第25話 イオスの血路(下)
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
俺も雄叫びをあげて応戦した。
あと3分だけだ! 3分耐えれば、すべては終わる! 絶対に折れるな、イオス! ここでくじければ、お前は一生この3分を後悔するだろう――いや、死んでしまえば二度と後悔すらできない!
絶対に負けられない!
ミーシャを守るんだ!
絶対一緒に帰るんだ!
『101、100、99――』
1秒1秒が長すぎる!
カウントダウンを聞きながら、俺は必死に剣を振るった。自分がどう動いているのか、もはや意識すらしていなかった。目に映る景色に反応しているだけ。右から押し寄せる敵を斬り伏せ、左から押し寄せる敵を払いのけ、前から押し寄せる敵をはね返す。
「はあ、はあ、はあ!」
自分の吐き出す荒い息が耳につく。身体は疲労と痛みでいっぱいだった。緊張の糸が途切れてしまえば、その瞬間に気を失ってしまうだろう。
弱音を吐くつもりはない。たった3分じゃないか!
「ぬああああああああああああ!」
気合の声とともに一閃。切り捨てた山羊頭が黒い染みへと変わる。
「グオオオオオオオオオオオオ!」
休む間もなく、横合いから新たな山羊頭が俺に攻撃してくる! 俺は盾でそれを受け止める。もちろん、防御力は低いまま。
身体の芯に響くような衝撃が俺を襲う。
「くっ……!」
意識がぐらりと揺らぐが――
まだだ、まだ! もう少しだけ頑張れ! ここで倒れるわけにはいかない!
『強制ログアウトまで、22、21、20――』
あと20秒だ!
無限とも思えた3分だが、どうやら終わりは近いらしい。
「ぐおおおおおお!」
もう山羊頭どもを斬り伏せる余力はない。防御に徹して時間を稼ぐ。あと少し、あと少しで――
「きゃあ!?」
そのときだった。いきなり俺の背後から悲鳴が聞こえた。
ミーシャ!?
俺が慌てて振り返ったとき、ミーシャの身体に黒い蔓のようなものが何本か巻きついていた。蔓はフィールドの外にある大きな黒い染みから伸びている。
あんなものまでいたのか!?
「う、うう、う……!」
ミーシャは腰を落として踏ん張っているが、引っ張る力が尋常ではないようでジリジリと外へと引きずられている。
助けなければ!
わかっているが、くそ、山羊頭どもの攻撃が激しすぎる!
『13、12、11――』
そのときだった。ミーシャの足が地面から離れた。
「わわわ!?」
文字どおり、引っこ抜かれたミーシャの身体がすごい勢いでフィールドの外へと引っ張られていく。
まずい!
ここでミーシャを奪われたら……!
敵の攻撃が激しいとか言っている場合か、イオス! 今ここで踏ん張らなきゃダメだろうが!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は己を鼓舞するために叫ぶ。
その瞬間――
俺の身体に熱い感覚が燃え上がった。
俺は知っている。これが何かを。
ウォークライが発動した瞬間だ。
……え?
自分のステータスを確認すると、確かに攻撃力と防御力が上がっていた。
いつの間にかウォークライが発動可能になっていた。
だが、おかしい。
なぜなら、ウォークライはここにくる前の戦闘で使っていて、まだリキャスト可能となる一時間は過ぎていないのだから。
……待てよ、ありえなくはないか。
ひょっとすると、この謎空間――時間の流れが違うんじゃないか?
なので、急速にリチャージされたとか。
ありえなくはない――
いや、そんなことはどうでもいい!
今は考えている場合じゃない!
ウォークライが発動できたということは、もうひとつのリキャスト1時間も復活しているはず!
俺は発動した。
剣魂無双!
剣を極しものの力が俺の剣に宿る!
「邪魔をするなァッ!」
俺は一喝とともに剣で薙ぎ払う。俺を襲っていた山羊頭どもが一瞬で吹き飛んだ。
「縮地!」
俺はミーシャの元へと突っ込んだ。
神速の3連撃が閃く。
一瞬だった。
ミーシャの身体を束縛していた黒い蔓を切り捨てる。
「イオス!」
「飛び込むぞ、あの青いフィールドに!」
「うん!」
俺はミーシャを立たせ、急いで手を引く。
『2、1――』
俺たちが飛び込んだ瞬間、無機質な女の声がこう言った。
『ゼロ、強制ログアウト実行』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゼロ、という言葉を聞いた瞬間、ふっと風景が変わった。
「お」
俺たちが箱型モンスターと戦った広間に俺とミーシャは立っていた。間違いない、なぜなら、近くに箱型モンスターがぶっ倒れているからだ。
「戻ってきたな」
「うん、そうだね……」
そう言いつつ、ミーシャがキョロキョロしている。
「箱型モンスターって倒れてたっけ?」
「あー」
確かに、俺たちが吸い込まれたとき、箱型モンスターは立ったまま力尽きていた。
「それにニャンコロモチの姿も見えないな」
そのとき、俺ははっとなった。
「あれ、ニャンコロモチのやつ、この辺で倒れていなかったか? まさか箱型モンスターの下敷きになっている?」
「ううううん……」
ミーシャは自分の額を指先で押しながら、ぼそっとこう言った。
「たぶん、大丈夫かな……。ミーシャさんの記憶だと、少しずれている気がする。そこだったと思う」
ミーシャの杖が指したのは、倒れている箱型モンスターのすぐ横だった。
俺はほっとした。
「じゃあ、少なくともぺしゃんこにはなっていないってことか」
「だね」
「だけど、あいつはどこに行ったんだ?」
俺は周りを見回すが、ニャンコロモチらしい影はない。
そう言えば、奥で倒れていた戦士の姿もないな……。気がついて戻っていったのだろうか。戦士が気を利かせて気絶したニャンコロモチを確保してくれた、とかあるんだろうか……。
なんて俺たちが悩んでいると、
「にゃあん」
という声が聞こえた。
はっとして声のほうを向くと、そこには――
「「ニャンコロモチ!」」
どうやら、どこかに隠れていたらしい。
「お前、びっくりさせるなよ」
そう言った後、ニャンコロモチの足元にあるものに気がついた。
黄金色のハムスターだった。事切れているらしく、ぴくりとも動かない。
「ラッキーグランデ! お前が狩ってきたのか?」
「にゃあ!」
ニャンコロモチが誇らしそうに鼻をつんと上に向けた。
ミーシャが楽しげな声をこぼす。
「にしし! ま、ハムスターもネズミだからね。ネズミには猫! 圧倒的な種族的優位!」
「とりあえず目標は達成できたってことかな」
俺はリトリーバーを近づけた。
黄金色のハムスターの身体が消えて、ころんと魔石と黄金色の何かが転がる。ラッキーグランデの確定ドロップ『黄金のひまわりの種』だ。
俺はそれをアイテムボックスに格納した。
「これでアンバーマーでの宿題は終わったかな?」
「そうだね」
そう受けてから、ミーシャはぼそりと付け足した。
「シュレディンガーの執務室を探すのも含めてね」
「……あの謎空間って、やっぱりヘイル先生が言っていた『シュレディンガーの執務室』なのか?」
「じゃない? あんなにデッカい聖人シュレディンガーの肖像画が飾ってあったし、その弟子のアルファって人までいたしね」
「だよなー……」
そして、そこで聞かされた驚愕の事実。
徹頭徹尾とんでもない内容だったが、特に驚いたのは――
俺はニャンコロモチに視線を落とした。
「お前さ、本当はオメガって名前なの?」
「にゃ?」
おっしゃっている言葉がわかりませんが? だって猫だもの。
そんな様子を全力で伝えてくれるジェスチャーだった。
「このこのぉ! 偉ぶらないところがたまらずプリチーですなぁ!」
興奮たまらん! という感じでミーシャがニャンコロモチを抱え上げる。そのまま、頬ずりし始めた。
「苦労したんだねえ! 大変だったんだねえ! もう寂しい思いはさせないからね! このミーシャさんが可愛がってあげるからねえええええ!」
「ニギヤアアアアアアアアアア!?」
ニャンコロモチが身をよじって脱出しようとしている。
ミーシャの愛情が爆発している。
……いつものことだけど。頑張れ、ニャンコロモチ。全力で受け止めるんだぞ?
俺はニャンコロモチの頭に手を伸ばし、ぽんぽんと撫でた。
「アルファからの伝言だ。よくやったな、オメガ」
俺がそう言うと、ニャンコロモチは身体の動きを止めて誇らしげな表情を作る。まるで、その視線の先に在りし日のアルファとシュレディンガーを見ているかのように。
頑張ったな、ニャンコロモチ。
……でもさ……やっぱりお前、俺の言葉がわかってるよな?