後悔と覚悟
和人が死力を尽くした義父との死闘の数時間前。
一人の女子生徒が溜息をつき、悲しげな顔をしながら歩いていた。
「はぁ、どうしてこうなっちゃったんだろう。」
落ち込みながらボソッと小言を言っていたのは、宮村幸知、和人の元幼馴染だった。
「あぁ、私のバカ。何が『大丈夫?』よ。バカなの?大丈夫なわけないじゃない……」
「ずっとカズくんを見てきたでしょ?あんな酷い虐めを受けてて大丈夫なわけないじゃない!」
今すぐにでも自分を本気で殴りたい気分だった。
「何か私にできることはないのかな。」
「そうだ!影からカズくんのサポートをして……」
「違う。そうじゃない……」
「そうじゃないでしょ。カズくんには沢山助けてもらった。なのに、なのに……」
「どうしよう。カズくん、私、とっても弱いや……カズくんを守ってあげたいのに、傷ついて欲しくないのに、私、カズくんを守る以前に、私自身を守ろうとしてる。」
彼女の瞳からは涙がボロボロとこぼれていた。
「ほんとに、ほんとに、私は弱いや。弱すぎるよ、カズくん」
何度も後悔を口にし、人目も気にせず泣きじゃくりながらも家へと帰った。
「ただいま…」
「あら、サッちゃんおかえり。おやついる?」
「ううん。いらない。」
「ん?サッちゃん何かあった?」
「なんにもないよ。大丈夫。」
「そう、もうすぐご飯だから着替えてらっしゃい。」
私は返事をして自分の部屋へと向かった。
『ガチャ』
自分の部屋のドアノブを開けると同時に、私はベットへとダイブした。
そして、枕に顔を埋めながら泣いた。
「カズくん、ごめんなさい。」
そう何度も呟きながら、ただひたすらに泣いた。
涙が枯れてきた頃に、ママが「ご飯できたよ」と私を呼びに来た。
でも、今の私には、ご飯を食べるような気力はなかったので、「いらない」と返事をした。
するとママは私の部屋に入ってきた。
「どうしたの?サッちゃん、学校でなんかあった?」
「ううん。なんにもないよ。」
「うそ。小学校の時と同じ顔してる。」
「ほ、ほんとになんでもないんだって。」
「娘のそんな悲しげな顔を見て、『何も無かった』で信じる親がいるわけないでしょ。それにサッちゃん、さっき泣いてたでしょ?目の周りが真っ赤よ?」
「そ、それは……」
「はぁ。わかった。言いたくないならそれでいい。でも高校に入ってからずっとそんな顔よ?今日はそれよりも酷いけど。」
「……」
私は何も答えられなかった。
すると、ママの手は、包み込むように私の頬に触れた。
とても暖かかった。
この温もりを感じた瞬間、枯れたはずの涙がまたポロポロと、溢れてきた。
「ママ。私、わたし……」
「いいのよ。泣いて。」
私の頭をなでなでしながらそう言った。
そして、優しくも力強い声で
「でも泣いて終わりじゃダメ。何かされてるなら対応を考えること。何か思い悩んでいることがあるなら、ママでも、誰でもいいから、信頼できる人に相談すること。わかった?」
「うん…わかった。ありがとうママ。そうしてみる。」
鼻をすすりながら返事をすると、
「そう。頑張りなさい!」
と笑顔で言ってくれた。
その笑顔につられて、私も自然と笑顔になった。
「ママ、お腹空いた!」
「ママもペコペコよ!ほら、早く着替えて降りてきなさい。ご飯温めておくから。」
「うん、わかった。」
そう返事をするとママはダイニングへと降りていった。
やっぱりママは凄いや。娘のことなんてお見通しよね。
ママと話してちょっとだけ肩の荷がおりた感じがした。そして、カズくんを助けるという思いは、より一層強くなったのを感じた。
制服から部屋着に着替えるとご飯を食べに1階へ降りていった。
食事中はママからは特に何も聞いてこなかった。話したことといえば、この俳優がカッコイイやら、近所の山田さんがこの前、ビニールテープを蛇と見間違えて、ビックリしてギックリ腰になってしまった、など他愛のない話だった。
心がすごく暖かくなった。こんな幸せな時間がいつまでも自分の周りで続いて欲しい、そう思った。
夕飯を食べ終わると自分の部屋に戻り、電話をかけた。
「あ、もしもし、ケンちゃん?今大丈夫?カズくんのことなんだけど……」
『タケシ』と表記していた和人くんの元幼なじみですが、「ケンちゃん」こと、「伊藤 堅守」という名前になりましたので、ご了承ください。