第27話 暗殺者イオスvs氷の衛士ラルゴリン
俺は息を潜めてラルゴリンの動きを注視する。
ラルゴリンは重々しい足取りで進む。外見どおり、あまり機動力はないのだろう。
ゆっくりと縮まる距離。待つ側の俺にはとても長く感じられた。集中力が乱れそうになったときは、右手に持った短剣を強く意識する。
一撃ですべてを決する。一撃のためにすべてをととのえる。
弱者が強者を穿つための、ただ一撃の機会。
油断など、ひとかけらもあってはならない!
だんだんとラルゴリンの姿が大きくなっていく。どうやらラルゴリンは俺の視線の先にいる『頭がまともな剣術スキル持ち』を狙っているようだ。
……まだまだ距離があるので、近くに移動しなければ。
俺は壁から壁へと移動した。
スキル忍び足を発動、鎧の音も足音も消し去り、俺は無音のままに距離を詰めていく。
今まで感じたことがない緊張感だった。
戦士であれば何も考えずに正面から挑むだけ。ただ己の強さを相手にぶつけるだけ。
攻撃力と防御力をぶつけながら生命力を削る――
シンプルな世界がそこにあった。
だが、今は違う。
視界と聴覚をあざむきながら距離を削る。
一瞬のミスが命取りになる緊迫感はすさまじいものがあった。
そんなことを繰り返しながらどうにかこうにか俺はラルゴリンに近づいていく。
……だが、そこで俺はあることに気づいてしまった。
間に合わない。
このままだと近づいた俺がバックスタブを決めるよりも先にラルゴリンが剣術使いの戦士にたどり着いてしまう。
そうなるとどうなる?
剣術使いの戦士は殺されるだろう。
だが、それはチャンスでもある。
剣術使いを犠牲にして、その間に近づいて背後からバックスタブを叩き込む。
……おそらく、それは正しい判断だ。
たった1人の犠牲で俺はラルゴリンを倒し、他の冒険者たちも救うことができる。
ありがとう、剣術使い! 君の犠牲は忘れない!
だけど、俺はその考えに違和感があった。
やりたくない――
そんな感情的な言葉が頭をもたげる。
きっとそれは、俺もまたフィラルドと同じく『人がいい』から。
他者の犠牲というものを簡単に割り切れない。助ける方法はないのか? そんなことを考えてしまう。
イオス、甘いぞ! ラルゴリンを確殺することを優先しろ! お前が倒れたら被害が増えるんだぞ!
わかっている、そんなことは。
だけど、それでも――やはり俺には違和感があるのだ。
石碑側は見捨てろ、そう仲間たちから言われたフィラルドが最後まで悩んでいたのと同じように。
損得で言えば損で、きっと甘い判断なのだろうが――
やっぱりみんなが助かる道を考えたい。
そんな甘い考えを――きっとフィラルドなら肯定してくれるはず。
……あと個人的なことだが、グレイルに苦しめられた俺としては、まともな剣術使いというだけで肩入れしてしまうのもある……。
そんなやつには死んで欲しくないな。
決めた。
彼を助けよう!
俺は腰に下げていたライト・スティックを向こう側の壁めがけて放り投げた。
かきん!
乾いた音が無音の世界に響き渡る。
剣術使いの直前まで近づいていたラルゴリンが足を止めた。
その巨体がぎしぎしと音を立てながら音の鳴った方向――俺のいる方角へと向く。
もちろん、俺は壁に身を隠しているので見えてはいないが。
間違いなく――
ラルゴリンはそこに『何かがいる』と知覚している。
……さて、とりあえず剣術使いは助けたが……。
最大級の警戒度で俺のほうを向いているラルゴリンの背中に、どうやってバックスタブを叩き込むかだ――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「我に策ありですよ!」
山頂にたどり着く直前、ミーシャはそう言うと、フィラルドたちと別行動を取った。
頭のいいミーシャは地図を見て山の構造を完全に把握している。同じ山頂でも双子たちが布陣する位置よりも、少し高所に位置する場所に移動した。
鉱石魔術レッドベリルの輝きがよく見える。
「にししし! 寒いね、ニャンコロモチちゃん!」
「にゃーん」
ミーシャはニャンコロモチを抱きかかえながらじっとしている。
サボっているのではなく――
時が来るのを待っているのだ。
刻一刻とレッドベリルの魔術陣が夜空に放つ赤い輝きは数を増していく。ほとんどの人間にとって、それは禍々しいだけの情景だろうがミーシャにとっては情報のかたまりだった。
彼女の優秀な頭脳は発動までの時間を正確にはじき出すことができるのだから。
「……うーん、そろそろかなあ……」
そう言うと、ミーシャは抱えていたニャンコロモチを下ろした。
「ニャンコロモチちゃん、もし変なのが来たら、わたしを守ってくれよ?」
「にゃん!」
「にししし! 頼りにしてるぞぉ!」
ミーシャはニャンコロモチから離れた。
三角帽子のつばを指先でおさえ、じっとレッドベリルが放つ輝きを見つめる。
やがて――
「4大を統べしものミーシャより、彼方に住まうもの、見えざる果てに住まうもの、波と固のはざまに住まうもの――観測者に願い申す!」
ミーシャはスキル『4大を統べしもの』を開く。
光刃と商会。
2つの巨大な力がぶつかる最前線でミーシャの居場所などあるはずがない。
だから、何もできない?
違う。
前提を変えるだけだ。そこで戦えないのなら、戦える場所で戦う。
商会の双子は光刃以外の存在を意識しないだろう。
名もなきものが蠢動したところで状況は変わらないと思っているだろう。
その傲慢にこそつけいる隙はある。
イオスの一刺しがラルゴリンに届くように、弱者の全身全霊が強者の油断を打ち抜くことはままある。
その瞬間にすべてを叩き込むだけだ。
「今ここに汝の秘めたる偉大なる力、4大の一端を開示されたし!」
ミーシャの足下に絢爛たる輝きを放つ魔術陣が現れた。