016 麗しき姉妹愛
真恋は、日屋見さんが差し出したバラをうざったそうに押し返す。
そして、改めて刀の切っ先を私に向けた。
「邪魔は入ったが、私が貴様を殺すことに変わりはない」
「やめないか、と言ったはずだけど?」
「止めろと言って止まる関係ではないのでな、姉妹とはそういうものだ」
たぶん一般常識からはかなりかけ離れてるけど、私と真恋に関して言えばそれは正しい。
「そんな姉妹は初めて聞いた、ずいぶんと歪んでるねえ」
「仕方ないよ。真恋は私が価値のない人間で、倉金家の恥だって言い聞かされて育ってきたんだから」
「理由がそれだけだと思っているのか?」
「それだけじゃなくても、それが根っこにあるのは覆しようのない事実だよ」
「ふたりとも落ち着きなよ。正義心の強い真恋のことだ、死者の尊厳を毀損する行為に憤るのも理解できなくはないが、いささか私情を挟み過ぎだと思うよ」
「麗花とて見ただろう、あの首を吊らされた遺体を! 2年B組の浅沼という男――依里花と同じクラスだ。あのような行為ができる人間はもはや人間と呼ぶべきではない!」
ああ……真恋ってば、あれ見つけたんだ。
しかもこの調子だと、弔っちゃってそうだなあ。
せっかくいい具合に吊るした浅沼くんを!
「ほんと真恋はいつも私の邪魔をするね」
「ほら見ろ、あのケダモノじみた殺意に満ちた目を。やはりこいつがやったんだ! 倉金依里花という女はな、知性も理性も欠けた人間未満の出来損ないなんだよ! ましてや力など与えてはいけない。その結果が生ける死体に変えられたあの男なのだから!」
「そうかもね。ずる賢さも親からも全部真恋に吸われちゃったから」
「その薄汚さは生まれ持ったものだろうが!」
「何言ってんのぉ? 私を殺したい口実に浅沼くんを利用する時点でゲスもゲスだよ、私も見習いたいぐらい」
「死者を弄んでおいて責任を私に押し付けるとは!」
「苦しむべき人間を解放しといて正義面しないでよ、私から全てを奪った郭公のヒナが」
「依里花、貴様あぁぁぁぁああッ!」
殺意をむき出しにして切りかかってくる真恋。
私は挑発するように歯をむき出しにして笑いながら、戦闘態勢を取る。
しかしそんな真恋を、日屋見さんが羽交い締めにして止めた。
つまんないの。
「止めてくれるな麗花ぁッ! 私たちが生き残るためにもこの女は消すべきだッ!」
「情熱的な真恋も嫌いじゃあないけど、さすがにそれはやりすぎだよ」
「しかし許せん、私のことを郭公などと!」
「あははは、何でか知らないけど前からこれ言うとブチギレるよね真恋。親の愛情もお金もぜーんぶ独り占めしておいて、罪悪感とか覚えないのぉ? 私なんて同じ食卓でご飯食べることすら許されないんだけど」
「愛される努力をしない人間が言えたことか!」
「それと同じセリフ、2歳ぐらいの私に言ってきてよ。何言ってんのって顔して首かしげると思うから」
「そうやって責任転嫁をッ!」
「どうどうどう、落ち着いて真恋」
「なぜ私ばかり止める!」
「真恋の家庭環境が、どう見ても異常だからだよ」
日屋見さんは、意外にも真恋の味方はしないらしい。
いや、むしろそれが真恋の味方をしてるってことなのかな。
はっきり言って、これに関しては客観的に見ても私に悪い部分一切無いしね。
「麗花は依里花の味方をするのか」
「常識的な話をしてる。前々から家族の話を一切しようとしないから、おかしいとは思ってた。けれど事実は私の想像よりもずっと異常だったよ。同じ姉妹で食卓に同席することすら許されない? どうなってるんだい、真恋の家族は」
「それは、依里花に原因が……」
「何かあるの? あったら教えてほしいな」
「……ッ」
「深呼吸して落ち着こうよ真恋。聡明な真恋のことだ、自分の環境が異常である自覚はあるんだろう?」
「そんなことは……いや、わかってはいるが……しかし……」
こんなにしょんぼりしてる真恋、初めて見た。
親友を自称するのは伊達ではないらしい。
「そうやって育てられたきたっていうんなら、ここで話したって解決は無理だよ。子供っていうのは、想像している以上に周囲の環境の影響を受けるからね。解決するには親も一緒に話し合うしか無い。だから、ここで姉妹二人だけで衝突するだけ不毛なのさ」
「そうだな……ああ、そうだ。私たちに対話という選択肢があるのなら、とっくの昔にそうしていたな」
「対話っていうか、私の声に耳を傾ける優しさ?」
「またそうやって責任を――」
言うほど責任転嫁かなぁ。
私が家で家族扱いされてないのは事実だし、真恋だって親から私がゴミクズだってずっと言い聞かせられてきたから、そうやって私のことを憎んでるはずなのに。
だって、本当の本当に私が真恋から何かを“奪った”なんてこと無いんだから。
「はぁ、まあいい。麗花、私を止めたのだから責任を持って依里花と話をしてもらおうか」
「それは構わないよ、真恋のお姉さんには興味があるからね」
あんまり興味持たれたくないな、この人には。
「依里花先輩、でよかったかな。まずは家で真恋がどんな様子なのか教えてもらえるかな。寝間着の色とか、歯ブラシのメーカーとか」
「麗花ッッ!!」
「おお、怖いねえ」
「真面目にやれ」
「大真面目なんだけどなぁ……」
何を見せられてんの、私。
「ははは、すまないね依里花先輩。どうにも真恋のことになると暴走してしまいがちなんだ、愛ゆえに」
どうやら呆れが顔にまで出ていたらしい。
隠すつもりなかったから当然だけど。
「まず最初に、私の方から日屋見さんに聞きたいんだけど」
「何なりと」
「麗花と日屋見さんも、私と同じようにスマホが変になって、いきなり戦う力を手に入れたの?」
「いきなり、というべきかは判断しかねるな。私と麗花は協力して人を襲っていた化物を撃退した、その際にとどめを刺した真恋が急に『レベルがあがりました』なんてゲームめいた言葉を聞いたらしくてね。それと同時に、彼女の持っていた竹刀が本物の日本刀へと形を変えたのさ」
「じゃあ私と同じか」
「ふん、依里花が誰かのための化物を殺すとは思えんがな。どうやって貴様はその力を手に入れた」
「邪悪なモンスターをこの手で殺したからだけど?」
私がそう答えると、真恋は親の仇でも見るような目で睨みつけてきた。
ははっ、私から色んなものを奪ったのはそっちなのに。
「じゃあ真恋が化物を倒したあと、日屋見さんも倒したから戦えるようになったんだね」
「それは違う。“パーティ”に入れてもらったんだ」
「パーティ?」
またゲームみたいな言葉が出てきた。
まあ、今更か。
「依里花先輩のスマホにもあるんじゃないかな。真恋が言うには、レベル10を超えたら出てきたと言っていたが」
「ねえ真恋、それってスキルの画面を見たらいいの?」
「……馴れ馴れしいな。スキルじゃない、ステータス表示から上か下に動かせば出てくるだろう」
「あ、ほんとだ」
色々触ったはずなんだけどなあ、本当に今まで気づいてなかった。
「そのパーティに登録されたスレイブは、マスターと同じ力を得られるらしい。もっとも、実際に数値を割り振るのは真恋だ。マスターはスレイブの位置を常に把握することができるし、パーティの解除も真恋の一存で決められる。機嫌を損ねたら終わりというわけだね」
「機嫌を損ねるだけで消えるのなら、とっくにそうなっているぞ。第一、マスターとスレイブではなくリーダーとメンバーと言ったはずだ」
「スレイブのほうが束縛されてる感じがして好きなんだけどな」
「今すぐ消してやろうか?」
「ははは、この薔薇に免じて許してくれないかな」
再度のバラ登場。
そしてまたしても押しのけられる。
いつもこんなことやってるのか、この二人は。
それにしてもパーティかぁ。
いくらパーティの主が権限を持っているとはいえ、相手にも力を与えるってことは、裏切られる可能性もあるってことだ。
じゃあ一番信用できるのは誰か。
そう思ったときに、最初に顔が浮かんでくるのは――令愛だ。
私の役に立ちたいと言っている彼女は、喜んで一緒に戦ってくれるだろう。
だけど、夢実ちゃんみたいに裏切られたら。
それに、戦いの中で命を落としてしまったら――そう考えると、果たしてパーティの一員として選ぶのがいいことなのか、私には判断できない。
「もっとも、依里花と共に戦ってくれる仲間などいないとは思うが」
真恋が挑発するように言った。
私は我ながら厭味ったらしいな、と自覚するぐらいの素敵な笑顔で返す。
「ああ、確かにそうかも。私は家でも学校でも真恋に興味ないけど、真恋は私のことよく知ってるんだね」
「想像はつく」
「じゃあその豊かな想像力で考えてみてよ。私がどうして浅沼くんをあんな風にしたのか」
「なぜ脳に汚泥を満たすような真似をしなければならない」
「逃げるの?」
「チッ……いちいち言い方が癪に障る」
「真恋と違って充実してないスクールライフを送ってたからさぁ、相手のネガティブな感情を読むっていうか、ご機嫌斜めな予兆を読み取るのが上手になっちゃったんだ。だからわかるよ、さっきの真恋は『不都合な質問をされた』って顔してた」
「心でも読んだつもりか。はぁ……“いじめられていた”、こう答えれば満足か?」
「はは、知ってるじゃん。しかもその顔、具体的な内容も知ってたって感じするね」
「その程度で言い訳になると思っているのか? いかなる苦痛を受けたとしても、他人の命を冒涜していいことには!」
「なるよ」
「なるものかッ!」
「恵まれた人間は他人に優しくする余裕があっていいね」
「これは貴様の腐った人格の問題だ」
「だとしたら、そんな私を作ったのは真恋を含む家族やクラスメイトたちだよ。私は鏡。悪意を餌に育った種は、悪意をばらまく花にしかなれないんだねぇ」
「人のせいに――」
「はいはいストップ! 何度喧嘩を繰り返すつもりなんだい、君たち姉妹は! 油断も隙もないな」
さすがの日屋見さんも、大きめの声で私たちを静止した。
確かに今のは私も噛みつきすぎた、反省反省。
「今度は私から依里花先輩に質問させてもらうよ。拠点はどこにあるのかな? 生存者も一緒にいるのかい?」
「いるよ。保健室に8人」
私をにらみながら訝しむ真恋。
どうしても私が他人を助けたことが信じられないらしい。
「8人も! それはめでたい、真恋もそう思うだろう?」
「まあ……」
「私たちは1年E組に拠点を置いている、生存者は生徒6人だ」
「なっ、依里花に場所を教えるのか!?」
「真恋だって、生きて脱出するには協力が必要だってわかっているだろう? 相手がお姉さんだったのは君にとって都合の悪い偶然かもしれないが」
私にとっても都合の悪い偶然だよ、いきなり殺されかけたんだから。
「しかし……いくら何でも依里花と協力するのは」
真恋は血が浮かび上がるほど強く拳を握る。
どんだけ私のこと嫌いなんだって話だよね。
「ここまで話しても承諾できないほど不仲だとはね。同じ家で暮らしているというのに、なぜこうなってしまったのか」
「同じ家と言っても、私は基本的に家族と同じ空間にいることを許可されてないから、まともに話したのも……何年ぶりだっけ、真恋」
「覚えていない」
「覚えていない年ぶりだって、これはかなり昔だねえ」
「貴様……!」
あはは、怒ってる怒ってる。
いつも嫌な気分になるのは私の方だから、こういうの楽しくてついからかっちゃうな。
やってることは小学生並みだってわかってるけど。
「物心ついたときからこんな感じだったから、いつからってわけでも無いんだよね。昔から外食や旅行は私だけ置いていかれるし、習い事ができるのも真恋だけ。誕生日だって祝われたことはない。何か家の中でイベントが起きるたびに、私だけ家族じゃないんだって思い知らされたなぁ」
おかげで痛みに慣れられたってのも、あの地獄のようなクラスで生き延びられた理由の一つかもしれない。
それを聞いた日屋見さんは、思わず黙り込んだ。
そんな彼女を、真恋は少し不安げにみつめている。
「……麗花」
彼女はお姫様みたいに弱々しい声で日屋見さんの名前を呼んだ。
なになにぃ、もしかして知られたくなかった?
自分の汚い一面を知られて、見捨てられないか不安になってる?
かわいいとこあるんだぁ、へー、自業自得だし今更すぎるけど。
それを知った日屋見さんは何を思うのか――
「はは、ははは、あははははははっ!」
と、急に彼女は見事な三段笑いを響かせた。
めちゃくちゃびっくりしたぁ、体震えちゃったじゃん。
さすがにこれには真恋もぽかんとしている。
「いいねェ真恋のその顔、切り取って額縁に飾りたいぐらい貴重な表情だよ」
「……は?」
「普段の真恋は完璧な女だ、そういうものを見ると壊してみたくなるのが“愛”ってやつなのさ。けれど君はなかなか他人に“ヒビ”を見せてはくれない。そうか、必要なのは“家族”か。依里花先輩にもっと早く接触していれば、こんなにも不完全な一面が見られたんだね! 私はなんてもったいないことをしていたんだ!」
頬を紅潮させながら、両手をばっと開いて高らかに叫ぶ日屋見さん。
あー……私が想像してるより何倍も変人だ、この人。
てか無敵じゃん。
真恋を追い詰めてもこっちに勝てないと意味が無い。
「心配ないよ真恋、私の愛はさらに深まった! 不安がる必要はない、たとえ君が雨に濡れたチワワのように弱々しい存在になったとしても、私の愛が途切れることはないのだから! いや、むしろ愛は加速している! 完璧なペルソナの下に隠された君の歪みが愛おしいッ!」
「そ、そうか……」
助けを求めようにも味方が誰もいない真恋は、ひくひくと頬を引きつらせながら視線を逸らすので精一杯だった。
まあ、良くも悪くも殺し合いの空気をぶち壊しにしてくれたから、結果オーライってことかな。
あのまま真恋と私が傷つけあったところで、誰の得にもならないのは明らかなんだから。
同等の力を持つもの同士の戦いでは、私が満足するような滑稽で醜い死に際は見れそうにない。
もっと弱ってくれないと、苦しめることはできない。
「おっと……はは、私としたことがまた興奮のあまり暴走してしまったらしい。依里花先輩、できればお互いの拠点の場所を正確に把握しておきたい。保健室まで案内してもらってもいいかな?」
確かに、保健室と1年E組と言っても、校舎の形は変わっているし、場所も遠いので一度は実際に足を運ばなければ、正確な位置を覚えるのは難しい。
この二人を連れて行くのは少し心配だけど、日屋見さんは変人だけど悪人ではなさそうだし、真恋は私の知人だからって無差別に殺すような狂人でもない。
「いいよ。そのかわり、ちゃんと1年E組にも連れてってね」
「もちろん。それでいいよね、真恋」
「嫌と言ってもやるつもりだろう」
真恋はしぶしぶ了承すると、一人で前に進みだした。
まだ保健室がどこにあるか言ってないのに、方向は合ってるけどさ。
ただ――まだ一つだけ、真恋にどうしても聞いておかなければならないことがあった。
「ところで真恋、案内する前に一つ確かめてもいいかな」
「何だ」
「戒世教って知ってる?」
足を止める真恋。
彼女は睨むでもなく――なぜか弱々しい目でこちらを振り返った。
「なぜ今それを聞く」
「どうしても気になったから。一年以上前になるけど、戒世教のチラシを落としたことがあったでしょ? あれって何で?」
「あの紙は私の持ち物ではない」
「じゃあ誰かから貰ったの?」
「お母さんから」
「……ああ、そうなんだ」
「集会に参加しないかと誘われた。断ったがな」
そう言って、真恋は再び歩きだした。
離れていく彼女の背中を見ながら、日屋見さんが私に小声で尋ねる。
「戒世教……胡散臭い宗教の名前みたいだけど、一体何なんだい?」
「世界の破滅を目論むカルト集団だって。ひょっとしたら、学校がこうなったのもそいつらのせいかもしれない」
「それは驚きの情報だね。しかも、それに貴女たちの母上が関わっていると。ちなみに真恋がその宗教と関係していないのは事実だよ。彼女が怪しい集会に参加したなんて記録は無いからね」
「記録って……どこまで真恋の行動を把握してるの?」
「ほぼ全て」
「うわ」
本当にストーカーじゃん。
「しかし母上が信者だとすると、依里花先輩の境遇もあるいは――」
「それはただの嫌がらせだと思うよ」
私は日屋見さんの空想を断ち切る。
「私が感じた限りでは、だけどね」
「だったらなぜあそこまで」
そこには悪意が確かにあった。
信仰ではない。
いや、仮に信仰があったとしても、別に憎悪も存在した。
私さえ生まれてこなければ――実の親が、そんな感情を私に向けていたのだ。
特に母親なんて、いつだって私を殺したがってるように見えた。
きっと真恋はその影響を受けたんだろう。
「真恋みたいに優秀な子供が生まれたのに、私がいつまでも落ちこぼれだったのが嫌だったんじゃない?」
同じ血からそんな違いのある子が生まれてくるとは思いたくない。
あれは自分たちの子供ではない。
そんな冷めた感情を、私は両親の視線からたびたび感じたことがある。
「納得できる理由では無いね。ただの憎悪にしてはやりすぎている」
日屋見さんは納得できない様子で私の元を離れ、真恋の横に並んだ。
そんな二人と距離を置いて、私も歩きはじめる。
仮に私の人生に戒世教が関わっていたとしても、あいつらがやったことに変わりはない。
殺せるものなら殺したい。
できるだけ長い時間苦しめて。
私がそう思うのはクラスメイトだけじゃない――家族だって、その中に入っている。
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