第25話 作戦会議
「まさか、あれって鉱石魔術……!?」
そんなミーシャの言葉に、俺だけではなく光刃のメンバーまで彼女を見た。
俺が質問する。
「ミーシャ、知ってるのか?」
「うん……学院時代に論文で読んだことがあるくらいだけど……えーとね、モンスターを倒したら出てくる鉱石、あるじゃない? あれを触媒として発動する魔術のことだね」
「強いのか?」
「もちろん」
ためらいなくミーシャがうなずく。
「モンスターの鉱石ってのはね、ただの鉱物じゃない。モンスターの力そのものが詰まっている。そこに内在するエネルギーを攻撃魔術に転用するんだから、むっちゃ強い」
「どれくらい?」
「長距離、広範囲に高エネルギーを展開するからね。普通の魔術とは比べものにならないかな」
「まじか……。もう全部それでいいんじゃないか……?」
俺の言葉にミーシャは首を振った。
「それ以外が全然ダメダメなんだよね。発動までむっちゃ時間かかるし、狙う場所は開始時点で決める必要があるし、狙った範囲には大きな魔術陣が浮かび上がるし」
ん?
つまり、いきなり足下に魔術陣が浮かび上がってくると。そして、その位置は変えられないと。で、むちゃくちゃ時間が経ってから、ぼーんって爆発する――
「当たらないだろ!?」
鉱石魔術を知らない相手への初見殺しなら使えるかもしれないが……いや、無理だ。足下に魔術陣が浮かび上がってきたら逃げる。
「うんうん、普通は当たらないんだよねー」
あっはっはっは、とミーシャが気楽に笑う。
「狙う相手の位置を固定しないと――」
そこまで話したところで、いきなりミーシャが黙り込んだ。やがて、ぽつりとつぶやく。
「……そっか。今回は誘い出せるのか――」
それから、ミーシャはフィラルドに視線を向ける。
「あの、フィラルドさん。ラルゴリンって石碑を壊した相手を追いかけてくるんでしたっけ?」
「そうだが?」
「……うーん……嫌なこと思いついた……」
「どんなこと?」
俺がうながすと、うんざりした顔でミーシャが答える。
「あのね、どこかの誰かさんに石碑を壊させた後……そう、毒でもなんでもいいけど動けなくしてさ、放置する。すると怒ったラルゴリンがやってきて、そこに――」
両手を開けてミーシャがこう続けた。
「どかーん!」
確かにそれならば、この当てにくい鉱石魔術を確実に当てることができる。
「鉱石魔術が狙っている場所もね、ぽいんだよねー……」
「わかるの?」
「魔術師なら誰でもわかるよ。簡単にたどれるくらい魔力が漏れているからね。……あっち」
ミーシャが指した先は――
石碑のある方角だった。
全員が顔を見合わせる。
俺はミーシャに言った。
「……だけど、その誰かさんたちは死ぬんじゃ?」
そんな他人を殺してしまう方法をとるなんて普通じゃないと思うんだけど――
そんな想いを込めた言葉に反応したのはフィラルドだ。
「商会の連中はそんなこと気にしないかな」
商会?
たびたび出てくる言葉だ。俺が質問しようと思ったとき、先にミーシャが別のことを言った。
「死ぬのは誰かさんだけじゃないかな」
ミーシャは俺たちが来た道を振り返り、下方を指さす。
「フラストの街も、だね」
「……どういうことだ?」
鋭い声を発するフィラルドにミーシャが答えた。
「推定される展開エネルギーから考えると、その衝撃と熱量は間違いなく雪崩を起こします――これだけ積もっていますから」
俺たちの周囲は真っ白に染まっている。
おまけに雪はいまだに降り続けていた。
街に甚大な被害が出る。
しん、と静まった。
その事実は、周囲を覆う寒気以上に俺たちの心を冷やす。
俺は信じられない気持ちだった。
ネームドモンスターを倒すためだけに、見知らぬ冒険者たちを囮として使い捨て、さらに街まで巻き添えにする。
普通の人間のすることではない。
「な……なんでそんなことを!」
俺の怒りの声にフィラルドが反応する。
「商会らしいやり口だよ」
「商会ってなんなんですか!?」
「商会とはな、レアリティの高いアイテムを手に入れて売りさばいている悪の組織のことだ」
フィラルドが話を続ける。
「悪の組織らしい部分はだな、2つ。1つは売る相手。非合法組織でも金さえ払えば上顧客。もう1つはアイテムの手に入れ方。今回みたいに周りの被害などこれっぽっちも気にしない」
その後、フィラルドはこう続けた。
「ブレンネン・ティーゲル狩りで出てきた女――あいつも商会の人間だ。商会の連中はだいたいあんな感じだよ。ずば抜けて強くて人を人と思わない。……気をつけることだ」
「……はい」
俺がうなずいた後――
「で、どうするんだよ、フィラルド?」
光刃の3人目、斥候のダリルが割り込んだ。
少しやる気がない雰囲気を漂わせる飄々《ひょうひょう》とした男だが、その感知能力はすさまじく幾度も光刃の危機を回避している。
「そこのお嬢ちゃんの話をまとめると、だ。石碑にはラルゴリンを釣るための名もなき冒険者がいる可能性があって、山頂では商会の連中がそこを狙っておっかない魔術を準備している、ってとこだ」
「そうだな」
「冒険者を助けるか、山頂の商会を止めるか。どうする?」
「両方とも――」
「できるわけないだろ、甘ちゃん!」
間髪入れずにダリルが一喝した。
「商会の連中は男と女の2人1組。いずれもブレンネン・ティーゲルを瞬殺する猛者だ。一方、俺たち光刃は3人だけ。戦力を割る余裕はない」
「……確かにそうだな……」
「優先するべきは商会の打倒だ。あいつらを止めなきゃ、街が雪崩に呑み込まれる。俺は3人で山頂に向かうのを提案する。商会の2人を倒してから石碑に向かえばいい。アリシアはどう思う?」
「わたしに異論はない」
仲間2人がそう言ったが、
「そう、だな……」
フィラルドの反応は鈍かった。
商会に利用された冒険者を助ける方法を考えているのだろう。
商会を落としてから向かう――では間に合わないかもしれない。ラルゴリンが先に到達する可能性があるからだ。
かと言って、初手で冒険者たちを助けにいくのはありえない。商会に時間を与えるし、最悪、一緒に鉱石魔術で焼かれてしまうかもしれない。
……そもそも、そんな冒険者はいないかもしれない。あくまでもミーシャが言い出した仮説だからだ。
どう考えても石碑のほうに行く選択肢はない。
だが、フィラルドは割り切れないようだった。短い間だが、話してみてわかったことがある。
フィラルドはアリシアが言うように『お人好し』なのだろう。
だからこそ――
俺はフィラルドの手伝いをしようと決めた。
「俺が行きますよ」
今まで黙っていた俺の発言にみんなの目が向く。
俺は構わずに続けた。
「俺はもともと戦力としてカウントされていません。俺がいなくなっても問題ないですよね?」
「……いや、だが……ラルゴリンが現れたらどうするんだ?」
心配そうな表情のフィラルドに俺は言った。
「そのときは――」
きん、と腰に差した炎虎ダガーを引き抜く。
「俺がラルゴリンを倒します」