第24話 光刃、動く
その晩、冒険者ギルドの酒場は賑やかな雰囲気に包まれていた。
宵闇の光刃が主催するパーティーが開かれていたからだ。
フィラルドが冒険者たちに挨拶する。
「ひょいとやってきた俺たちがラルゴリンをかっさらうお詫びだ! せいぜい呑んで憂さ晴らしをしてくれ!」
俺とミーシャは酒場の端に立ってその言葉を聞いている。
冒険者たちが声を投げつける。
「負けてきたら笑ってやるからな!」
「これだけやって、他のやつにかっさらわれてもな!」
そんな言葉にフィラルドが言い返す。
「大恥なのはわかっている! こうやって自分を追い詰めているのさ! 悪いな、俺は逆境に強い男だ!」
空気が華やかで柔らかい――
きっとそれはフィラルドたちが他の冒険者たちに認められているからだろう。
冒険者としての、圧倒的な格を見せつけられている気分だった。
隣のミーシャが口を開いた。
「面白いね、フィラルドさん!」
「そうだな」
「いつかイオスもあんな感じになりたいの?」
「……なれるかな?」
「うーん、無理!」
「傷つくんですけど!?」
「イオスはマジメだからねー。ああいう、ちょっといい感じに砕けるのは向いてないかもね」
ぐふっ!
的確な分析すぎて、心に見えないナイフが突き刺さった。
こほんと俺は咳払いした。そして、芝居がかった口調で――
「ここは俺のおごりだ! 呑んで騒いでくれ! 俺たちの活躍を応援してくれよ!」
と言ってみたら、ミーシャが身体を震わせた。
「……うううう……寒くない?」
「傷つくんですけど!?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、ホントの意味で寒くない?」
眉をハの字にしてミーシャが後ろの壁に視線を向ける。
……確かに、壁から伝わってくる冷気が1段……いや、2段くらいの勢いで強くなっているような……。
そのときだった。
ばたん、と大きな音を立ててギルドのドアが開いた。
がちがちと震えている冒険者が飛び込んできた。冒険者の頭や肩には――真っ白な雪が積もっていた。
「おい! なんか急に寒くなったし、雪まで降ってきたぞ!」
男の背後から寒風が吹き込み、酒場の雰囲気を凍てつかせる。
ちっと舌打ちすると男はすぐドアを閉めた。
全員の視線が窓へと向く。
そこには次々と降り続ける夏の雪が見えた。
さっきまで寒くはあったが雪は降っていなかった。つまり、それが意味することは――
フィラルドの顔から緩みが消えていた。
「出陣は明日の予定だったが、予定変更! ラルゴリンが寂しいみたいだから今すぐ行ってくる! お前たちはそのまま楽しんでくれ!」
そう言うと、フィラルドは仲間たちとともに出ていった。
俺はミーシャと顔を見合わせる。
「なあ、ミーシャ――」
「にししし! ここで引っ込む理由はないね!」
俺たちも宿屋に戻ると、大急ぎで装備をととのえて山へと向かう道に向かった。
俺たちが待っていると、フィラルドたち宵闇の光刃がやって来た。
「ん? お前たち?」
俺に気がついたフィラルドが口を開く。
「フィラルドさん、俺たちも連れていってもらえませんか? 石碑が壊されたんですよね? あまり時間はないはず。手伝えることがあると思うんです」
「ダメよ、帰りなさい」
ぴしゃりと言ったのは重装備の女――フィラルドとともに光刃の前衛を支える盾特化の戦士アリシアだ。
「あなたがブレンネン・ティーゲル狩りで出会ったあの女、商会のエージェントが絡んでいる可能性がある。……下手すると死ぬよ?」
言葉とともに、あの白と黒をまとった女のサディスティックな笑みが俺の脳裏に浮かぶ。
蘇った冷たい恐怖が、背筋を滑り落ちる。
だが、それでも――
それで足を止めるわけにもいかない。
「だからこそ人手がいるのでは? そんな強敵がいる以上、光刃は他のことに意識を向けにくいですよね?」
「むぐ!?」
アリシアが身体をのけぞらせる。
……やけくそで言ってみたのだけど、意外と効果があったらしい。
フィラルドがふふふと笑い、アリシアの肩を叩いた。
「ま、いいんじゃないか。人手が足りないのは事実だ」
それから、俺たちを見る。
「だけどな、イオス。来たいんなら止めないが、引き返すのなら今だぞ。死ぬ可能性は否定できない。そして、俺たちにお前を守る余裕もない。必要であれば見捨てる。……覚悟はあるか?」
「はい!」
俺は強くうなずいた。
そんなことは言われるまでもない。フィラルドの横に立つのは守ってもらうためではない。役に立つためだ!
俺の返事を聞いてフィラルドがうなずいた。
「足手まといにはならないって言ってるんだ。俺たちに損はない。連れていくぞ」
「はぁー、そんなこと言いつつ、あんたいざとなったら助けるじゃないの……」
アリシアがぼやきながらフィラルドの後をついていく。
光刃とともに戦う。
喜びよりも重圧と緊張が肩にのしかかる。この試練を乗り越えて――フィラルドの役に立てたと確かに思ったとき、きっとそれは俺の誇りへと変わるのだろう。
俺とミーシャは互いにうなずき、英雄たちの後を追った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雪を踏みしめながら、俺たちは山を登っていく。暗くなった道をミーシャが杖に灯した魔術の明かりが照らしていた。
「ほら、役に立っただろう?」
「……まあ、そうね」
フィラルドの言葉にアイリスが苦笑する。
ちなみに魔術師がいない場合はライト・スティックを使用する。ひねると明かりがつく棒で、腰のベルトに下げることができる。
山の中腹まで来たときだった。
「……うん……? あれは、なんだ?」
フィラルドが山頂を見上げる。
そこには異様な光景を広がっていた。なぜか山頂がぼうっと輝き、そこから赤い光のかけらが夜の空へと吸い込まれていく。
ある意味で幻想的で美しかったが――
ありえるはずのない光景に不気味さを感じてしまう。
全員が言葉を失っていたとき、隣りにいるミーシャがつぶやいた。
「――え、本当に?」
ミーシャが山頂を見上げながら、呆然とした口調でこう続けた。
「まさか、あれって鉱石魔術……!?」