第10話 至る、真のグレイル2.0
それから2ヶ月。
グレイルたちはD層に潜り続けた。次々と強敵を狩る日々。フラストの街でE級モンスターを相手にし続けていた日々に比べて緊張感は比べものにならなかったが――
グレイルはとても充実していた。
D級という場所で戦えている事実がグレイルの心を熱くたぎらせている。
(……俺の剣は、このレベルでも通用する!)
おまけに周りの仲間だ。彼らもビッグ4の面々であり、明らかに一流になるであろう風格をまとっている。
自分の『格』が一段上がった感覚がたまらない!
(……ここだ! こここそがまさに漢グレイルの戦う場所だ!)
そんな上機嫌なグレイルにさらなる喜びが訪れた。
グレイルの刃がアース・ベアを叩っ斬った瞬間――
グレイルのレベルが20になったのだ。
「きたあああああああああ! レベル20だ、クルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
グレイルは絶叫した。
ダンジョン中に、いや、世界中に響けと言わんばかりの大声で。
それほどの歓喜がグレイルの体内で爆発している。
レベル20は他のレベルとは違って大きな意味を持つ。
上位職が解禁になるのだ。
スキル剣術の効果は『攻撃力+60』だけではない。『上位職業『剣士』に転職可能(レベル20以上)』がある。
そう、ついにグレイルは戦士を卒業し、彼にふさわしい職業、剣士になれるのだ!
(イィィィィィオオオオス! 至ったぞ、俺はついに! レベル20に! 魔術師になっちまったお前だといつ至れるんだろうなあ!? あ、いや、悪い。悪かった。言いすぎた。お前のレベル20に意味などなかった。シュレディンガーの猫なんてクソスキル持ちのお前にはな! お前には上位職とか関係ないもんなあああああ!)
ひとりグレイルが興奮していると、パチパチパチという拍手が聞こえた。
ピーターセンたちだ。
「おめでとう、グレイル――さあ、剣士になったお前の姿を見せてくれ!」
「もちろんだ! レッツ・ネクスト! チェンジ!」
グレイルはうなずくと、意識下で転職を選択した。斥候や魔術師のような基礎職とは違い、上位職への転職はその場でできる。
瞬間、グレイルは己の中の何かが確かに変わるのを感じた。身体中を新しいエネルギーが駆け巡った。古い自分を捨てて、新しい自分に生まれ変わるような。
(剣士! 刃螳螂! 強打! 両手持ち!)
グレイルは己を構成する力を頭の中で思い浮かべる。それらはうっとりするほどの輝きに満ちていた。
新しい己をグレイルは声高々に叫ぶ。
「振り抜く豪剣! 剣士グレイルだああああああああ!」
同時、グレイルはこぶしを天に突き上げた。
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名前 :グレイル
レベル:20(剣士)
攻撃力:320(+220) 刃螳螂のバスタードソード
防御力:240(+120) 高品質なラージシールド/チェインメイル
魔力 :200
スキル:剣術、強打Lv1
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「「「よっしゃああああ! さすがグレイル!」」」
3人の仲間たちがグレイルの転職に興奮し、祝福してくれた。
(イィィィィオオオオス! 俺は剣士になったぞ! ふははははははは! 最高の仲間たちもゲットして上昇気流に乗った。これはもう剣聖ルートまっしぐらだな? お前はいつになったら追いついてくれるんだ? おっと、お前は魔術師になったのか。もう剣聖にはなれねーなあ!)
すべてのパーツは揃った。言葉のとおり、ここから始まるのだ。
生まれ変わった剣士グレイルの成り上がりが。
(はあああああああ! グレイル2.0の完成形! 剣士グレイル、突き抜けるぜ!)
グレイルはこれから広がるはずの輝く未来を思い、大笑いした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スキル『魔術(炎)Lv5』を覚えてからも、俺たちのレベリングは続く。
なぜなら、俺の目標は『焦点具不要』だからだ。杖なしでも魔術が発動できるようになるスキル。戦士が主体の俺としては是が非でも欲しい。
欲しい欲しい欲しい。
スキル焦点具不要が欲しい!
そんなことを日々思いながら俺は生活している。
……だって、ほら、俺の想いがスキルを呼び寄せるからね。
焦点具不要、来てください!
……そんな簡単に出るわけないけど……。
というわけでレベルが5に上がった。
「にししし! 何が出るかなー何が出るかなー!」
楽しそうにわくわくしているミーシャに俺は言った。
「残念」
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Lv5の選択可能スキル 23:59
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杖術Lv1
魔力回復Lv2
魔術(水)Lv2
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「杖術Lv1、魔力回復Lv2、魔術(水)Lv2。どれも残念スキ――あ、ごめん」
俺は慌てて口をつぐんだ。
……ミーシャの魔力回復と魔術(水)はLv1だった……。
魔術(炎)時の会話を思い出せば、それがミーシャの心を抉ることは想像に固くない。
俺は恐る恐る――ミーシャの顔を見る。
頭のいいミーシャは俺の意図に気がついていた。
「イ、イオス……!? イオスさん!?」
ミーシャは眉をハの字にして、わなわなと震えている。
「その情けはいらないよ!? 傷口に塩を塗り込むくらいのひどさだよ!? むしろ、強調すらしているよ!? そのまま言い切ってくれた方が慈悲だったよ!? ミーシャさん、泣いちゃうよ!?」
「ご、ごめん……ミーシャ……反省、している……」
魔術師のスキルはミーシャの領域。繊細な部分なのだ。
仲間としての配慮が足りていなかった。
「えーん、えーん、ニャンコロちゃあああん、慰めてええええ!」
ミーシャがニャンコロモチを抱き抱える。
ニャンコロモチは俺を見て、シャアアアアアア! と威嚇の声を上げた。
うう……反省してます。今後、気をつけよう。
う……っ! 胃が、胃が痛い!
魔術師のスキルを引くたびに、発言に気をつけないとダメなのか。
早く引かなければ! 出てくれ、焦点具不要! 俺の胃の平穏のために!
そんなわけでレベル6に上がると、
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Lv6の選択可能スキル 23:59
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杖術Lv2
焦点具不要
魔術(土)Lv3
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「焦点具不要、出たああああああああああああああああ!」
俺は歓喜の声を上げた。
自分の胃を守るために、心の底から『焦点具不要、出てくれ!』と思えたからだろう。
俺はノータイムで焦点具不要をゲットした。
ミーシャが拍手する。
「おめでとう、イオス! じゃあさ、杖なしで魔術を使ってよ!」
「……やってみるか」
俺はミーシャに渡すと、開いた右手をダンジョンの壁に向けて口を開いた。
「ファイアアロー」
瞬間、俺の手の先から炎の矢が飛び出した。それはダンジョンの壁に激突すると火の粉を撒き散らして消失した。
「おおおおおおお!」
ミーシャが感嘆の声を上げる。
「すごい! 杖を使わずに発動するの初めて見た!?」
「初めては嘘だろ?」
「いやいやホントホント。前にも言ったじゃない、魔術師は杖でいいからスキル焦点具不要は取らないって。他の職業の人が取るにはレベル高すぎだしね」
「ふぅーん」
……取得可能レベルを見てみると――レベル75以上!?
そりゃ普通は無理だ。
シュレ猫スキル便利だなーなんて思っている俺に向かって、ミーシャがこう言った。
「ひょっとすると、人類史上初かもね。焦点具不要と魔術(炎)Lv5を持った剣聖なんて」
人類史上初――!
その言葉は、ただ一言だけで俺の胸を熱くするフレーズだった。
「ミーシャ……言葉選びが上手いなあ。この褒め上手め!」
「にししし! よっ、人類史上初の男!」
うわー、まじでいいな……それ……。俺そこまで行っちゃったんだ。
気分がいいままに俺は口を開く。
「じゃあ、人類史上初を早く体験しようかな」
「え?」
「焦点具不要も魔術スキルもゲットしたからね。当面、魔術師でやりたいことはない。本職に戻ろう」
本職――剣聖に。
「おおおおおおおおおお! 明日の楽しみがふたつもあるじゃない!?」
「え、ふたつ?」
焦点具不要の剣聖のお披露目と――あとはなんだ?
「イオスとニャンコロモチが出会った場所を見にいくって話だよ!」
「ああ、あったね」
俺がニャンコロモチを見つけた隠し部屋に行こうという話をしていた。今の職業だとレベルが低いので本職に戻ってから行こうと話していたのだ。
「案内するよ」
「やったー!」
しばらくは本職で経験を積むとしよう。ピプタットを出てから本職のレベリングは棚上げ状態、金策もしなければならない。
やることは山積みだ。
魔術が使える剣聖――イオス2.0だなんて浮かれている暇はない。