第28話 宵闇の光刃vs黒白の双子
「姉さん、ラルゴリンが見えたよ」
双眼鏡で下を眺めていたギルテアがそう報告した。
ラルゴリンが見えた――
雪夜の底で輝くレッドベリルの魔術陣の上に。
準備した網に獲物はかかった。
「それは朗報ね。さっさと発動させて終わりにしましょう。ホント、寒くてうんざりするわ」
リステアは上機嫌な口調で言って口元を緩めた。
レッドベリルの発動は最終工程の直前で止まっている。
ラルゴリンがいないのに発動しても意味がないからだ。いよいよ主役の登場、リステアたちは時計の針を前に進めることができる。
(足遅すぎでしょ、ラルゴリン? うんざりするわ……)
実に最悪の仕事だった。ラルゴリンごときにここまでの手間をかけさせられて、寒い山で延々と作業する。
やってられねーというのがリステアの本音だった。
だが、と少し気を取り直す。どんなクソ仕事でも終わればそれなりに気持ちいい。
ゴールは見えている。あと少しの我慢だ。
「……さて、それじゃ発動を急ぎましょう」
リステアは再び魔術陣を稼働させた。
魔力が魔術陣を駆け抜け、沈静化していた輝きが再び旺盛に夜を染め上げる。中央にある、鉱石を積み上げた燭台の炎が一段と強く燃え上がった。
刻々とレッドベリルの発動が近づいている――
そのとき。
「姉さん、来たよ」
「……みたいね」
雪景色の向こう側から2人の男女が歩いてきた。
(……やれやれ、ホント今回の任務って面倒ね……)
だが、それは『面倒』なだけだった。
相手の正体がわかっていても――リステアに敗北する予感などかけらもない。
なぜなら、リステアたちは彼らよりも強いのだから。
男が魔術陣の手前で足を止めて叫ぶ。
「宵闇の光刃のフィラルドだ! この魔術陣を解除して早々にここから立ち去るがいい!」
「自己紹介ありがとう。ご高名は伺っているわ」
リステアは肩をすくめた。
「でもね、わたしの一存じゃ決められないのよ。上の命令だから」
「……そう言うと思ったよ」
フィラルドは説得などするつもりはない様子で言い捨てると、すぐさま腰の剣を引き抜いた。
「悪いが、そいつを発動させるわけにはいかない。首を刎ねてでも止めさせてもらうぞ」
「あっはっはっはっは! 言うじゃない? やれるもんならやってみみれば? 後ろにある燭台を壊せればあなたたちの勝ちよ?」
鋭い音が鳴る。
「できないけどね」
引き抜いた黒の短剣と白の杖剣を構えてリステアが言い切った。
「だって、あなたたちはわたしたちよりも弱いから!」
「どうだろうな!」
4つの影が激突した。
リステアが振るう2本の剣がすさまじい速度でフィラルドに襲いかかる。
ブレンネン・ティーゲルを一瞬でなます斬りにした連撃を――
フィラルドは剣と盾で防ぎきった。
「はははは! やるじゃない!?」
「これでも鍛えているんでね!」
フィラルドが剣を振るう。並みの相手であれば、かわすことも防ぐこともできず真っ二つになる強烈な斬撃だ。
だが、リステアも並みではない。
フィラルドの正面に立ったのは一瞬、すでにそこにはいない。フィラルドの一撃はむなしく空を切る。
別の場所ではギルテアと大盾を持ったアイリスが戦っている。
ギルテアの両手剣によく耐えているが――耐えているだけだ。
そして、リステアは己の優勢もまた確信していた。
リステアの双剣が放つ暴風のような攻撃をフィラルドはよく防いでいた。だが、完全には防ぎきれていない。じわじわと小さなダメージを蓄積している。
防御に専念してこのざまだ。
「手が止まっているけど大丈夫ぅ? 眠ってたりするぅ?」
リステアの煽りを無視して、フィラルドは無言で攻撃を防ぎ続けている。
そんな一方的な展開はリステアを気持ちよくさせた。
表舞台で華やかに活躍している実力派冒険者であっても、自分の前ではこのざま。
世間のレベルの低さ――己の優秀さを思うと実に心地よい。
リステアたちが優勢のまま時間が刻一刻と過ぎていく。
足下で光る魔術陣の輝きは強いきらめきへと変わっていた。
「あっははははは! どうしたの、光刃? この程度? もうレッドベリル発動しちゃうんだけどぉ?」
リステアは優越感に浸っていた。
――だから、油断していた。
斬!
リステアの後ろで気配が生まれた。その気配の斬撃が容赦なく燭台を叩っ切る。
振り返ったリステアが見たものは――
真っ二つになった燭台の映像と、その横でブロードソードを振り切った斥候ダリルの姿だった。
「なっ――!」
瞬間、リステアは理解する。
フィラルドとアイリスは囮で本命はダリル。ダリルはどこかで息を潜め、この瞬間を待っていたのだ。
「なーんてね」
「むっ!?」
音を漏らしたのはダリルだった。
鏡が割れ砕けるような音ともに斬り捨てた燭台が消えた。そして、少し離れた場所に同じものが現れる。
これが怪盗の固有スキルだ。
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ミラーリングカバー
効果時間:4時間
リキャスト:4時間
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・対象と同じ形状の幻影を対象の10メートル内に産み出す。
・幻影が破棄されるまで、対象は隠蔽される。
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つまり、ダリルが斬ったものはフェイク。
「あっはははははは! 保険くらいはかけているでしょ、普通!?」
「ちっ!」
ダリルが腰の短剣を引き抜き、間髪入れずに本物へと投げる。
「甘い!」
リステアの身体がかき消える。
固有スキル『瞬間移動』を発動したのだ。次の瞬間、リステアは燭台の前に姿を現した。
リステアは短剣を振るい、ダリルの投げた短剣を弾く。
「はっ! 残念だったわね!」
両手を広げて、勝利を確信した声でリステアは叫ぶ。
「見なさい、この輝きを! このきらめきを! 今こそレッドベリル発動のとき! もう誰にも止められない! わたしたちの勝ち! あなたたちの負けよ!」
ダリルはそのとき、ふっと笑った。
「……それはどうかな?」
その直後――
リステアの優秀な耳は謎の音を確かに聞いた。
「え?」
リステアは視界の端で確かにそれをとらえる。虚空の闇を切り裂いて飛来する鮮やかな閃光を。
(な、え、超長距離からの狙撃? ……誰が!?)
リステアが動揺すると同時。
ごうん!
轟音ともに燭台がエネルギー弾によって打ち抜かれた。
儀式の強制終了。
発動寸前だったレッドベリルのエネルギーが方向を失って暴走し始める。
「しま――!?」
リステアが逃げるよりも早く。
燭台にある鉱石が爆発、その爆風にリステアは呑み込まれた。