第9話 グレイル2.0、刃螳螂のバスタードソードを手に入れる。
「そういえば、お前と出会ったのもこのダンジョンでだったな?」
「にゃあん」
なんと答えているのか不明だが、ニャンコロモチが反応する。
さらに別の反応――ミーシャの声が頭上から落ちてきた。
「え、そうなの? ダンジョンなの? てっきり街中だと思ってたんだけど?」
「いや、ダンジョンなんだ。ダンジョンの隠し部屋を俺が見つけてね――そこにいたんだ」
「……ダンジョンの……隠し部屋!?」
ミーシャは楽しげな口調で繰り返す。
「そりゃ、面白い! どうしてそんなところにいたんだい、ニャンコロちゃん!?」
ニャンコロモチが、言っていることがわかりません、という様子で首をかしげた。
「黙秘権を行使するか〜この猫めぇ〜人間界に詳しくなりおって、うりうり!」
そう言いつつ、ミーシャがニャンコロモチのあごを撫で撫でする。
「イオス、これはもう現場に向かうしかないね?」
「現場?」
「そうそう、イオスとニャンコロモチが出会った隠し部屋だよ」
「……そうだな。もともとアンバーマーに来たのもニャンコロモチの正体を調べるためだし、行ってみるか」
「よーし、次はそこだ!」
「でもさ、すぐには無理だな。実は許可が必要な場所なんだよ」
「え、そうなの!?」
……なんか、意外と大きな発見だったらしく、おいそれとは入れないように管理されている。確かに風変わりな部屋だったけど。
「あと、F層ではあるんだけど、わりと奥深くでね。今のレベルだと危ないかもしれない。お互い本職に戻ってからのほうが安全かな」
「そっか。じゃあ、そのときにしよう! 楽しみだなー! ニャンコロちゃんも故郷? 実家に帰れるね? 嬉しいかーい?」
楽しげにミーシャはニャンコロモチと戯れている。
ミーシャの相手はニャンコロモチに任せて――いや、ニャンコロモチの相手をミーシャにか? どっちでもいいな……俺はもうひと眠りするとしよう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こちらが、ご依頼されていたブレードマンティスの武器でございます」
グレイルはマグダリア商店を訪れ、念願のD級装備を手に入れた。モンスターの装備――己の手で狩ったモンスターの鉱石で作った武器。
(はっひょー!)
グレイルの興奮は限界突破していた。
「それでは血判を」
指先を小さく切って、染み出した血を武器に押し付ける。モンスターの武器は血判した冒険者にしか扱えない。つまり、これでこの武器はグレイルのものになったのだ。グレイルだけのものに。
(はっはっはっは! やった! やったぞ! 俺もついに!)
武器を受け取り、意気揚々とグレイルは店を出た。
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名前 :グレイル
レベル:18(戦士)
攻撃力:280(+220) 刃螳螂のバスタードソード
防御力:226(+120) 高品質なラージシールド/チェインメイル
魔力 :190
スキル:剣術、強打Lv1
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攻撃力は剣術スキルの補正も含めると560!
圧倒的な攻撃力!
(イィィィィィオオオオス! ついに俺の攻撃力は560にまで上がってしまったぞ! お前はいつになったら俺の超火力に追いついてくれるんだ!? 剣術スキルのないお前はベースが低くて大変だなあ!)
全能感すら覚えてグレイルは気分がよくなってしまう。
そんな酩酊のような気分に包まれながら、グレイルはダンジョンの近くまでやってきた。
そこには見知った3人がいる。
「グレイル、待っていたぞ」
戦士の装備に身を固めたピーターセンが声をかけてきた。
「うん? 妙に機嫌がよさそうだな」
「くっくっく、武器を取り替えたからな」
ぱん、とグレイルは腰の剣を叩く。
「D級装備の刃螳螂のバスタードソードだ。攻撃力は期待してくれ!」
「ほぅ。そのレベルでD級装備か。さすがはグレイルだな」
にやりと笑うピーターセン。
「俺も剣と鎧はD級だが――やはり、剣術スキルの有無は大きい。火力として期待しているぞ、グレイル」
そんなことを言うピーターセンのステータスをグレイルは想像する。
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名前 :ピーターセン
レベル:22(シールダー)
攻撃力:320(+210) 大蛇のブロードソード
防御力:276(+210) 高品質なラージシールド/地熊チェインメイル
魔力 :210
スキル:盾の名手
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スキル『盾の名手』を持つピーターセンはレベル20時点で戦士の上位職である『シールダー』に転職できる。D級モンスターの鎧と相まって防御力はグレイルを大きく上回るだろう。
だが――
(攻撃力では俺に分がある!)
内心でグレイルはにやりとほくそ笑む。そう、それこそが剣術スキルの強み、グレイルの強みだ!
己の存在価値を示せることにグレイルは気分をよくした。
「さて、行くぞ」
ピーターセンはそう言うとダンジョンの中へと入っていった。
ともに歩きながらグレイルは問う。
「どの層に向かうんだ?」
「D級モンスターがいる場所だ」
「ほう」
グレイルは身体に緊張感を覚える。ブレードマンティスと戦ったが、あれは偶然が作用した不幸な遭遇戦でしかない。狩る対象としてD級モンスターを考えたことはない。
だが、不安はない。
同じビッグ4として信頼する仲間がいるのだから!
それに、それくらいの気宇壮大さがなくてどうする? グレイル伝説の幕開けにはそれくらいの派手さがちょうどいいではないか!
ピーターセンが話を続ける。
「グレイル、お前の剣があれば俺たち4人でも見事にD級モンスターを狩れるだろう。その腕が錆びていないこと、期待しているぞ!」
「はっはっはっはっは! ぬかせ! グレイルの健在を見せつけてやるよ!」
そんなことを話しているうちにグレイルたちはD層にたどり着いた。
学生時代はよく入ったダンジョンだが――D層となると教育目的を超えている。上層とは違ってさっぱり見覚えのない場所だ。
ピーターセンたちは歩き慣れているのだろう、ずんずんと奥に進んでいく。
「――いたぞ」
ダンジョンの奥に1匹の熊がいた。黄金に輝く瞳がじっとグレイルたちを見ている。半開きになった口元には大きな牙が生えていて、ダラダラと唾液を垂れ流している。
アースベア――ただの熊と外見はほとんど同じだが、筋力も耐久力も段違いの強さを誇る。
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名前 :アースベア/D
攻撃力:720
防御力:470
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「D級下位の連中を倒して経験値稼ぎ――それが当面の戦術だ」
ピーターセンが盾を構えてズンズンと近づいていく。
「グレイル、俺が引きつける。お前は攻撃に集中しろ」
「わかった。押し負けるんじゃねえぞ?」
「はっ! 誰に言っている。俺の防御力はスキルの補正込みで526だ! そう簡単にはやられんよ!」
「お前の言葉に俺も賭けてやろう!」
言うなり、グレイルは持っていた盾を投げ捨てようとして――思い直し、丁寧な手つきで地面に置いた。
両手でバスタードソードを握る。
その瞬間、武器に補正がかかる。バスタードソードの両手持ちによる攻撃力上昇は1.2倍――
つまり、220から264へと一気に上昇する。
さらにグレイルの攻撃力を足し合わせると、合計は604!
「両手持ちだ。一気に決着をつけてやる!」
かくして戦いは始まった――
ピーターセンは本人の言葉のとおり、アースベア相手に一歩も引かずに戦線を維持していた。防御だけではない、隙をついて攻撃を叩き込み着実にアースベアの生命力を削っている。
(くはははははは! やるじゃないか、ピーターセン!)
そんな男が仲間である事実、そんな男と肩を並べている事実にグレイルは興奮する。
(俺の力も見せつけてやらないとな!)
グレイルは両手で持った剣でアースベアに斬りかかる。
ざくり、刃が易々と硬い革ごと肉を切り裂いた。ブレードマンティスとの戦いでは、まるで岩でも叩いているかのようだったが――まるで違う!
(うおおおおおおお! これだ! 刃螳螂の剣+剣術+両手持ち! これこそがグレイル2.0よ!)
ピーターセンの堅守とグレイル2.0の活躍、そして魔術師と神官の援護。
それらが見事にハマって、グレイルたちはアースベアを倒した。
「うおおおおおおおおおおお! やったぞおおおおお!」
グレイルは興奮するままに叫んだ。
そのとき、その意識下に軽快な音が鳴り響いた。
レベルアップしたときの音が。
「っしゃああああああああああああああああ!」
グレイルはさらに叫ぶ。
ついにレベルは19に。
真のグレイル2.0――その完成形まで、あとレベル1。