【3章完】第27話 さらば、アンバーマー
書籍3巻、発売中です!
それから再びグレイルはピーターセンたちとD層に潜る日々を続けた。
その最中、ラッキーグランデが狩られた噂を聞いた。青火鳥チェインメイルをきた男と三角帽子をかぶった女が『黄金のひまわりの種』を冒険者ギルドに売りにきたらしい。
青火鳥チェインメイルの男!
グレイルはそれをきいた瞬間、我がごとのように嬉しかった。
(さすがだ! あの人に先を越されるのならば仕方がない!)
箱型モンスターを倒すほどの実力者なのだから。
同期生でラッキーグランデの初狩猟を遂げるのは最強たるビッグ4であるべきだが、青火鳥チェインメイルの男であれば仕方がない。
(イィィィオオオオオオオス! よかったなあ! まだ俺たちビッグ4はラッキーグランデを狩っていない! ダメダメのイオスくんにもまだ同期最速のチャンスはある! 超えられるものなら超えてみてくれ、俺たちビッグ4っていう巨大な壁をよおおおおおお!)
だが、グレイルは弱小イオスの存在を噛み締めて満足するだけではない。
目指すは高み。
早くあの男に追いつかなければ!
そんな想いを胸にグレイルはモンスター狩りにいそしんだ。
そんなある日のこと――
「そろそろ、この街を出るのはどうだろう?」
ピーターセンがそんなことを言い出した。
「グレイルはともかく、俺たちは卒業後もずっとアンバーマーに陣取っていた。他の街で経験を積むのも悪くない」
グレイルはすぐに賛同した。
「ははははは! そりゃ俺も大歓迎だ!」
クランツァーもフィスアトも否はなく、ビッグ4は次の街を目指して旅に出た。
グレイルは街道を歩きながら思う。
実に充実感のある冒険だった。得るものばかりの日々だった。やはり、アンバーマーに来てよかったと。
己を取り囲む上昇気流すら感じてしまう。
ここでグレイルは完璧なリスタートを切ったのだ。
(これからのグレイル2.0の冒険が楽しみだぜ!)
グレイルは上機嫌な様子で、肩を揺らして笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『シュレディンガーの執務室』での一件からしばらくして――
俺たちはアンバーマーの街を出ることにした。
なんだかんだでニャンコロモチの秘密がわかったので、当初の目的は達成されたからだ。……なんだか棚からぼたもち的な解決だったけど……。
その前に、冒険者学校を訪れて教師クルーガーと会うことにした。
「久しぶりだな、イオス!」
面談室に入ってくるなり、クルーガーが笑顔で俺たちを迎えてくれた。
対面に座るクルーガーに俺は本題を切り出した。
「実は……ヘイル先生が探していた『シュレディンガーの執務室』を見つけたんです」
その瞬間、老教師ヘイルの息子であるクルーガーの目の色が変わる。
「ほ、本当なのか、イオス!?」
「はい」
そして、俺はそこで見た話のすべてをクルーガーに伝えた。クルーガーが信じられない様子で聞き入っている。
……クルーガーに伝えるのは責務だと感じていた。
老教師ヘイルは俺に『シュレディンガーの執務室』への興味を伝えて、俺を守って死んだ。
助かった俺は、その『シュレディンガーの執務室』にたどり着いた。
俺はその事実をヘイルに伝えるべきだろう。
だけど、ヘイルはもうこの世にいない。
恩人であるヘイルに俺が体験したことを話すことができない以上、息子であるクルーガーに話すのは当然のことだ。
「――ということがあったんです」
俺は語り終えた。
しばらくの沈黙の後、クルーガーはこう言った。
「信じられない……途方もない話だな」
「そう思います」
「だけど、信じるしかないか」
はは、とクルーガーが笑う。
「ありがとうな、イオス。あとで親父の墓に、お前が執務室まで行ったって伝えておくよ」
「お願いします」
俺は胸が軽くなるのを感じた。
これでようやく――アンバーマーの何もかもが終わった。そんな気持ちになれた。
それからしばらく雑談した後、クルーガーがこんなことを言った。
「……イオス、お前、魔術師をしていたことがあるのか?」
「魔術師?」
質問の意図が理解できなかったが、俺は否定しなかった。
「ええ、まあ、その……遊びで、ですけど」
シュレディンガーの猫でスキル取得し放題とは言えないので、遊びとごまかしたが。
「そうか」
「誰から聞いたんですか?」
ピーターセンだろうか。だが、クルーガーの返事は予想外だった。
「グレイルだ」
「「グレイル!?」」
俺とミーシャの、驚きの声が思わずハモってしまう。
まさかその名前をここで聞こうとは……。
「グレイル、この街に来ているんですか?」
「ああ、ダンジョンでピーターセンたちとレベルアップしているよ」
なるほど、ピーターセンたちビッグ4とパーティーを組んでいるのか。なら、俺が魔術師をしていた経緯はピーターセンから聞いたのだろう。
「そうですか」
声が憮然としてしまうのを自分でも感じてしまう。
グレイルにはいい感情がわかないので、仕方がないのだけど。
「すまない、つまらない話をした。忘れてくれ」
そんな俺の様子に気づいたクルーガーが申し訳なさそうに話題を変える。
「イオスたちはこれからどうするんだ?」
「旅に出ます。次の街へ」
「そうか。もし、この街に戻ってきたら訪ねてきてくれよ。待っているから」
「必ず。また強くなって戻ってきますから、手合わせをお願いします」
「はははは、これは鍛錬の手を抜けないなあ!」
そうして、俺とミーシャは冒険者学校をあとにした。
アンバーマーの街を出て街道を進む。
隣にミーシャがいて、その足元に並んでニャンコロモチが歩いていた。
……仲間がいるってことはありがたいことだ。
さて、次はどんな冒険が待っているのだろう。ピプタット、フラスト、アンバーマーと胸躍る日々がずっと続いている。冒険者として誇らしい日々だ。だから、期待してしまう。次もこんな素晴らしい冒険があって欲しいと。
「イオス、イオス! 次も楽しみだね!」
輝くような笑顔をミーシャが俺に向けてくる。
俺も笑みを返した。
「ああ、本当に。ミーシャ、ニャンコロモチ! 次もよろしくな!」
「にゃあ!」
次の冒険もまた輝かしいものに違いない。
その未来に近づくために、俺たちは足取り軽やかに歩いていった。