第21話 イオスvsバックドアー(下)
無機質な女の声が響き渡る。
『起動シーケンス、1%完了』
これが100%になれば、ミーシャの高火力スキル『四大を極めしもの』が発動する。ここを乗り切れば戦況は俺たちの優位に傾くだろう。
決してミーシャの邪魔はさせない!
俺とニャンコロモチは箱型モンスターを攻め続ける。
『起動シーケンス、20%完了』
そのとき、俺は異変に気がついた。
……何かがおかしい……何かが変わっている――
そして、それに気がついた。
箱型モンスターの目だ。
大きな箱を思わせる胴体の上にはバケツのような頭がついている。目の位置には空洞があって、眼光のような明かりが明滅していた。
そう、明滅していた。
だが――今は違う。
目の部分にある輝きはしっかりと光を放っていた。思い返すと、目の明滅はだんだんと速くなっていた気がする。
それは何を意味するのか?
その答えはすぐにわかった。
かっ! と箱型モンスターの目が強く輝く。
同時、箱型モンスターの身体から全周囲へカーテンのような光が放たれた。
「うおっ――!?」
俺の身体が光に呑み込まれる。その瞬間、俺の全身に痺れが走った。それは決して強い痛みではないが、俺の神経を鈍らせるような感覚を与えてきた。
こ、これは……?
身体が重い。別に動かせないわけではないが、俺のイメージに身体の感覚が追いつかない。微弱だが、麻痺している感じ――
俺は横に目を向ける。
同じ感じでニャンコロモチがふらついている。
ニャンコロモチはそれほどでもないようだが――ミーシャは!?
俺は心配になって後ろを振り返る。
「……う、う、ううううう……」
ミーシャが苦しそうな顔をして立っていた。その背中は曲がり、全体重を握りしめた杖に預けている。
「だ、ダメ、もう――」
ミーシャの頭からぱさりと三角帽子が落ちる。
帽子が床に落ちると同時、ミーシャの足元に広がっていた魔術陣は制御を失い――霧散した。
ミーシャは耐えきれなくなったのか、そのまま床に崩れ落ちる。
「ミーシャ!」
すぐに駆け寄りたかったができなかった。
箱型モンスターの攻撃が激しくなってきたからだ。俺やニャンコロモチの動きもさっきまでと比べて鈍くなっている。俺たちは防戦一方に追い込まれた。
そんな俺たちの背中に、弱々しい声が届く。
「だ、大丈夫、だから……ちょっと麻痺して、身体が――」
どうやらミーシャの麻痺は俺たちよりも状態がひどいらしい。防御力に依存するのだろう。
「ごめんね、イオス。役に立てなくて……」
その言葉は俺の胸を締め付けた。
俺は奥歯を噛み締める。
ミーシャを守ると決めたのだ。それで守りきれなかったのは俺のミスだ。それなのに、ミーシャにそんな言葉を言わせてしまうなんて!
怒りに燃える俺に箱型モンスターが腕を振り下ろす。
俺はラルゴリンの盾の固有スキル『氷壁』を発動した。
氷をまとったシールドと敵の攻撃が激突する。いまいち動きの鈍い身体に強烈な圧がのしかかる。腕が悲鳴を上げ、膝が折れ曲がる。
だが――
それがどうした!
仲間をやられて、仲間にあんな想いをさせたことに比べたら! ミーシャの悔しさに比べたら!
「うおおおおおおおおおお!」
俺は絶叫とともに、敵の攻撃を払いのけた。
勝つ! それだけだ!
「ニャンコロモチ! 行くぞ!」
「にゃあ!」
俺たちは再び攻勢に移った。
さいわい俺たちの動きを阻害していた麻痺は浅く、すぐに消えてなくなった。俺たちは防御を軽視した猛攻を箱型モンスターにしかける。
相手の攻撃は無視できないのはわかっているが――
そうしないといけない理由がある。
それは箱型モンスターの目だ。
光による全方位攻撃を仕掛けた直後はぽっかりと闇のように暗かったが、すぐに新たな輝きが灯った。その光はゆっくりゆっくりと明滅していたが――やがて、俺は気がついた。その明滅のタイミングがだんだんと速くなっていることに。
目の明滅が終わったら、また同じ攻撃がくる!
俺たちは構わない。少しだけ動きが鈍くなるだけだから。だが、防御力が低いミーシャはどうなる? また麻痺するだけですむのか? 2発目に耐えられるのか?
死――
その単語が浮かび上がり、俺は背中にひやりとしたものを覚えた。
絶対にそれだけは避けなければ!
ゆえに俺たちは被弾覚悟で全力攻撃を仕掛けていたのだが――そんな自分勝手な攻勢で押し切れるような甘い相手ではない。
怒りの感情で押し返せるほど――
ステータスの存在は軽くない。
「ぐおっ!?」
箱型モンスターの一撃を俺はなんとか氷衛士のラージシールドで真正面から受け止める。すでに『氷壁』はとっくに割れ砕けている。衝撃が槍のような勢いで俺の身体を後方へとノックバックさせた。
「くそっ!」
そこへニャンコロモチが箱型モンスターに殴りかかる。
「にゃああああああああああああ!」
その一撃は確かに決まったが――
箱型モンスターは容赦のない一撃をニャンコロモチへと叩き込む。
「にゃう!?」
それをモロに食らったニャンコロモチは地面にバウンド、そのまま動かなくなった。
「ニャンコロモチ!?」
ただでさえ深刻な状況なのに、状況はさらに悪化する。
箱型モンスターの目の輝きが明滅しなくなったのだ。充満したエネルギーを誇示するかのように、らんらんと両目が輝いている。
くっ……!
ニャンコロモチは倒れ、ミーシャは動けない。
この状況で全方位攻撃を受けるわけにはいかない――!
俺は切り札を発動した。
「――剣魂無双!」
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剣魂無双
効果時間:瞬時
リキャスト:一時間
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縮地中のみ発動できる。
発動者個人の防御力を攻撃力に加算する。
リキャストが終わるまで発動者個人の防御力はゼロとなる。
【転化した防御力 / 100】回の連続斬撃をおこなう。
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己の防御力を火力に変換する超攻撃型スキル。己のすべてを賭けてでも万物を断ち切ってみせる――そんな剣聖の覚悟そのもののスキルだ。
そして、まさにそれは俺の覚悟でもある。
この瞬間にすべてを決する!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
絶叫とともにウォークライを発動、縮地で一気に間合いを詰める。
箱型モンスターも俺とニャンコロモチの猛攻を食らい続けたのだ。あちらも限界は近いはず。それを4発の斬撃で削り切ってみせる!
俺の攻撃力は1296から1892へと上昇する。
これで勝負を決してみせる!
斬撃1!
斬撃2!
斬撃3!
1.5倍化した超火力は伊達ではない。あれほど硬かった箱型モンスターの身体にたやすく刃が通る。一撃ごとに確かな手応えがある。
これで決める!
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
強打! 速剣!
ついに2000を超えた最後の攻撃を箱型モンスターへと叩きつける。
斬撃4!
ごおん!
まるで空気が弾けるかのような音ともに炸裂、箱型モンスターが後方へとよろめく。
そのまま崩れ落ちろ! 崩れ落ちてしまえ!
だが、そうはならなかった。
箱型モンスターは俺の切り札である4連撃に耐え切ったのだ。逆に言えば――俺は切り札を出し尽くしてもまだ、箱型モンスターを倒しきれなかった。
箱型モンスターが腕を振るう。
すべてを出し尽くし、消耗し切った俺にそれを回避する余裕はない。一撃をまともに食らった俺は後方へと派手にすっ飛んだ。
「がはっ!」
痛みのあまり、俺は手から剣を取り落とす。
とんでもないダメージだ……。
無理もない。剣魂無双は防御力を攻撃力に変換する。変換後はそのぶんの防御力がなくなるのだ。今の俺は自分自身の防御力340を失い、鎧と盾の防御力535しかない。
その状況でクリーンヒットをもらったのだ。
ずん、と箱型モンスターが足を踏み出す。このまま近づいて殺されるか、全方位攻撃を打たれるか――どっちにしろ詰んでいる。
打つ手はもう、ないのか……。
「イオ、ス……」
声が近くから聞こえた。
ミーシャだ。どうやら少しは動けるようになったようで、近くに吹っ飛んできた俺に這って近寄ってきた。
「ミーシャ、ごめん」
「はは、謝るのは、まだ、早いかな……」
ミーシャが手を伸ばして、剣を取り落とした俺の右手を握った。
「まだ最後の最後、打つ手はある」
「……え?」
「イオス、プロミネンス・フラッシュを撃って」
俺にはミーシャが何を言っているのか理解できなかった。
プロミネンス・フラッシュ?
炎系の最強魔術を? ここで? もちろん、最強魔術にすがろうとするのは間違いではない。だが、今の俺ではぶっ放しても意味がない。魔力が足りなくて昏倒するだけなのだから。
「ミーシャ、忘れているのかもしれないけど、俺はその魔術を――」
「いいから撃って、早く!」
ミーシャが鋭い声を発した。
理由はすぐにわかった。箱型モンスターの身体がぼうっと輝いているからだ。さっき見た光景だ。どうやら敵は俺たちを全方位攻撃で薙ぎ払うつもりらしい。
「急いで、イオス!」
俺にはミーシャの真意がわからない。最後の最後で博打を打ちたいのか? 何かがうまくいって、今回は奇跡が起こる? それにすがる?
――そんなはずはない。
才女ミーシャはいつだって理知的で現実主義者だ。
頭の悪い俺が知らない秘密兵器くらい用意していてもおかしくはない。ミーシャが引き金を引けというのなら、俺はそれに従うだけだ。
俺は左手を箱型モンスターへと向け、そして叫ぶ。
「プロミネンス・フラッシュ!」
言葉と同時――
巨大な炎の柱が箱型モンスターを飲み込んだ。