第18話 ラッキーグランデ狩り
翌日、俺たちはD層に降り立った。
ラッキーグランデを狩るためだ。
「ふう」
立った瞬間に、俺の口から重い息がこぼれる。
そんな俺にミーシャが目を向けてきた。
「いきなりため息だね。どうしたの?」
「ああ……前に夢の話をしたと思うんだけど、覚えてる? 俺たちを守るために引率の先生が犠牲になったって話」
「覚えてるよ」
「先生が死んだのが、この層なんだよ」
「へえ……」
そう言いながらミーシャがあたりを見渡す。
「当時、イオスって学生だったんだよね? D層まで来ていたの?」
「優秀な生徒だったグレイルたちビッグ4への特別講習ってやつさ。D層を体験してみようって感じのな。引率してくれたヘイル先生はD級モンスターなら1人で倒せる使い手だしね」
「ほー……じゃあ、ご一緒していたイオスくんも優秀だったわけ? 真ん中って言ってなかった?」
「俺の成績は真ん中だよ。ビッグ4以外は誰でもよかったから、ただの寄せ集めって感じかな」
問題はないはずだった。
優秀な使い手のヘイルが俺たちを守ってくれているのだから。
俺たちは、初めて目の当たりにするD級モンスターのとんでもない強さに圧倒されながら――それをあっさりと倒してしまう老教師ヘイルの強さに胸を焦がした。
それは、ただ、そんな大きな感情が行き交うだけの観戦イベントだったはずなのに。
悲劇は起こった。
――このダンジョンのどこかにあると言われている『聖人シュレディンガーの執務室』を見つけ出すことさ。
そんな夢を俺に伝えて、老教師は死んだ。
ミーシャが口を開く。
「ヘイルさんの仇のモンスターが出てきたらいいね!」
「……そうだな。それも片付けたい心残りのひとつだな……」
そこまで言って、俺は、あっと声を漏らした。
ミーシャが首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、思い出したんだ。ヘイル先生が死んだとき、確かラッキーグランデが出ていた気がする――いや、出ていたな」
ただの偶然の一致だろうか?
その可能性のほうが高いだろう。別にラッキーグランデはちょこちょこ姿を見せているが、あのモンスターが姿を現したのは1回限りなのだから。
「ま、たまたまだろう」
「ふふ、ラッキーグランデを追いかけてみたら、何かわかるかもね」
そう言ってから、ミーシャが別の話題を口にする。
「そうそう、そろそろ『聖人シュレディンガーの執務室』も探さないとダメだよね」
「あれは与太話じゃないのか?」
「うーん……そうとも言い切れないんだよね……」
ミーシャはあごに手を当てて静かに考え込む。
「実はこそこそと休みの日に文献を漁っていたんだけど、ミーシャさん的には『あるかもしんないような気がする』くらいまでは思えたんだよねー」
ヘイルの言葉だと『ある気がするような、しないような、いや、少しくらい可能性はあるかも、まあ、なくても気にするなレベル』だったので、ずいぶん見通しがよくなった。
ミーシャが話を続ける。
「面白いことにね、いくつかの文献に共通してこんなことが書いてあったんだよ。『隻眼のドクロは黄金の目玉を回す、左に2回、右に1回。その瞳の先にシュレディンガーの執務室は映る』ってね」
「隻眼ドクロ? 黄金の目玉? なんだそれ?」
「さあ? そもそも、ドクロに目玉はない気もするんだけどねー」
ふふふふふ、とミーシャが笑う。
「まー、なんだろうね。ザテラ38もあるくらいだから、ここにはきっといろいろあると思うよ! よくわからないものを追いかけるのもロマンだ、イオスくん!」
ミーシャはニャンコロモチとともにすたすたと奥へと進んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレイルたちはD層に降り立った。
いつもならモンスターハントだが、今日は違う。今日はラッキーグランデを狩るのが目的だ。
ラッキーグランデは広いダンジョンを高速で走り回っている。
そもそも姿を見つけられただけでも幸運だ。
だが、グレイルはその点において不安はなかった。
なぜなら――
(俺たちはビッグ4だからだ! 運命に愛された男たち! 俺たちがラッキーグランデと出くわさないはずがねえ!)
学生時代、どんな難題も乗り越えてきた無敵の4人組!
その確信はあながちただの思い込みでもなかった。
「……止まれ」
先頭を行くピーターセンが右手を上げて、ぼそりと小声でつぶやく。
その視線の先には通路の端にたたずんでいる黄金のハムスター――ラッキーグランデがいた。ラッキーグランデもグレイルたちに気づいていて、鼻をひくひくとさせながら身体をこわばらせている。
数メートルの距離だが――
もしグレイルたちが襲い掛かれば猛ダッシュで逃げ出すのは間違いない。
「くくくく、見つけちまったなあ……」
グレイルは上機嫌につぶやいた。
「で、どうするんだ、ピーターセン? ここから追いかけっこか?」
「もちろんだ……だが、まずはここを閉鎖する」
レベリングのため、D層には通い詰めていた。おかげで一帯の構造は手にとるようにわかる。
今、グレイルたちが歩いている場所は環状の通路だ。ぐるりと回っていて、そのまま歩けば同じ場所にたどり着く。
ドーナツのような形だ。
繋がっている通路は2本。グレイルたちが来た南の通路と、その反対側にある北の通路。
ピーターセンが口を開いた。
「まず北を閉鎖する。クランツァー、移動してくれ。ネズミを逃すな」
ビッグ4の神官クランツァーがうなずき、歩いていく。
「フィスアト。南はお前だ。ネズミが外に逃げようとしたら、ファイアアローで丸焼きにしろ」
魔術師フィスアトも来た道を戻っていく。
「北と南への抜け道はふさいだ……これで、ここは閉じられた空間になったわけだ」
ピーターセンの言葉にグレイルは笑いかける。
「つまり、あのネズミの逃げ道はないわけだ!」
「ああ、そうだ。思う存分追いかけっこをしようじゃないか。行くぞ、グレイル!」
「待ってたぜ、その言葉を――おらあっ!」
グレイルは雄叫びとともにラッキーグランデに向かっていった。
今まで静観していたラッキーグランデは身体をびくりと震わせると環状の道を逃げていく。その逃げ足はとんでもなく速い。
「おいおいおい! 速すぎるぞ!?」
一周する頃には近づくどころか距離を空けられる始末だ。
ピーターセンが舌打ちした。
「グレイル、俺が追い立てる。お前はここで待ち伏せしろ」
「わかった!」
言うなり、グレイルは足を止めた。
ラッキーグランデを追いかけるピーターセンの背中が、あっという間に円弧を描く壁の向こう側へと消える。
グレイルは剣を引き抜いた。
(……ハナからこうしておけばよかった! 俺の剛剣で真っ二つにしてやるぜ、ネズ公!)
やがて、ピーターセンの激しい足音が聞こえてきた。ガシャガシャと鎧の鳴る音も聞こえる。
「グレイル! もうすぐだ!」
声が飛んでくる。同時、円弧を描く壁の向こう側から金色の小動物が走ってきた。
(キタキタキタキタ、キタアアアアアアアア!)
興奮でグレイルの頭が沸騰する。その気持ちのままにグレイルは絶叫した。
「クルアアアアアアアアアアアアアアア!」
グレイルの声にラッキーグランデはびくりと身体を震わせると――いきなり走ってきた道を逆走した。
「うおわっ!?」
姿を現したピーターセンが、己の股下をすごい勢いで走り抜けていくラッキーグランデを見て声を上げる。
その目がグレイルをにらんだ。
「おい、グレイル! 威嚇してどうする!? 何やってるんだ!?」
「す、すまねえ!」
しくじった! とグレイルは顔をしかめた。ラッキーグランデを倒してラッキーグレイルになれると思ってしまい、うっかり気持ちが昂ってしまった。
ラッキーグランデ――左回りの2周目、失敗。
「グレイル! 今度は逆から追い込む! 今度はしくじるな!」
そう吐き捨てると、ピーターセンは身をひるがえして再びラッキーグランデを追いかける。
グレイルは大きく息を吐いた。
落ち着かなければ――
(クール! クール! クール! クール! クール! クール! クール! クール! クール!)
何度も何度も己に言い聞かせる。
そうこうしていると、またしてもピーターセンの足音が聞こえてきた。
「グレイル!」
鋭い指示の声が飛ぶ。
(……任せろ、ピーターセン!)
グレイルは内心で返事をして、剣を握る右手に力を込める。
ビッグ4であるグレイルに二度目の失敗はない。
(くくくくく! 格の違いを見せてやるぜ、ネズ公!)
黄金色のかたまりがグレイルの足元へと突進してくる。
グレイルは全力で剣を叩きつけた。
瞬間、ラッキーグランデの身体が二重にぶれた。
!?
確かにラッキーグランデを捕らえたはずのグレイルの刃は、がつ、と硬い音を立てて床に激突してグレイルの手に鈍い痺れを覚えさせる。
顔をゆがめるグレイルの足元をラッキーグランデが駆け抜けていった。
「く、くくく、くおおおおおおおおおおおお!」
グレイルは叫んだ。
なんとラッキーグランデはグレイルに近づく直前、歩幅を縮めたのだ。その結果、スピードを落とさないまま急ブレーキをかけるという矛盾が発生する。混乱したグレイルの意識はその矛盾を正すためにラッキーグランデの虚像を作り出してしまった。
つまり、グレイルが切ったのはラッキーグランデの本体ではなく、残像――
ラッキーグランデ・ゴースト!
「グレイル! 何を遊んでい――」
ピーターセンが叱責を飛ばす。
そのときだった。
まるでダンジョンそのものが揺れたかのような大きな震動が起こった。
「おおおおおおお!?」
グレイルがバランスを崩しかけるほどの大きな揺れだ。
グレイルはすっかり忘れていたが、これと同じ体験を過去にも味わっていた。そう、教師ヘイルが死んだあの日にも……。
ラッキーグランデ――左回りの2周目、失敗。右回りの1周目、失敗。