第1話 イオス、卒業した冒険者学校のある街に戻る
「おおおおおお! ここがイオスの原点かああああああ!」
「そんな大層なものじゃないよ」
興奮するミーシャに、俺は苦笑しつつ言葉を返す。
ここはアンバーマーの街――大きな特徴は『冒険者学校』があることだ。
冒険者学校とは、その名のとおり、冒険者を育成するための学校である。入学することで各職業の基礎を学び、自分が専門と決めた職業をレベル10まで育てることになる。
俺はここにあるアンバーマー冒険者学校で学び、戦士としての技術を学んだのだ。
そんなわけで原点なのは確かだが、その大仰な言葉はさすがにむずがゆい。
「……まあ、だけど、懐かしいのは確かだな……」
街路を歩きながら、俺はそうつぶやいた。
景色に見覚えがある。ここを出てからもう2年。いや、まだ2年。2年では何も変わらない。見える景色のほとんどを俺は知っている。
戻ってきた、そんな感じがした。
ミーシャが胸元で抱いているニャンコロモチに向かって話しかけた。
「ニャンコロちゃん! 君は覚えているかい!?」
「にゃあ?」
威勢のいいミーシャの声をいなすように、ニャンコロモチは気のない返事をして首をかしげた。まるで興味も記憶もありませんが? という感じで。
「このこのこの! 気づいているくせにいいいいいいい!」
そう言うと、ミーシャはニャンコロモチに頬をすりつけた。ニャンコロモチは、やれやれ、またそれか、という感じの表情でじっとしている。
「にしししし! ついにニャンコロちゃんの正体がわかるかもね!」
「ああ、そうだった」
……すっかり忘れていた。
もともとそれが理由で、俺とニャンコロモチが出会ったアンバーマーの街にやってきたのだった。
氷の衛士ラルゴリンやら宵闇の光刃やら商会のおっかない双子やらのせいで頭から飛んでいた。……普通に、何回か死んでいてもおかしくない状況だったからなあ……。
「ああ、そうだった――忘れていたなんて、ちょっと薄情だぞ、イオスゥ!」
そう言うと、ミーシャはドーンと横を歩く俺の身体に体当たりしてきた。
「あたたたた!?」
「にしししし!」
そんなやりとりをしつつ、俺たちは宿に向かった。レベルアップに加えて、街の観光もするし、ニャンコロモチの秘密も調べる。長期の滞在になるだろう。
カウンターで手続きをすませ、俺たちは借りた部屋へと入る。
「うーん、広い部屋はいいねえ!」
ミーシャが部屋を見回しながら口を開いた。
フラストの街と同じく、2部屋と居間がある大きめの部屋を借りた。部屋は互いの寝室として使い、居間は共同スペースとして使う。ミーシャとは一緒に動くことが多いので、同じ場所で生活したほうが便利なのだ。
お互いの部屋で荷物整理をした後、俺とミーシャは居間のテーブルで向かい合った。
ミーシャが口を開く。
「さて、アンバーマーの街で最初にするべきことは何ですかにゃ?」
「何からしようか? することが多すぎるな……」
「なーに、とぼけているの! ラルゴリンの鉱石をどうするかでしょ!?」
「ああ」
確かにとても大事なことだ――レアモンスターの鉱石。いい装備になるはずだ。
「……だけど、良いものすぎて出し惜しんじゃうな」
「ダメダメ! 決断は今この瞬間に! いつだって勝負のときは今日この日なのだ! 出し惜しむには、人生は短すぎるぜ、イオスくん!」
……言い返せない。さすがは俺のために3000万の借金を背負う決断をした女傑だ。
ミーシャの言葉は確かに正しい。
「そうだな。とりあえず、相談してみるか」
そんなわけで明日、俺たちはラルゴリンの装備について聞きにいくことにした。
新しい装備を作るのは実に胸が華やぐ。早く明日にならないかなと俺は思った。
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そんなわけで翌日、俺とミーシャはアンバーマーでもっとも大きい武具屋『マグダリア商店』へと向かった。
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名前 :イオス
レベル:27(剣聖)
攻撃力:424(+510)魔狼ブロードソード
防御力:316(+440)大緑鱗スケイルシールド/青火鳥チェインメイル
魔力 :262
スキル:シュレディンガーの猫、剣聖、ウォークライ、強打Lv3、闘志Lv3、速剣Lv3、忍び足Lv5、短剣術、バックスタブ
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店に入ると奥へと進み、カウンターへと近づく。
そこにいる店員にこう声を掛けた。
「すみません、ラルゴリンの鉱石で装備を作って欲しいんですけど……」
若い男性店員は俺の顔をぽかんとした表情で見つめた。
「ラルゴ、リン……?」
おっしゃっている意味がわかりませんが、という感じの目で俺を見てくる。
俺は補足した。
「えーと……ほら、氷の衛士で、ネームドの――」
「氷の、え、ええ? あの、フラストの街のラルゴリンですか?」
「そう、あのフラストの街のラルゴリンですよ。その鉱石で装備を作って欲しいんです」
俺の言葉に動揺した店員は、
「あ、あの、すす、すみません! 私じゃ判断できないので、店長を呼んできます!」
そう言うと、ばたばたと店の奥へと消えた。
……まあ、一年に一回しか手に入らない鉱石が出てきたのだ。びっくりするよな……。
しばらくすると、かなり体格のいい中年の大男が店員に引き連れられてやってきた。
「俺が店長だ。こっちが専門でね――」
そう言って、店長はハンマーでものを叩くマネをした。
「口調は勘弁してくれ。その代わり、専門知識は誰にも負けない」
「わかりました、大丈夫ですよ」
「で、あんた、ラルゴリンの鉱石を持っているって……本当なのか?」
「はい」
口で言っても信じてもらえないだろう。俺はカウンターの上にラルゴリンの鉱石を置いた。
「……鑑定させてもらうぜ」
店長はそう言うと、カウンターの上にある機材に手を伸ばした。機材から引っ張り出したスティック状の計測具を鉱石に近づける。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ――
機材から音が鳴るたびに、店長が計測具を動かしていく。
すでに何度か見たことがあるが、鉱石の鑑定をする装置らしい。瘴気から生まれたモンスターが残す鉱石――それにはそのモンスター固有の瘴気が焼き付いており、それを調べると産出したモンスターの種類がわかるそうだ。
「……ラルゴリンみたいな珍しいのもわかるんですか?」
「わかるさ。武具屋同士で情報連携しているからな。わからないのは新種くらいなもんさ」
そう言うと、店長は計測具を機材に戻した。
「びっくりした。本当にラルゴリンかよ……」
言いながら、店長の口元がにやりと笑う。
「とんでもないものを持ち込んでくれたな。30年の鍛冶屋人生で初めての代物だ。おい、こいつをうちに任せてくれるってのか?」
……すごいやる気だ。
困ったな、とりあえず話を聞きに来ただけとか言いにくいぞ。
「その前に……何を作ったらいいのか悩んでいて」
「そりゃそうだな、作っちまったら後戻りはできない。慎重になるのも当然だ」
そう言うと、店長は少し考えてからこう続けた。
「ラルゴリンだったら、盾を作るのはどうだ? 固有スキルがいいんだよ」