第5話 イオス初の魔術発動? 『ファイアアロー(物理)』
そんなわけで俺たちは冒険者ギルドで転職した。
俺は魔術師に、ミーシャは軽戦士に。
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名前 :イオス
レベル:1(魔術師)
攻撃力:86(+50)スタッフ
防御力:86(+30)ローブ
魔力 :150(+100) スタッフ
スキル:シュレディンガーの猫、剣聖、ウォークライ、強打Lv3、闘志Lv3、速剣Lv3、忍び足Lv5、暗殺術、バックスタブ
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新しい職業に新しい装備で、俺たちはアンバーマーの街を歩いていた。
「どう、イオス? 魔術師の装備は?」
「いろいろ心もとないな……」
鋼の鎧でもなく革の鎧でもなく、ひらひらのローブだけ。これ防御力あるの? ミーシャが魔術師なんて紙装甲とよく自虐していたけど、その気持ちはわかるな。
「にししし! 魔術師の気持ちがわかったかーい?」
「よーくわかったよ」
「じゃあ、もっと深く知るために、三角帽子もかぶってみようか?」
「いやいや、いいよ!」
ミーシャのトレードマークである三角帽子、もちろん俺はかぶっていない。
さすがにあれは――
「そもそも三角帽子をかぶっているの、ミーシャだけだろ?」
普通の魔術師でかぶっている男も女も見たことがない。
「ふっふっふっふっふ。みんな知らないからねー。ローブと三角帽子を組み合わせると防御力が1000になる抜け穴があるのを!」
「え、本当!?」
「嘘でーす!」
そう言って、ミーシャがけらけらと笑った。
「ただの懐古趣味ですにゃー。絵本とかの魔術師ってとんがり帽子をかぶっているでしょ?」
「ああ、確かに」
「昔の魔術師は三角帽子をかぶっていたんだよ。それってカッコいいなーと思ってマネしているわけ」
「ふぅーん」
カッコいいかな、それ……?
「あ、イオスくぅーん!? 今、カッコいいかな、それって思ったでしょ!?」
バレてる!?
「え、いや、そ、そんなこと、ぜ、全然思って、思ってないよ!?」
「へいへーい、焦ってる焦ってるぅー!」
そう言ってから、ミーシャが大笑いした。
「イオスくんはすぐ顔に感情が出やすいのでわかりやすいですね〜」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
言い返せない……自覚があるし――そもそもミーシャとポーカーをして勝った記憶がない。ポーカーフェイスという言葉とは無縁らしい。
「落ち込まない落ち込まない! そういう素直で正直なのは美徳だとミーシャさんは思うよ!」
「……ありがとう」
本当に褒められているんだろうか、これ……。
俺は咳払いして話題を変えた。
「ミーシャ、軽戦士なんだな」
「うん! イオスが魔術師だから、わたしが前衛しなくちゃね!」
「にゃあん!」
ミーシャの肩に乗っているニャンコロモチが抗議の声をあげる。
「にししし! 俺のことを忘れるなよって? 忘れてないよ! 一緒に頑張ろうね、ニャンコロちゃん!」
そんなミーシャの装備は『軽戦士』仕様だ。
高品質なブロードソードに、(交渉上手なミーシャがマグダリア商店でおまけでもらった)高品質なチェインメイル、それと俺が使っていたお古のバックラー。
……まあ、軽戦士仕様というか、外見だけだと昔の俺と一緒だが。
軽戦士とは戦士や魔術師と同じく基礎職業の一種だ。前衛職だが、その名前の通り、プレートメイルのような重厚な装備ができない。
これだけだと戦士の劣化に思われるかもしれないが、装備には数値に現れない効果がある。例えばバックラーは防御力だけ見ればラージシールドの劣化だが、軽さによる取り回しの良さのおかげで回避力は高い。同じ理屈はチェインメイルにも当てはまる。
なので、軽装備縛りは決して弱点ではない。立ち回りが違うだけだ。
あとスキルの構成も違う。軽戦士は『当たらないこと』や『接近戦』に特化して、そちらのスキルが多い。
上位職には素手で戦う『武道家』などがある。
歩きながらミーシャがいきなりファイティングポーズを取り、しゅっしゅっ! と左右のパンチを繰り出す。
「武道家を目指すよ!」
「その腰の入っていないパンチじゃ道のりは遠いんじゃ?」
「にし!?」
そんな会話をしながら、俺たちはダンジョンにやってきた。
アンバーマーの街もピプタットと同じく街中にダンジョンがある。違うのはダンジョンの入り口近くにドカンと大きな立て札が刺さっていることだ。
『冒険者学校の生徒が出入りしていますので、ご留意ください。腕に緑の腕章をつけております。何かしらありましたらアンバーマー冒険者学校まで』
と書かれている。
……懐かしいな。俺が学生時代に何度も見た看板だ。
「ここからイオスが通っていた冒険者学校は見えるの?」
「ああ、すぐそこだよ」
ぴっと俺は指をさした。
本当にすぐそこなのだ。アンバーマー冒険者学校はダンジョンのすぐ隣にある。そこに大きな校舎がどーんと建っている。
「あれが、俺の通っていた学校だね」
「おおおおおおおお! 今度、見学に行こうよ!」
「構わないけど、ただの学校だからそんなに楽しいものでもないよ」
学校の見学自体は難しくない。普通の学校よりはセキュリティが甘いのだ。なぜかというと、冒険者学校だから。不測の事態でも自分で対応できると信じられているので、その辺は緩くなっている。
そんなわけで、俺たちはダンジョンの中へと進んでいく。
もうすっかり忘れてしまったと思っていたけど――
そんなことはなかった。
ダンジョンへと降り立った瞬間、まざまざと記憶がよみがえる。どの道を歩けばどこにたどり着くのか。頭の中に地図が一瞬でそれを教えてくれる。
「イオス、道案内は任せたよ?」
「大丈夫。庭みたいなものさ!」
そうやって道なりに歩いていくと――
「あ、グレイゴースト!」
ミーシャが興奮の声をあげる。
灰色のローブを着た幽霊がふわふわと漂っている。そう、俺が最初に目指したのはグレイゴーストの出没スポットだ。
「日課は忘れちゃいけないよな?」
俺はにやりと笑ったが――あまり続かなかった。
「……お金、だいぶ使っちゃったから……稼がないとな……」
「……うん……」
ミーシャもがっくりと肩を落とす。
ラルゴリンの盾にブレンネン・ティーゲルのローブ。さすがに金を使いすぎた。フラストの街ではF〜Eのモンスターばかり倒していたので、金策はあまりやっていないのだ。
……まあ、まだ慌てるような金額ではないのだが、一時期に比べるとかなり減ってしまったからな……。
「頑張って稼ぐぞ!」
気を取り直した俺はグレイゴーストに向けて杖を向けた。
マジックアロー!
と叫ぼうとしたが――
「……ん?」
そこで俺はふと気がついた。
「スキルを取っていない!? 魔術が使えない!?」
ていうか、レベル1だとスキルポイントが10しかなくて、どの魔術も覚えられない!?
「にゃっはっはっは! そう、魔術の道は一日にしてならずなのだよ! 精進したまえ、イオスくん!」
「にゃあ!」
そんなことを叫びつつ1人と1匹がグレイゴーストに襲いかかる。
くっそー!
俺は腰から短剣を引き抜いた。
フラストの街で作った炎虎ダガーを。魔術師でもダガーなら装備できるのだ。
「ファイアアロー!」
叫びつつ、ダガーを投擲する。それは狙い違わずグレイゴーストの胸元に突き刺さった。
炎虎ダガーの攻撃力は+480。
合計566の物理攻撃を喰らい、グレイゴーストは一撃で撃沈した。
ミーシャが振り返る。
「物理的ファイアアロー(笑)」
「意外と役に立つな」
ちょっと大人気なかったな……。勢いだけでやってしまったが、いろいろと恥ずかしい……。顔が熱くなるのを感じてしまう。
「ま、まあ、その……グレイゴーストは俺が倒さないと『錬金の石』をゲットできないからな、ははは」
そう言いつつ、俺はグレイゴーストにリトリーバーをかざす。
ころん、と錬金の石をゲットした。
これで日課終了、と。
「さて、それじゃ、次に――」
炎虎ダガーを回収した俺がそう言ったとき、何人かの冒険者たちが部屋に入ってきた。
彼らと俺の目が合う。
彼らの1人が思わぬ様子で声を漏らした。
「お前、イオス……? イオスなのか……?」
そう言った男の名前を、俺もまた知っていた。
ピーターセン。
俺の冒険者学校の同期生だった男だ――