第19話 グレイルvsバックドアー
「今の振動はなんだ?」
前後からクランツァーとフィスアトがやってきた。
ピーターセンが慌てた声を出す。
「お、おい! お前たち通路を見張ってろって言っただろ!?」
「すまん、さっきの振動に気を取られた隙に逃げられちまった」
魔術師フィスアトが言うと、ピーターセンが色めきたつ。
「お前! 何やってんだ!?」
「は? お前らがちんたらちんたらやっているのが悪いんだろうが!?」
「それとこれとは別だろうが!」
険悪な空気が流れかけたので、きれいなグレイルは割って入ることにした。
「おいおい、お前ら、喧嘩しているときじゃないだろう?」
「お前が言うな! お前が2回もミスったからだろ、グレイル!?」
「お前が言うな! お前もちんたらしていた側だろ、グレイル!?」
ピーターセンとフィスアトに責められた瞬間――
マウントグレイルで怒りの噴火がボルケーノした。
「クルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「おい、お前ら、落ち着け。ケンカしている場合じゃないぞ……」
ため息まじりに神官クランツァーが仲裁に入る。
「少し気になっていたんだが、あの振動に覚えはないか?」
「覚え?」
問い返すピーターセンにクランツァーがうなずいた。
「ああ、学生時代にこのD層に連れられてきたことあっただろ? 謎のモンスターに襲われて、ヘイル先生が俺たちをかばって死んだときのことだよ」
その言葉を聞いた瞬間、グレイルは当時の記憶をまざまざと思い出した。
クランツァーの言うとおり、確かにあの振動に覚えがある!
それはグレイルだけではなかったのだろう、ピーターセンたちもまた表情を変えている。
しん、と静まった空間に、ずぅん……ずぅん……と通路を歩く重い足取りの音が響き渡った。そう、あの頃と同じように――
「……撤退だ」
ピーターセンは短く言うと、上階への脱出路に向かって歩き出した。
だが、逃避行はそう簡単ではなかった。
あちこちにD級モンスターが徘徊していて思うままに進めない。グレイルたちはD級モンスターに勝てる戦力を持っているが、かなり時間がかかるのが実情だ。
まごまごしている暇はないのに!
逃げているはずなのに、迂回を繰り返したせいで足音がだんだんと近づいてくる。
「くそ! ついていない!」
ピーターセンが吐き捨てて五叉路に飛び込んだとき――
ずん!
と大きな音が真横から響き渡った。何かが視界に入ってきた。大きな何かが。昔、見た記憶がある何かが。
4人は思わず足を止めて、その何かに目を向ける。
少し離れたところに『それ』は立っていた。
3メートルくらいの、でっぷりとした不格好なモンスターだった。一見すると『大きな鉄の箱』を思わせるボディーに短い金属製の足と、だらりと長い金属製の腕がくっついている。
頭は身体に比して小さいが、頭頂部についた明かりで明滅していた。
グレイルは確信した――間違いない! あいつだ! と。
ピーターセンが鋭く舌打ちをする。
「ここでバラけるぞ」
「……どういうことだ?」
いぶかしむ神官クランツァーにピーターセンが答える。
「ばらばらに逃げる。このまま固まっていれば、全員で生き残るか死ぬかだ。ばらばらに逃げたほうが生き残る確率は高いだろう――誰かは死ぬかもしれないが」
しん、と静まったところで、グレイルはピーターセンの肩を叩いた。
「おいおい、勝手に決めるな。どうせなら全員で生きて帰ろうぜ?」
「何を言っている、グレイル!」
そんなグレイルの言葉をピーターセンが一蹴する。
「D級モンスターをひとりで倒していたヘイル先生が勝てなかった相手だぞ!? 今の俺たちで倒せるはずがないだろ!」
その読みは正しかった。
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名前 :バックドアー/B
攻撃力:1500
防御力:1140
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その力はB級でも最上位――今のグレイルたちでは逆立ちしても勝てない相手だからだ。
「仕方がないか……」
魔術師フィスアトがため息をつく。
「生きていたら冒険者ギルドで落ち合おう」
そう言うと、フィスアトは走って行った。ピーターセンもクランツァーも別々の道へと走り出す。
そして、グレイルだけが残った。
ずん、ずん、とモンスターが迫ってくる。
「ちっ!」
舌打ちしてグレイルも走り出した。
4本の道でわかれた4人の運命。
その後を追う巨大な足音。それが向かった先は――
「俺かよ!」
グレイルは走りながら吐き捨てた。なんとか逃げ切りたいところだが、困ったことに正しい道がわからない。直前までの逃避行で細かく方角を変えていたせいで位置がわからなくなっていた。
それでもグレイルは直感に従い、走る、走る、走る、走る、走る!
結果――
「おいおいおいおいおい! マジかよ!?」
グレイルは大きな広間にたどり着いた。
通り抜けようと広間の出口を探したが、どうやらどん詰まりのようで、来た道を引き返す以外の選択肢はないようだった。
なのに――
ずぅん、ずぅん、ずぅん……。
巨大な影が入り口をさえぎっている。どうやら、そっと出ていく選択肢は残されていないらしい。
だが、グレイルは臆さなかった。
「ふざけんじゃねえぞ……!」
グレイルに絶望はなかった。一撃だ。一撃をくれてやればいい。
いかに教師ヘイルがグレイルたちより上だと言っても、今のグレイルが遠く及ばない存在のはずがない。
グレイルはスキル剣術使い持ちで、もはや剣士で、モンスター装備の刃螳螂のバスタードソードを持っている。両手持ちにして強打を放てば、その攻撃力は目を見張るものある。
(一発だ! 一発くれてやればいい! 相手がひるんだ隙に突破する!)
グレイルは一年前の苦い記憶を思い出す。
ピプタットでの山羊頭との戦いだ。あのときも同じ作戦で挑んだが、手も足も出なかった。
だが、今回は違う。
成長した剣士グレイルが同じ轍を踏むはずがない!
ずん、ずん、ずんと近づいてくる巨体めがけて――
「クルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
絶叫とともにグレイルは襲いかかった!
グレイルの攻撃力、320!
スキル剣術による攻撃力ボーナス、60!
刃螳螂のバスタードソードの攻撃力、220――を両手持ちにして、264!
総合計、644!
さらにインパクトの瞬間、グレイルは奥の手を発動する。
「強打アアアアアアアアアアッ!」
虎の子のスキル『強打レベル1』が発動!
グレイルの攻撃力は653!
一方、モンスターの防御力は1150――
がいん!
グレイルの剣はあっさりと弾かれた。
「おおおあああああああああああああああああああああああ!?」
信じられない光景にグレイルは思わず絶叫する。
箱型モンスターが、ぶうんと右腕を振り回した。その一撃は容赦なくグレイルの身体をとらえる。
「かっは!?」
攻撃力1500の打撃をくらい、グレイルの身体はかっとんだ。
すごい勢いで地面に激突、そのままグレイルは勢いよく転がり、はるか先まで吹っ飛ぶ。
「く、おお……!?」
身体がバラバラになりそうなほどの威力だった。あまりの威力に一撃でグレイルの意識は朦朧とした。
だが、倒れている暇はない。
ずぅん、ずぅん、ずぅん――
箱型モンスターがグレイルとの距離を詰めてくる。このままでは、やがて訪れる確実な死に呑み込まれるだけだ。
「く……くそがああああ!」
グレイルは剣を杖にして立ち上がった。頭がぐらぐらする。視界は左右に揺れる。まともに動ける気がしない。それでもグレイルは諦めなかった。諦めない男グレイルは立ち上がることを選んだのだ。
そんなグレイルの身に――
奇跡が起こった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
若い男の声が聞こえた。
聞き覚えのある声だったが、距離もあったし、ぼんやりとした今のグレイルに深く考える余裕もなかった。
そして、そんなことはどうでもよかった。
男の装備が、グレイルの全意識をもぎ取っていた。雄叫びとともに箱型モンスターに斬りかかった男は、青火鳥チェインメイルに身を包んでいた。
(……まさか、師匠!)
グレイルは胸が高鳴るのを感じた。
憧れの男が、グレイルのピンチに駆けつけたのだ。
(……ラルゴリン戦だけではなく、ここでも俺のピンチに駆けつけるなんて! あんたって男は!)
グレイルの目頭が熱くなる。
男の後を追うように、三角帽子をかぶった女魔術師と猫の姿がグレイルの視界に入る。間違いない、本当の本当に、あの男だ!
グレイルの身体がぐらりと揺れた。
もう張っている気勢も限界で――気勢を張る必要もなかった。
グレイルにとって青火鳥チェインメイルの男とは勝利の代名詞だった。心配することは何もない。
がらん、とバスタードソードが音を立てて転がり、意識を失ったグレイルはばたりと床に倒れた。