3000万ゴールド、ゲットだぜ!
ミーシャがいきなり3000万ゴールドの借用書を持ってきた。
急展開すぎて、何がなんだかわからない……。
「わたしの古巣がピプタット魔術学院だって話したじゃない? だからツテがあるんだよね」
ミーシャがそんなことを言いつつ、テーブルのイスに座る。胸に抱いたニャンコロモチをさわさわしながら。
「魔術学院でも錬金の石は使うんだよ。10個の錬金の石を持っていって訊いたわけ。定期的に届ける準備があるけどどうですか、って」
「……それで?」
「欲しいって。詰めた内容がそれ」
書類にはこう書かれていた。
ミーシャはピプタット魔術学院に1ヶ月あたり最低20個の錬金の石を納入する。学院はそれを1個11万ゴールドで買い取る。
俺はつぶやいた。
「11万……? 冒険者ギルドよりもいい値段だな」
「んふふふふ♪ まあ、10万でうちらから仕入れているギルドから買うともっと高いに決まってるからね」
そりゃそうか。これでも学院には得なんだ。
「最低個数はいくつでもよかったけど、まー、20日出勤で考えてそんだけ。一応、学院には30渡しても大丈夫かと訊いてOKはもらっているよ」
毎日律儀に集めれば月30個。
……毎月330万ゴールドの収入か。
330万!?
年収みたいな金額が毎月毎月!?
とんでもないことだ。
「学院には守秘義務があるから、うちらのことは外部に漏らさない。興味も持たない。理想的だよね」
ミーシャがさわわとニャンコロモチを撫でる。
「それでコツコツ貯めてもいいけどさ、どうせなら、もう一段階ショートカットしたいと思って。返すあてがあるから借金させて欲しいってお願いしたの」
それがこの3000万ゴールドか……。
「一応、返済は毎月150万ゴールド。もちろん、これは多く払っても大丈夫。利子は年2%ね。悪くない条件だと思うよ?」
「それが条件か?」
「うん」
にっこり笑うミーシャ。
その表情に――俺は言葉を投げかけた。
「……何か隠していないか?」
「え?」
「その内容だと、俺たちが金を持ち逃げする可能性が考慮されていない。持っているのは最初の10個の石だけ。あとは金を借りて逃げる――詐欺を働いている可能性だってあるだろ?」
「はっはっはっは! 確かに! そこはほら、学院のミーシャさんに対する多大な信頼度だよ!」
「お前と学院のつながりは詳しく知らないけどさ、さすがにこの金額は通らないんじゃないか?」
「うーん……ふふふ」
ミーシャがニャンコロモチを床に放った。空いた手で癖のある髪の毛をかいている。
「意外と勘がいいね、イオス!」
「まあ、たまにはな」
「たまには」
楽しそうにミーシャが目を細めた。
「条件はあるよ。わたしの学院復帰」
「え?」
「お金が返せなかった場合の話だけど。その場合は学院に戻って研究者になるわけ」
学院復帰? そんな条件でいいのか?
俺の顔色を読んだミーシャがほほ笑む。
「まー、意外と評価の高い生徒だったんだよ、わたしは。学院側はそれだけの価値があると思っているみたいでね」
「でも、その条件だと――ピプタットから逃げたら?」
「逃げられない」
ミーシャが首を振った。
「契約と同時に強制の魔術をかけられるからね。わたしはお金を返し終わるまでピプタットから出られない」
「そうか」
その話で俺の考えはまとまった。
書類をテーブルへと戻す。
「それじゃ話は受けられないよ。ミーシャに迷惑はかけられない」
「うーん……ま、君ならそう言うと思ってたけどさ」
ミーシャは困ったような笑みを浮かべた。
「優しいってのはいいことだけど――わたしがその借用書を持ってきた想いってのもくみ取って欲しいんだよね」
そして、ミーシャはこう続けた。
「人の好意は素直に受け取っておくれよ、イオス」
「……別にコツコツ貯めてから装備を買ってもいいじゃないか? 前の試算なら1、2年後には――」
「遅いよ」
俺の言葉をミーシャは一言で切り捨てた。
「この契約を結べば明日からでも強力な装備にできる。君はその1、2年を買うことができるんだ。その間グレイゴーストだけを狩る君とダンジョンの奥へと潜る君。どっちが成長していると思う?」
完全な正論だった。
俺は言葉に詰まる。
「それにね、ダンジョン奥へ早く潜るのは返済の面でも有利なの」
「どうして?」
「ダンジョン奧へと進めばモンスターの品種は増えて強さも増す。上層だと微妙な金額の魔石も高く売れるじゃない?」
「確かにそうだな」
「それはドロップアイテムも一緒でさ。層が深くなるにつれて価値の高いものが出てくる」
ぱちん、とミーシャが指を鳴らす。
「そこでイオスのシュレディンガーの猫だよ」
ミーシャは話をこう続けた。
「あなたの確定ドロップで高価なアイテムをざくざく集めるの。ひょっとするとグレイゴースト以上にうまいモンスターもいるかもね?」
――!
その言葉に俺の心臓はどくりと波打った。
確かに、それならば返済速度は加速するだろう。俺のシュレディンガーの猫があれば。
荒唐無稽な夢物語ではない。
「だからさ、イオス。わたしたちは早くダンジョンの奧へと進んだほうがいい。そのためにはこのお金が必要なんだよ」
俺の理性はミーシャの言葉を受け入れていた。さすがはミーシャの立てた計画。一片の狂いもない。
だけど、感情は。
「……ミーシャにだけリスクを負わせるわけには――」
俺はそう言った。
はあ、とミーシャがため息をつく。
「君も頑固だね! このわたしの完璧なプレゼンを聞いてもまだ折れないなんてさ! そこがいいとこなんだけど!」
ミーシャは、ははは、と笑った。
「あのさ、私に手伝いをさせて欲しいんだ」
「手伝い?」
「君という――伝説になる冒険者の」
「……え?」
確かに酒場でそんな話をしたけれど。あれはただの願望で。熱っぽい夢を語っただけなのに。
信じてくれているのか、ミーシャは。その言葉を。
「根拠のない話でもないよ。シュレディンガーの猫――その能力は途方もない気がする。だってさ……まだレベル2なんでしょ?」
にやりと笑ってからミーシャがこう続けた。
「レベル2ってことはさ、レベル3とか4があるわけじゃない?」
俺は思わず息を呑んだ。
ミーシャの指摘はまったく正しい。シュレディンガーの猫にはまだ先があるのだ――
その事実は俺の中で小さな火となって輝いた。
「わたしはね、君がどこまでたどり着けるのか見てみたいんだよ!」
ミーシャは少し考えてから言う。
「わたしたちは若い。わたしたちには未来がある。わたしたちの運命は輝いている。でもね、それは今だけなんだ。今の一瞬だけなんだ。時間はまだあるなんて思っていたらね――いつの間にかなくなっているんだよ」
だから、とミーシャは続けた。
「後悔させて欲しくないんだ。あのとき、わたしはあなたにできることがあったのに。もっとしてあげられたのに。わたしのせいで彼の歩みを遅らせてしまった、なんてね」
俺は手を握った。
ここまで言ってくれたのだ。ここまで言わせてしまったのだ。
ミーシャの覚悟を俺は受け入れ――
それを乗り越えていかなければならない。
「……いいんだな、ミーシャ?」
俺の言葉に、ミーシャが苦笑を浮かべる。
「何度も言わせないでよ。いいって!」
そして、にしししと笑ってからこう言った。
「それとも、伝説の冒険者は3000万ゴールドで尻込みするの?」
「そりゃまずいな。伝説が泣く」
俺は笑った。
「ありがとう。ミーシャの気持ちは受け取った。俺は――いや、2人で必ず最高の冒険者になろう」
翌日、3000万ゴールドが学院から引き渡された。
夜も更新します。お楽しみに。
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