第6話 同期生、戦士ピーターセン
俺の目の前にいる3人の冒険者に、俺は見覚えがあった。
戦士ピーターセン。
神官クランツァー。
魔術師フィスアト。
3人とも俺と同じ冒険者学校の卒業生で――元クラスメイトだ。……クラスメイト以上の関係ではなかったけど。俺とではなく、グレイルと仲がよかった連中だ。
「イオスか! 久しぶりだな!」
ピーターセンが笑みを浮かべて話しかけてくる。
「……そうだな。久しぶり」
そんな俺の右腕をミーシャがちょんちょんとつつく。
「どういう関係の人?」
「学生時代の知り合いだね」
「ふぅーん」
ミーシャは3人をじっと眺めると、
「イオスの冒険者仲間です。お会いできて光栄です。わたしに遠慮せず、ゆっくりお話ししてくださいね!」
そう言って部屋の奥へと下がった。ミーシャの足元にニャンコロモチがそっとついていく。ミーシャの挨拶が淡白だったのは、俺の『あんまり歓迎していないオーラ』を感じ取ったからだろう。
ピーターセンが仕切り直すように口を開いた。
「グレイルは一緒じゃないのか?」
……まあ、そっちを聞いてくるよな……。グレイルと仲がよかったから。
「いろいろあって別れたよ。今はもう関係ない」
「そうなのか。それは知らなかったな」
なぜかピーターセンは少し考えるような仕草をした後、にこりと笑みを作った。
「……冒険者同士のことだ。一緒にやっていれば考え方の違いもわかってくる。別れるのも不思議じゃない」
そこまで言ってから、ピーターセンは首をかしげた。
「だけど、イオス。それより不思議なことがあるんだが――お前、戦士じゃなかったか?」
「……ああ」
杖にローブ姿。どこからどう見ても俺の姿は戦士ではない。面倒なことになってきた。転職はできるのだが、普通はひとつの職業を続けるのが基本だ。
それも、戦士から魔術師――かなり珍しい。
どう返事をしたらいいのかな、と思っていると、勝手にピーターセンが話を進めてきた。
「魔術師に転職したのか?」
「……まあ、そうだな……」
状況を説明するのが面倒だったので俺は曖昧に返事した。そもそも俺のスキル取得戦略は『シュレディンガーの猫』の特殊性を軸にしているので説明しにくい。
「そうか」
ピーターセンは肩をすくめた。
「冒険者をしていると本当にいろいろあるさ。己の限界に気付いて別の道を模索するのも悪くはない」
その声には微妙な優越感が含まれていた。自分が正しく進む戦士の道を、挫折した人間へと向けられる気持ちのよくない感情が。
「お前のスキル――猫を出したり消したりする『シュレディンガーの猫』だったか。手品っぽいよな? 確かに戦士より魔術師に向いているかもしれないな?」
ピーターセンが口元に笑みを浮かべて言うと、後ろの2人もあわせて笑う。
……やれやれ。
まあ、そういうやつらなのは知っていたけど。
もう会うこともないのだ。その誤解を解く必要もない。そんなことを感じるやつと話す時間もない。こいつらはグレイルの友人であって、俺の友人ではない。
俺は小さく息を吐いた。
「……頑張ってみるよ。俺が見つけた新しい道を」
話は終わった。
俺たちに別れを告げて出ていこうとするピーターセンに向かって、ミーシャが声をかける。
「ねえねえ、お兄さん。お兄さんたちのレベルはいくらなの?」
「レベル22だ」
振り返り、自慢げな口調でピーターセンが胸を張った答える。
「同世代ならトップレベルだと思うぜ?」
自尊心にあふれたピーターセンの顔をじいっと眺めてから、にっこりほほ笑んでミーシャが言う。
「レベル22。ふぅん、すごいね!」
「いずれ有名になるからな。俺たちと話したこと、自慢してくれてもいいぞ? ははははは!」
そう言うと、ピーターセンたちはダンジョンの奥へと向かっていった。
……ふぅ……やっとどこかに行ってくれた。
「感じ悪ぅ」
「ににうぅ」
そんなことを言いつつ、ミーシャとニャンコロモチが俺に近づいてくる。
「あれ、イオスの学生時代の友達?」
「まさか、グレイルの友達だよ」
「あはははははは! ならよかった! もし友達だって言ったら、付き合う友達は選ぶように忠告するつもりだったんだよ!」
そこまで言ってから、ミーシャは、あっ、と言った。
「グレイルと幼馴染みの時点で友達選びの基準がおかしいか?」
「ミーシャの毒舌が止まらないね」
「なんだか聞いててイライラしたからね。くっそー、うちのイオスは剣聖でレベル27なんだからな! って言ってやりたかった!」
「はは、ま、俺たちが知っていればいいことさ。言い返しても得なんてない」
「あの人たち、すごい自信たっぷりだったけど、なんなの?」
「ああ……ビッグ4の3人だからね」
「なにその、ダサいフレーズ?」
「なんて言うのかな……学校カーストの上位4人のことをそう呼んでいたんだよ」
「ビッグ4ってことは、もう一人いるの?」
「グレイルだよ」
その言葉を聞いた瞬間――
「グ・レ・イ・ル!」
ミーシャが爆笑した。
お腹を抱えてダンジョン中に響いているんじゃないかという大笑いをした後、ひひひ、とまだ笑いの余韻を引きずりながらミーシャが口を開く。
「グレイルごときがビッグ4とは、笑わせてくれますにゃー」
「なんだかんだで剣術スキルが優秀だからね」
あと、グレイル本人も実は優秀なのだ。とっさの判断力や臆さない勇気、独善的だけど人を引っ張るリーダーシップ――ビッグ4と呼ばれるに足る人間なのは確かだ。
「イオスはビッグ何番だったの?」
「俺は、ビッグも何も、ただのど真ん中だよ」
当時の俺は可もなく不可もなくだった。あの頃のシュレディンガーの猫はハズレスキルだったが、別にそれは俺の劣等を意味しない。そもそも当たりスキル持ちが少ないからだ。
ど真ん中だったが、幼馴染みのグレイルがビッグ4だった関係で俺はピーターセンたちとは接点が多かった。あまりいい思い出はない。自分たちは特別なのだと思うキラキラ集団に平凡な俺がいるのだ。居心地の悪さが半端ではない。おまけにグレイルはそんな俺をイジってくるのだから実に面倒だった。
……思い出すだけで気分が滅入る……。
「ど真ん中! 実にイオスらしいね! ふふふ!」
「おいおい」
「でもさ、今は先頭集団だもんね! 自称同世代トップレベルよりもはるかにレベルが上なんだからさ! どーんなもんだい!」
そう褒められると少しばかりこそばゆい。照れた気持ちを隠しつつ俺はつぶやいた。
「……ま、どうでもいいことさ」
俺は『宵闇の光刃』というはるか高みを知っている。その背中の遠さを思えば、俺が同世代のどの位置にいようが関係ない。
慢心している暇などない――
ただただ、強くなるだけだ。
その想いは小さな炎となって俺の胸を熱くする。
「……そろそろ行こうか、ミーシャ。俺たちは俺たちなりに強くなる。そうだろう?」
「うんうん! そうだね!」
俺たちはダンジョンの奥へと向かい、経験値稼ぎを再開した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜――
アンバーマーの街をひとり歩いていたグレイルは酒場へと入っていった。
酔っ払いたちの声が響き渡る明るい店内。カウンターには寄り付かず、グレイルはずんずんと酒場の奥へと進んでいく。
グレイルが足を止めた。
そのテーブルには見知った連中が座っていた。1人がグレイルを見て、にやりと笑う。
「久しぶりだな、グレイル」
「久しぶりだな、ピーターセン。クランツァー、フィスアト」
グレイルは3人の名前を順に呼んだ。
ピーターセンたちとは旧知の仲だ。彼らがアンバーマーで動いているのも知っている。フラストの街を出る前にグレイルはピーターセンたちに手紙を送っていたのだ。
お互いに充実した学生生活を送った間柄だ。昔の信頼関係が一瞬で復活する。
周囲の空気までが『無敵だった学生時代』に戻ったかのようだ!
(……くくくくく! そうだ、これだよ、この感じだよ! この空気感を俺は求めていた!)
上機嫌になったグレイルは3人と同じテーブルに座る。
そんなグレイルにピーターセンが話しかけた。
「さっさと酒を注文しろ、グレイル」
ピーターセンがジョッキを目の高さに掲げる。
「無敵のビッグ4の再会と――再結成を祝おうじゃないか!」