第13話 魔術が使えて剣も達人! 剣聖イオス爆誕……?
「ファイアアロー!」
その瞬間、俺の手から放たれた炎の矢がグレイゴーストに命中した。
ごうん!
爆ぜた炎がぱっとグレイゴーストのローブを赤く染める。よろめきつつもグレイゴーストがこちらを向き、鋭い爪を向けて襲いかかってきた。
……ん!? あれ?
レベル6の魔術師だった頃も威力は低かったけど……今のって、輪をかけて威力がショボくないか!?
レベル27剣聖でもこんなものなの!?
「にししし! 正しいファイアローの打ち方を教えてしんぜよう! 新参者くん!」
ミーシャが優雅な動きで杖を差し向けて叫んだ。
「ファイアアロー!」
どっごおおおん!
炎の矢が『炸裂』した。
グレイゴーストはミーシャが放った炎の矢の一撃で文字どおり消し飛んだ。
「おおおおおおお!」
俺は興奮した。威力が俺のとは段違いだ!
「ふっふっふっふっふっふ! 新参者くん! これですよ、これ! これこそが、魔術の道をコツコツと積み上げたものの力なのです。言ったでしょ、魔術の道は一日にしてならずだと!」
「あれ、本当の話だったのか……」
「いや、嘘だよ?」
嘘かよ。
「にししし! 答えはね、魔力の差だよ!」
「魔力って、あのステータスにある?」
「そうそう、あれが魔術の威力を決めるんだよね。レベル6魔術師で杖持ちだと魔力は300。一方、今のイオスの魔力は262。低レベル魔術師以下の出力ですにゃー」
「ミーシャの魔力は?」
「650!」
そりゃ圧倒的な差だな……。
「そうか……魔術が使えるようになるだけじゃダメなのか。魔力もどうにしかしないといけないのか」
「そうだね。杖が意外と重要でね」
そう言いつつ、ミーシャがひょいと杖を持ち上げた。
「これは魔術師にとって武器で、わりと結構な数値の魔力をブーストしてくれているんだよね。言ってみれば、今のイオスは『魔術師が素手でモンスターを殴ろうとしている』感じかな」
「俺、馬鹿みたいじゃないか?」
「にししし! まあ、課題ってのは何をしても出てくるからね! 次はそれを解決していけばいいのさ!」
「そうだなあ……魔力を増やせる武器とかあれば――」
そこまで言って、俺はふと嫌な記憶を思い出した。
ブレンネン・ティーゲル狩りで出会ったおっかない女のことだ。ミーシャによると、あの女は怪盗――魔術が使える斥候らしい。で、杖みたいな剣を使っていた。
……あれって、どういう武器なんだろう?
俺は浮かんだ疑問を口にする。それを聞いたミーシャは、ああ、と言って指をぴんと立てた。
「あれはね、杖剣って言うんだよ」
「杖剣?」
「うん。杖でもあり剣でもある。いいとこどりみたいな武器だね」
「ほー……そんなのがあるんだ。じゃあ、『焦点具不要』なんていらないんじゃないか?」
「うーん、杖剣そのものはそれほど強い武器でもないかなー」
「そうなの?」
「両方こなせる代わりに、上昇する攻撃力も魔力も1ランク落ちるんだよね」
「ああー……器用貧乏なわけね」
それはかなり痛い。
つまり、Bランクの杖剣で上昇する攻撃力は、Cランクの武器と同じわけか。あの女の場合、Aランク上位の装備だったので性能的にはAランク下位か。
ランクの差は意外と大きい。低レベルだった俺がBランク装備を身につけて無双できたことが証拠になるだろう。
ステータスの差は根性論で埋まるようなものではなく、歴然とした力の差として存在する。
少しでも攻撃力や防御力を積み上げて、少しでも強い敵を倒して経験値を稼ぐ――それが冒険者の基本である以上、1ランク落ちるのは厳しい。
ミーシャが話を続ける。
「あの女の場合、たぶん『宵闇の光刃』以上のステータスだから1ランク下の装備でも問題ない感じなんだろうね。あとは双剣スタイルで攻撃力を押し上げている感じかな」
……なるほど……。
あの超攻撃的なスタイルにも、それなりの理屈があるわけか。
「まだ修行中の俺に杖剣は合わないかな……」
「合わない以前に戦士は杖剣装備できないけどね」
それ以前の問題だったー!
せめてサブウェポンとして持ち歩こうかな、くらいには思っていたんだけど……。
「何か魔力を補う方法を考えないとな……」
新しい課題ができたな……。だけど、わりと詰んでいないか、これ? 魔力をブーストする武器は装備できないし、戦士の素の魔力は低いし……。
魔術を使いながら華麗に戦う剣聖への道は遠いな。
ミーシャが口を開く。
「そんなに落ち込まないの! きっと抜け道はあるからさ!」
「あるかな?」
「なに言ってるの。シュレディンガーの猫で抜け道をぶち抜きまくってきたイオスさんが!」
「ははは……そうだな」
確かに、すでに抜け道を通って俺は剣聖でありながら高レベル魔術を使えるようになった。他に道はないと諦めるのは早計だ。
俺だけの、俺しかできないアプローチはあるはずだ。
「それにね、ミーシャさんはミーシャさんで面白いアプローチを考えているんだ!」
「何かあるの?」
「それはねー……」
俺に顔を近づけて、ミーシャがニヤリと笑った。
「もちろん、秘密だよ! にししし! 絶体絶命のピンチでいきなり開陳して、一発逆転につなげる展開を目指したいね! 何事も演出が大事なんだよ!」
ミーシャらしい。だけど、ミーシャは冗談でそんなことを言いはしない。つまり、本当に何かのアイディアを持っているのだ。
それはなんだろう。楽しみだ。
「頼りにしているよ、ミーシャ」
「頼りにしていてくれたまえ!」
びっと親指を立ててそう言うと、ミーシャはすたすたと歩き始める。
……絶体絶命のピンチが前提なのは勘弁して欲しいけど……。
新たなるグレイゴーストを物理ファイアアローで倒して錬金の石をゲットした後――
「待たせたな、イオス」
やってきたクルーガーと合流した。
クルーガーは俺の装備を見るなり、片眉を跳ね上げる。
「……イオス、お前、その装備、B級か?」
「はい」
「……ははは、本当にすごいな。昨日の完敗も納得だ。お前の将来が楽しみだな」
満足そうにうなずなくと、クルーガーはダンジョンの奥へと歩き出した。
第二層へと進み――
「着いたぞ」
クルーガーがあごをしゃくる。
そこにはなんの変哲もないダンジョンの壁しかなかった。もちろん、俺はそこに通路があったことを覚えている。
おそらく結界で偽装しているのだろう。
だが、壁に書かれている文字がすべてを台無しにしていた。
『この先は調査済みの立入禁止区域です。勝手な侵入は警告の対象となりますのでご遠慮ください』
モロバレだ……。
「どうして隠し通路があるって全力でアピールしてるんですか? 俺が卒業した頃にはあんな書き込みはなかったと思うんですけど」
「ははははは、それはだな、どううまく隠しても冒険者どもが見つけ出すからだよ。どうやっても高レベルの連中は欺けない。なので、逆に『何かあるよ』『調査済みだよ』と書いておくことにしたんだ。もうお宝がないと教えておけば冒険者たちも入ってこないだろ?」
「なるほど、それは一理ありますね」
クルーガーは壁のあちこちを触りながら、ぶつぶつと何かを言っている。
やがて、そこにあった壁がふっとかき消えた。
壁があった先に通路が伸びている。通路は途中で左に折れ曲がっていて先が見えなくなっていた。
ミーシャが口を開いた。
「ええと……この通路が、イオスの見つけた隠し部屋?」
「いや、この通路はもともとあったんだよ。俺たちが見つけたのは、この奥にある部屋だ」
「この通路を隠す必要は別にないんだがね……ま、ついでってだけだな」
俺の言葉を引き継いでクルーガーがそう説明した。
「さ、入って入って」
俺たちが通路に入ると、クルーガーは再びぶつぶつ言いながら壁のあった空間を手でなぞる。
ふわりと壁が現れて、再び通路が閉ざされた。
「誰かが入ってこないとも限らないからな」
クルーガーとともに奥へと進む。
曲がり角を抜けると、その先にある大きな部屋の入り口が見えた。
通路に切り取られた空間を見るなり、隣のミーシャが身体をびくりと震わせる。
「え……」
そう小さくつぶやきながら。
俺たちは通路の奥にある部屋へと入る。
そこにある光景を見るなり、ミーシャは驚いたような声で――だが、確信を込めてこう言った。
「うそ、ここって『ザテラ38』なの?」