第7話 グレイル、ビッグ4時代の自信を取り戻す
「乾杯!」
4人の声が唱和し、続いて、がしゃん、とジョッキ同士のぶつかる音が響く。
グレイルはジョッキを傾け、ビールをごくごくと水のように呑んだ。実に美味かった。ビッグ4と称えられた学生時代の思い出がよみがえり、麻薬のようにグレイルの精神を昂らせていたからだ。
ピーターセンがグレイルに視線を向ける。
「やはり4人揃ってこその俺たちだな。ピタッとパズルのピースがハマった感がある」
「ああ、俺もそう思うぜ!」
だん! と空になったジョッキを置いてグレイルが話を合わせる。
ピーターセンが目を丸める。
「もう飲み干したのか、グレイル!?」
「はははは、久しぶりの再会だ! 今日は底なしだぜ!」
「いいぞいいぞ! それはこっちのセリフってやつだ!」
グレイルたち4人はうまいものを食べ、アルコールを飲み、気の置けない仲間同士で『無敵だった学生時代の思い出話』に花を咲かせた。
グレイルは我を忘れて、その楽しい時間を堪能した。
おかげで、最近のろくでもない出来事ですり減っていた自尊心がむくむくと大きく育っていく。
(はははははは! そうだ! 俺はやっぱりすごい人間なんだ! ここだ! ここから俺は再起するんだ!)
グレイルの興奮はおさまらない。
彼らとの会話は尽きない。なぜなら、思い出話の中でのグレイルは最高だからだ。ビッグ4として君臨し、クラスメイトたちから尊敬と畏怖の念を集めていた青春時代。話しているだけで気分が良くなる。
どこまでも楽しかった会話だが、不意にピーターセンが話題を変えた。
「そうだ、グレイル。イオスはどうしたんだ?」
「あ?」
グレイルは心に冷水を浴びせられた気になった。この華々しく明るい雰囲気の場所には似合わない、地味で陰気な男の名前だった。
そんな小さな名前は吹き飛ばしてやれとばかりに勢いよくグレイルは口を開く。
「あいつは追放してやったよ! 猫を出したり消したりする能力なんて役に立たんからな!」
「そうか、ついに決心したのか。だけど、そんなことは前からわかっていたことだろ? なぜ卒業する前に見切りをつけなかったんだ?」
グレイルはピーターセンが言わんとしていることを理解した。
卒業前、グレイルはピーターセンに誘われていたのだ。俺たちビッグ4でパーティーを組んで最強を目指さないか、と。
グレイルはその誘いを断った。そして、舎弟のようなイオスを引き連れて自分のパーティーを作ったのだ。
単に自分がリーダーとして動きたかったからだが。
グレイルは、はっと短く笑った。
「俺は優しいからよ、哀れな幼馴染みが路頭に迷わないように気を使ってやったんだよ。まあ、その優しさも1年で我慢の限界を迎えちまったけどな!」
そこまで言った後、グレイルは首をかしげた。
「お前がイオスのことを話題にするなんて珍しいな?」
グレイルは腑に落ちないものを感じていた。イオスなど偉大なるビッグ4グレイルのおまけでしかない。ピーターセンが気にするような大物ではないのだ。
ピーターセンが答える。
「……実はな、今日――まさに今日、俺たちはイオスと会ったんだよ」
「イオスと? あいつこっちに来ているのか!?」
「ああ、戦士じゃなかったけどな」
「戦士じゃない?」
「魔術師に転職していたんだよ」
「うわっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
わいわいと騒々しい酒場であっても、周囲の人間が振り返るほどの大声でグレイルは笑った。
笑ってしまった。
笑わずにはいられない!
とうとう戦士に限界を感じて魔術師になった? 落ちるところまで落ちてしまった幼馴染みのことを思うとグレイルはおかしくてたまらなかった。
(イィィィィオオオオオス! お前は何をしている!? 今さらレベル1からやり直す!? 何を考えているんだ!? そんなのんびりとした成長で大丈夫か!? 炎の魔術レベル5を覚えるのはいつだ!?)
あの幼馴染みの鈍さは救いようがない。偉大なるグレイルの速度にはついてこれない――その見立ては正しかった。やはり切り捨てて正解だったとグレイルは思った。
ピーターセンが口を開く。
「久しぶりに会ってきたらどうだ?」
「会う? イオスとか? どこで?」
「アンバーマーのダンジョンでレベルアップしているらしい。F層のグレイゴーストが出るあたりで狩っていたから行けば会えるんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、またグレイルは笑い出しそうになった。
(グレイゴースト! イィィィィィオオオオス! お前はまだグレイゴーストにこだわっているのか!? 出もしない錬金の石を狙い続けているのか!? 俺のような強運の男だから1個ゲットできたというのに! お前はいつまでもそれにこだわっている!?)
グレイルの胸に哀れみが込み上げる。
「はっ! イオスと会うのも悪くはないな!」
グレイルは右手をさっと振り払った。
「だが、俺は優しいからなあ。戦士を辞めて魔術師になった――そんなみじめな姿を俺にだけは見られたくないだろう。行くつもりはないぜ!」
「……そうだな。まあ、お前とあいつの縁が切れているのは、俺にとっても都合がいいからな。会うつもりがないならそれでいい」
「どういうことだ?」
グレイルの質問に答えず、ピーターセンが質問を返した。
「グレイル、お前のレベルはいくらだ?」
「ああ……」
即答できなかった。グレイルはこの1年ほど足踏みしている。優秀なメンバーでパーティーを組んでいるピーターセンに叶うはずがない。
やや恥ずかしさを感じながら、グレイルは答えた。
「18だ」
「なるほど……ちなみに俺たちは22だ」
グレイルの心に苦い感情が広がる。ついさっきまで同じだと思っていたピーターセンたちが急に遠い存在に感じられた。
次にピーターセンが口にした言葉はグレイルの想像していなかったものだ。
「18と22――まあ、そう悪くはないか。ギリギリセーフだ」
「……ん?」
「グレイル。どうだろうか、俺たちとパーティーを組むのは?」
「!?」
「俺たちは今3人だけで動いている。もともといたパーティーを割って出てきたんだ。俺たちにふさわしい、俺たちの伝説を作るためのパーティーを作ろうとしてな」
そこで一拍の間を開けてからピーターセンが続ける。
「もちろん、メンバーにはこだわりたい。イオスのようなハズレスキルなんてもっての他、優良スキル持ち以外を入れるつもりはない」
ピーターセンはじっとグレイルの目を見つめる。
「そこでグレイル、お前だ。お前がちょうど俺たちの前に現れてくれた」
グレイルは己の心臓が跳ねるのを感じた。
来ている。流れが明らかに来ている! 今、運命のドアがグレイルの前で開こうとしている!
「お前は剣術持ちで――俺たちもよく見知っている。俺たちが作るパーティーにお前ほどうってつけの人材はいない。どうだろう、グレイル」
ピーターセンがこう続けた。
「あの日の続きをしようじゃないか?」
あの日の続き――その意味がグレイルにははっきりとわかっていた。
ピーターセンの誘いを断った日のことだ。ピーターセンは言っているのだ、あの日、イエスと答えていた未来に進もうではないかと。
グレイルは静かにこぶしを握った。
(……やはり俺は持っている! あの日の選択を間違いだと悔やむ日もあったが――またこうしてやり直しができるなんて! イィィィィィオオオオス! やはり俺の人生は最高だ! 悪いな、ど底辺をいくお前とは格の違いを見せつけちまって!)
グレイルはピーターセンの目を見て、にやりと笑った。
「望むところだ、ピーターセン! ビッグ4の俺たちでよお、伝説を作ろうじゃねえか!」
今ここから、グレイルの成り上がり伝説が始まるのだ!
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それからしばらく俺たちはアンバーマーのダンジョンにこもり、経験値を稼ぐ日々を送っていた。
俺の炎虎ダガーが容赦なくゴブリンを斬り捨てたときだった――
頭の中に軽やかな音が鳴った。
「「あ」」
同時にレベルが上がったのだろう、俺とミーシャは顔を見合わせる。たかだかレベル2だが、レベルアップはいつでも嬉しいものだ。
「にししし! やったねー、イオス! で、なんのスキルが出てきたの?」
問われて、俺はシュレディンガーの猫を意識下で開く。
そこにはこう表示されていた。
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Lv2の選択可能スキル 23:59
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魔力高揚Lv2
魔術(炎)Lv1
魔術(炎)Lv5
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