を個室に案内しなさい、スイートルームがいいわ」


「あいにくだけどスイートは埋まっちゃってるんだよね」


「まさか白町、あんたも使ってるんじゃないでしょうね」


「そこは大目に見てよ犬塚ちゃぁん、オレら戦ってんだしさ。そこそこいい部屋を用意するからさあ」


「スマホもすぐに持ってきなさいよ」


「わかった、スマホも大盤振る舞いしちゃろう。いいよね、須黒ちゃん」


「ああ、ただし毎日中身を確認させてもらうぞ」


「まだ私が外と連絡を取るとか思ってるわけ?」


「そうでなくとも、他者がお前を利用する可能性がある」


「……チッ、気に食わないけど仕方ないわね。勝手に見ればいいわ」




 そこを譲渡する理性ぐらいは犬塚にだってある。


 こうして、ギィは無事に最初の危機を乗り越えたのだった。




 ◇◇◇




 その後、すぐに中見とは別れた。


 再び須黒に案内されながら、部屋へと向かう犬塚。


 途中でフロントから鍵を持ってきた白町とも合流した。


 あとは部屋に到着するだけ――そう思っていたが、犬塚がとある床を踏み抜いたときに、それは起きた。




「ああ犬塚ちゃん、そこ気をつけてね」




 踏んだ後に注意喚起する白町。


 当然、時すでに遅し。


 パカッと床が開き、落とし穴が現れた。


 落下しそうになる犬塚。


 だが須黒が無言で腕を引き、既の所で助けられる。


 彼が動かなければ、犬塚の体は底に設置された槍に貫かれていただろう。




「きゃあぁっ!? な、何よこれっ!」


「侵入者を足止めするためのトラップだ」


「あ……あんたたち、こんなもんまで作ってるわけ?」


「しょーじきオレは不要だと思ってるけどね。だって誰もここにたどり着けるわけないじゃん」


「半分は妙蓮寺(みょうれんじ)の趣味だな。建設や電気設備を修理するスキルを覚えさせたが、最近は暇を持て余しているようなのでな」


「妙蓮寺までここにいんの?」




 妙蓮寺(みょうれんじ)(すばる)――彼もまた、依里花と同じクラスの男子である。


 電気工作が趣味の、クラスの中ではカーストの低いグループに所属する生徒だ。


 しかし勉強ができるからか、放課後などは他の生徒に頼られることも多く、須黒や白町との接点もゼロではなかった。




「あいつ陰気臭くて嫌いなのよね」


「ふっ、向こうも犬塚とは気が合わないと思っているだろうさ」


「妙蓮寺ちゃん、基本的に部屋に引きこもってるから、犬塚ちゃんから近づかない限りは遭遇しないと思うよ?」


「ならよかったわ」




 犬塚も妙蓮寺にノートを借りたことがあるのだが、それでも一切感謝はしない。


 むしろ無下にする。


 それが犬塚という人間である。


 そんな話をしているうちに、ついに部屋の前に到着した。




「はい、ここが犬塚ちゃんの部屋」


「案内ご苦労さま」


「相変わらずお姫様だねえ」


「褒めてくれて嬉しいわ」




 皮肉をさらっと流した犬塚は、ドアノブに手を乗せる。


 そこで振り返り、二人に向け“当然のこと”のように言い放った。




「そういえば――もちろん私にも、あんたたちみたいな力が貰えるのよね?」




 大槻や妙蓮寺ですら(・・)力を与えられたのだ。


 まさか私だけ仲間外れなんてこと、“あっていいはずがない”。


 そんなプレッシャーを込めた言葉である。


 白町はよほど犬塚が苦手なのか、顔を引きつらせている。


 一方で須黒は、表情一つ変えずに返事をした。




「今は必要ないと思っている」


「何でよ」


「倉金ちゃんも死んだわけだしさ、そんなに人手に困ってないんだよね。つかさあ、犬塚ちゃんって外にいる化物みたいなのと戦うの嫌っしょ?」


「当たり前じゃない。戦う力なんて必要ないから、便利で楽しめそうで、生きて外に出れたら金が稼げそうな力がほしいわ」




 あまりに身勝手な犬塚の言葉に、白町どころか、須黒も笑う。




「何笑ってんのよ、私を馬鹿にしてんの?」




 至極真面目に言ったつもりの犬塚は、二人を睨みつけた。




「いやあ、そこじゃなくってさあ……」


「俺たちは外に出るつもりなどない」


「はあ? 何を言って――」




 またしても怒りはじめた犬塚に、須黒は淡々と答える。




「曦儡宮は降臨した。やがて世界は滅びる」


「そのときまで、楽しく生きたいだけ。だよね、須黒ちゃん」




 そんな二人の言葉に、犬塚も、そしてギィですらも嫌悪感を覚える。


 妙に達観したような、あるいは悟りをひらいた言い方だったからだ。


 もちろん、単純に言葉の内容だけを抜き取っても、そんな馬鹿げた言葉を犬塚が信じるはずもない。


 心底軽蔑する目で二人を見下しながら、罵倒する。




「馬鹿じゃないの、あんたたち。戒世教ってやつの信者になっちゃったわけ? あんなにも気持ち悪い大木の犬にでもなるつもり?」


「そんなつもりはない。だが、俺は好きなだけ化物と殺し合えるこの環境を楽しんでいるだけだ」


「そーゆーこと。誰にも咎められない暴力ほど気持ちのいいものってないじゃん!? だから犬塚ちゃんも、外に出るのは諦めてねー」




 手をひらひらと振り、部屋の前を離れる白町。


 須黒も犬塚の背を向けて、廊下を歩く。


 背中に彼女の視線を感じながら、白町は言った。




「意外にも噛みついてこないねえ」


「頭が追いついていないんだろう」


「ってことはあとでヒステリー起こされるんかなあ」


「かもしれんな。そのときはお前のパーティにでも入れてやれ」


「やーだーよ。オレ、股間蹴られてんだよ? ああいうのを流せる須黒ちゃん向きだって」


「俺も我慢をしているだけだ」




 角を曲がり、白町と須黒の姿が見えなくなる。




(……行った)




 犬塚――いや、ギィは部屋の扉を開き、静かに中に入った。


 そして玄関に立ち、間取りを確認する。


 そこはありふれたホテルの一室だった。


 玄関の向こうに短めの廊下があり、右にはユニットバス、突き当りには寝室。


 寝室にはベッドが二つ置かれている。


 シングルではなくツインの部屋というのが、白町なりの配慮なのだろう。




(グゥ……部屋は監視されているかもしれない。独り言も控えて、できるだけ犬塚海珠として振る舞う必要がある)




 犬塚があまり部屋を調べていると不自然だ。


 観察は目視のみに留める。




「はあぁ……疲れた。白町たちもわけわかんないこと言い出すし、最悪だわ」




 ぼふっ、とベッドの上に倒れ込む。


 枕に顔を埋めながら、ギィは考える。




(恩人のエリカのことあんなふうに呼びたくない。ぜんぶ犬塚が悪い。あとでいじめる)




 クソ金だの、ゴミ金だの、とにかく犬塚は依里花をまともに呼ぼうとしない。


 それが特徴でもあるため、白町たちと会話する際は多用してしまうが、そのたびにギィは心を痛めていた。




(レアの場所はわからない。でもオオキと一緒にいる、たぶんひどい目に合ってる。エリカと連絡を取りたいけど、すまほの中身も見られるからうかつには使えない)




 スマホを手に入れることには成功した。


 しかし、当然のようにスパイ活動の警戒はされる。


 仮に履歴を消したとしても、そもそも渡されたスマホに監視のためのアプリが入っている可能性はある。


 大木は娘にそういうことをしていたし、機械に詳しい妙蓮寺もいるのだから、警戒するに越したことはない。




(できれば、あいつらに把握されていない連絡手段がほしい)




 白町の口ぶりからして、彼らは複数個の端末を所持している。


 ギィたちの持っていたスマホをうばった上で、わざわざ捨てたことから、数に余裕があることも推察できるだろう。


 そこから奪うか。


 ギィの柔軟な体を利用すれば、他の部屋に忍び込むことはできるだろう。




「白町のやつ、まだこないの? 早くスマホ持ってきなさいよね。でも可愛くないの持ってきたら今度こそ完全に股間蹴り潰してやる」




 独り言をつぶやきながら、布団に足を突っ込む。


 すると固い何かに接触した。


 ふくらはぎに当てて形を確認する。




(これは……すまほ? どうしてベッドの中に)




 誰の持ち物かはわからないが、これは都合がいい。


 ギィは脚の一部をスライム化させ、ずぷんっとスマホを体内に沈めた。


 そしてスライムの肉体を巧みに操り、体内で操作する。




(電池も入ってる、同じメッセージアプリもインストール済み。よし、これでエリカと連絡が取れる)




 偶然にしては出来すぎな気もしたが。


 ひとまず内部のデータを漁って、誰が持ち主なのかを探る。




(みょう、れん、じ……ミョウレンジ。シロマチたちの仲間。ここにスマホがあるということは、ミョウレンジが何か作業をしていた? 監視するための装置の設置? いや、だとしてもベッドの中に落ちているのはおかしい。シーツは綺麗に整えられていたから、紛れ込んだという風でもなかった)




 てっきり、誰だかわからない第三者のスマホだと思っていた。


 だが、白町のパーティメンバーである妙蓮寺のものだとわかると、途端に胡散臭くなる。




(誰かが隠していた? それともアタシを試すための罠? だとすると、探しにくる可能性がある。けどバレずに持っておけば問題はない。裸にされても絶対に気づかれない自信がある)




 スマホはギィの体内にある。


 体をかっさばきでもしない限り、これが見つかることはないだろう。


 それに、見つかったら見つかったで、そのときは必死で逃げればいい。


 自由自在に体の形を変えられる上に、パーティメンバーとしての高い身体能力だってある。


 正体を知られていない時点で、ギィは圧倒的に有利な立場にいるのだから。




(それにしても――犬塚として行動するのはストレス)




 ベッドに横になりながら、ギィ自身も体と心を休める。


 汚い魂は好物だし、いくらでも見てきたはずなのだが、自分がそれを演じるとなると訳が違う。


 命を救い、名前までくれた依里花を馬鹿にしなければならない。


 異形の肉体だったときも、自分の心配をしてくれた令愛の行方もまだ探れていない。


 以前のギィなら、これしきのことでストレスなど感じなかったかもしれないが、そこは人間と融合した弊害と言えるだろう。




(アタシをこんな目に合わせた対価は必ず払わせる――あいつら自身の命で)




 もっとも、それを解消する方法などいくらでもあるのだが。




(いっぱい殺して、エリカにも褒めてもらわないと。ギシシシッ)




 体内に浮かぶスマホの画面が動き、依里花に向けてメッセージが送信された。




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― 新着の感想 ―
[一言] ギライグウは自身の身内でもすぐそこにある死を受け入れるようなやつにしか力を渡してないのかな? それにしてもギィがギリギリの綱渡り状態なのがまた
[良い点] 一人で敵地に潜入した、赤い服と黄色いマフラーが似合うサイボーグ戦士モドキ(ギィともいう)の綱渡りに痺れました。 [気になる点] この展開、まだ続くのでしょうか? (ワクワク) [一言] ふ…
[一言] 妙蓮寺がどっち側なのかに懸かってそう… そしてホールマンは遊園地内にいた穴人間の事かな?キャストによって変化させられたけど、白町の発言を真に受けるなら自然に(もしくは別の要因で)なってしま…
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