第20話 イオスvsバックドアー(上)
ラッキーグランデ狩りにやってきた俺たちがD層を歩いていると――
どぉぉぉん!
まるでダンジョンそのものが揺れたかのような大きな震動が起こった。
ミーシャが目を丸くして視線をあちこちに飛ばす。
「お、おお!? なんだかすごいね!?」
「……ああ……」
俺の返事は鈍い。昔の記憶がよみがえり、そちらに意識を持っていかれていたからだ。
そんなバカな――
という気持ちもあったが、確信のほうが強かった。だから、己の気持ちを確認するかのようにこう言った。
「似ている――ヘイル先生が亡くなった日もこんな振動があったんだ」
「え、そうなの……?」
「ああ――だけど、思い過ごしの可能性もある。少し様子を見るか……」
俺たちはダンジョンの奥へと進んだ。
前方から血相を変えた中年くらいの冒険者たちが走ってきた。男たちは俺を見るなり声を張り上げる。
「おい、あんたたち! 早く引き返せ! 見たことがない、なんかヤバいやつが現れた!」
俺の身体はこわばった。
見たことがない、なんかヤバいやつ――その表現はまさにドンピシャだ。
「どんなやつなんですか?」
「木製の箱に手足をくっつけたようなやつだ! 他のパーティーが挑んでいるのを見たが、全然ダメージが通らずに蹴散らされていた! ありゃ俺たちじゃ歯が立たん!」
あっという間にまくし立てると男たちはすぐにどこかへと走り去った。
他のパーティーを見捨てたことを責めることはできない。冒険者は己の命が大事。そもそも関係のない他人のために勝ち目のない戦いに挑むくらいなら、撤退して危険を周りに知らせるほうがずっと価値がある。
だから、彼らは正しい。
……木製の箱に手足をくっつけたようなやつ、か……。
――おおおおおおおおおおおおおおお!
謎の敵に襲いかかる、教師ヘイルの最後の雄叫びが耳に響く。部屋を駆け抜ける俺たちの目に映ったのは、そう、まさにその『木製の箱に手足をくっつけたようなやつ』だ。
「どうやら、間違いないらしい」
「勝てるかな?」
「わからないけど――見逃すわけにはいかないかな」
逃げた彼らは正しい。彼らでは勝てないことがわかっているから。
だけど、俺は違う。
俺にはC級のモンスターを圧倒するだけの力がある。冒険者は己の命が大事だけど、助け合うべきではある。力のあるものが危険に立ち向かうのは当然のことだ。
俺を助けてくれた教師ヘイルのかたき――
戦うべき理由もある。
「この一帯で一番強い冒険者は俺たちだ。時間稼ぎくらいはするべきだろう。倒せそうなら、そのまま倒す」
俺の言葉を聞き、ミーシャがにっと笑う。
「うん! がんばろうね、イオス!」
俺たちは逃げてきた冒険者たちが走ってきた方角をたどっていった。しばらくすると、ずぅん……ずぅん……と重量感のある足音が遠くから聞こえてくる。
「イオス……!」
「ああ」
間違いない。この足音の先にやつがいる!
俺たちは足を速めた。
やがて――
『クルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
調子っぱずれた男の声が聞こえた。
遠くはない――近い。
曲がり角を曲がる。そこは大きな広間だった。
そこにやつはいた。
記憶にあるとおりの、大きな箱を連想させる奇天烈な体型。箱型モンスターの正面、遠く離れた先に戦士風の男が立っていた。距離があるので顔はよくわからないが――
剣を支えに立っている様子は明らかに深刻で、相当のダメージを受けているようだった。
ずぅん、と音を立てて箱型モンスターが男に近づく。
誰だかわからないが――助けなければ!
「縮地!」
俺は床を蹴った。その勢いのまま、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
魔狼ブロードソードを叩きつける。
がきっ!
鈍い音ともに痛みが剣から伝わってきた。硬いものを無理やり叩き斬ろうとした感覚――ピプタットで山羊頭と戦って以来のものだ。
レベル30に至った俺の攻撃力はスキル『闘志』を含めて1212。剣聖による攻撃力ボーナスを持ってしてもこの程度のダメージか……。
だが、刃が通るのは確かだ。
なかなか厳しい戦いかもしれないが、絶望的ではない。
それに――
「にゃう!」
やってきたニャンコロモチが箱型モンスターに殴りかかる。まとった謎の力場による攻撃が箱型モンスターを直撃する。
箱型モンスターは微動だにしないが――
ニャンコロモチのステータスは俺と同じらしい。であれば、間違いなくダメージは通っている。
ゼロではない。
ならば、少しずつ積み重ねていくだけだ!
「俺たちがこいつを引きつける! 今のうちに逃げるんだ!」
振り返って戦士に声をかけると――
戦士はばたりと床に倒れていた。うつむいているので顔は見えない。どういう状況かはわからないが、生きていてくれと願うばかりだ……。
さいわい、距離がかなり離れているので戦闘に巻き込む心配がないのは救いだが。
ぶん、と箱型モンスターが太い腕を俺に振り下ろした。
ごっ!
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」
受け止めた盾越しに、巨岩でも受け止めたかのような圧力がかかる。
「くあ!」
なんとか横に受け流して、モンスターと距離をとる。攻撃力もとんでもない。クリーンヒットだけは避けないと。
久しぶりの緊張感が身体を走る。間違いなく死闘だな。
「いくぞ、ニャンコロモチ!」
「にゃあ!」
俺たちが本気で戦闘モードに突入する直前――
「ちょおおおおっと待ったあああ!」
ミーシャがそんなことを言った。
「イオス! 炎虎ダガーを使いなさい!」
そうか、その手があったか!
俺が魔狼ブロードソードを鞘に戻した瞬間、箱型モンスターの腕が再び振り下ろされる。俺はそれを横に飛んでかわし、着地と同時に腰に刺していた炎虎ダガーを引き抜いた。
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炎虎ダガー
攻撃力:+480
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物理攻撃力は魔狼ブロードソードに比べて30低いが――
俺にはスキル『暗殺術』がある。
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暗殺術
効果時間:常時
リキャスト:なし
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・武器が短剣である場合、攻撃力/50の固定ダメージを与える
・武器が短剣である場合、攻撃力+10%
・上位職業『暗殺者』に転職可能(Lv20以上)
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短剣は『剣』であるため、剣聖スキルと暗殺術スキルの両方が攻撃力ボーナスとして付与される。
結果、攻撃力は1296まで上昇!
今まではリーチなど取り扱いのしやすさで魔狼ブロードソードを使っていたが、今欲しいのは攻撃力! 岩盤を打ち砕く力だ!
「おおおおおおおおおおおおお!」
真紅のダガーで敵を斬りつける。
ずっ、と――
その刃は確かに魔狼ブロードソードよりも確かな手応えを俺に感じさせてくれた。攻撃力の向上だけではない。暗殺術には説明文のとおり、防御力無効の固定ダメージが存在する。
つまり、この一撃に26のダメージが追加されているわけだ。
今まで俺たちの攻撃など意に介さない様子だった箱型モンスターがびくりと身体を震わせる。
いける!
「ありがとう、ミーシャ!」
「にししし! じゃ、時間稼ぎ、よろしくね!」
ミーシャは表情を一転させると、すっと息を吸い込んだ。
「4大を統べしものミーシャより、彼方に住まうもの、見えざる果てに住まうもの、波と固のはざまに住まうもの――観測者に願い申す!」
言うなり、ミーシャが杖で床を叩く。
「今ここに汝の秘めたる偉大なる力、4大の一端を開示されたし!」
ミーシャの足元に出現した魔術陣が絢爛たる輝きを放った。
4大を極めしものか――!
「ニャンコロモチ、頑張るぞ! 絶対死守だ!」
「にゃあ!」
まだまだ俺たちに勝機はある!
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追放ざまぁ系ですね。『シュレ猫』を読んでいる人には合うんじゃないかな、と思うので、覗いてもらえると嬉しいです。
5話目まで更新、しばらく毎日更新していきます。