第23話 発動、鉱石魔術レッドベリル
【あらすじ】氷の衛士ラルゴリンが覚醒、イオス、商会の双子、宵闇の光刃の三つ巴のレースが始まる。グレイルたちも依頼を受けて参戦――と思いきや、内容は石碑の破壊で、雇い主は商会の女リステアだった。「本当に石碑を壊すだけ。あとは寝ているだけでいいんだから。楽な仕事よね?」
それからグレイルたちは山を登った。
山には雪が降り積もっていて真っ白に染まっている。寒すぎて吐く息が白い。雪は留まることなく降り続けていた。
……魔力の込められた靴のおかげで、積もった雪でも足が大きく沈み込まないのは助かるが。
「こっちよ」
女に案内されるままに進み、グレイルたちは目的地にたどり着く。
そこには大きな石碑があった。
何やら文字がずらずらと書いてあるが、現代の言葉とは違うようでグレイルには読むことができない。
「そこの石碑を破壊してくれないかしら?」
依頼どおりの内容だ。
だが、そこでグレイルはふと気になった。
――なぜ、この女は自分で破壊しない?
「おい、ここまでついてくるなら、自分で破壊した方が早いんじゃないのか?」
「うふ、面白いことを言うわね」
女はにこりと笑うとこう続けた。
「この石碑を破壊するとね、ラルゴリンが弱体化する。でもね、破壊した人間の攻撃はラルゴリンに効かなくなるのよ。だから他人にお願いしたいわけ」
「ふぅん」
そういうものかとグレイルは納得した。
納得すると――グレイルの行動は速い。
オソンがこんなことをつぶやくが、
「……なかなか時代がかった石碑だ。ためらってしまうな」
グレイルは構わず剣を引き抜く。
「ビビるなよ、オソン。やるときゃやるもんだ……こんな風にな!」
グレイルはいきなり石碑に剣を叩きつけた。
鈍い音が響き、鈍い衝撃がグレイルの手に伝わる。紙を切り裂くようには楽にいかない。
「なろおおおおおおおおおおおお!」
グレイルは構わずに剣を何度も振り下ろした。
「お上手お上手!」
楽しそうに女が言い、手をぱんぱんと叩く。オソンたちに目を向けてこう続けた。
「ほらほら、あなたたちも続きなさいな!」
「……やるぞ!」
覚悟を決めたオソンたちもまた石碑を攻撃し始める。ガンガンと耳障りな音が響き――
やがて、石碑は残骸と変わった。
「よっしゃああ!」
グレイルが雄叫びを上げたときだった。
――赦さぬ。
重くのしかかるような声が頭上から落ちてきた。声から伝わる怒りの深さにグレイルの感情が揺れる。驚きのあまり、グレイルは空を見上げた。
……だが、そこには降り続く雪だけがあった。
オソンたちも同じく空を見上げている。
女が口を開いた。
「……どうかしたのかしら?」
「赦さぬ、って声がしたんだ」
「へえ」
グレイルの返事に、楽しげな口調で女が応じる。
「わたしには聞こえなかったけど、ふぅん、そういう感じなんだ」
「おい、これはどういうことだ?」
「あなたたちがラルゴリンの『絶対に赦さないリスト』に入ったってことじゃないかしらね?」
聞き捨てならない言葉がグレイルの感情を逆なでする。
「ああぁん!? それはどういう――!」
グレイルが叫んだときだった。
「う――」
仲間の魔術師がうめき声を上げると、そのまま雪の上に倒れた。
「な、おい、どうした……?」
そう言いつつ、グレイルも妙な息苦しさを覚えた。
「なんだこりゃ……?」
「これも仕事よ? 言ったじゃないの。石碑を破壊した後、寝ているだけの簡単な仕事だって」
女が喋っている間に仲間の神官が倒れた。
グレイルの目に映る女の姿が左右にダブって見える。
「……てめぇ、何をしやがった!?」
「デッドフェイント・クラウド――失神させる魔術よ。あなたたち低レベル相手だと効き目がいいわね?」
くすくすくす、と女が笑う。
「ここであなたたちにはラルゴリンを釣り出す餌になってもらう。はい、お休みなさい」
「……逃げろ!」
言葉と同時、オソンたちが四方に走り出す。
女は慌てない――口元に笑いを浮かべたまま、それを見送る。
「逃げても無駄よ。身体に回った毒があなたたちを止めるから」
その言葉を証明するように、離れていく人影がひとつ、ふたつと倒れていく。
グレイルは――逃げなかった。
憤怒の瞳で女をにらみつけている。最後の力を振り絞って腰の剣を抜き放った。
「て、てめぇ……!」
「あら、あなた元気ね? 根性ってやつ? びっくりね。やるじゃない?」
「クルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
グレイルは叫び、女へと斬りかかった。
なぜか女は動かない――グレイルの繰り出した刃が女の肩へと斬り込む。
ぎん!
音がしたが、
ただそれだけだった。
「くっくっくっくっく……」
女は笑った後、グレイルを見た。
「E級の刃が――そんなゴミの剣がわたしに届くとでも!?」
言うと同時、女の手がグレイルの腹をひと打ちした。ゴミでも払うような軽い動きだったが、グレイルの腹にすさまじい圧がかかる。
「ぶふぇ!?」
グレイルの身体は吹っ飛び、雪上をごろごろと転がった。
「あっはっはっはっは! 本当は殺してもよかったんだけど! あなたは大切なラルゴリンの生け贄! よかったわね、おかげで少し寿命が伸びたのだから!」
「……く、そ……!」
激痛と、浸食する毒と。その両方にさいなまれてグレイルの意識は闇へと落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレイルたちを昏倒させた後、リステアは山頂へと向かう。
山頂では双子の弟ギルテアがいた。
「お疲れ様、姉さん」
その足下には直径一〇メートルを超える大きな魔術陣が描かれていた。中央には大きな燭台が置かれていて、モンスターの鉱石が積み上げられている。
「準備は整ったよ。まったく、いつも面倒は俺にばかり――」
「バカの相手も疲れるものよ?」
くすくす、と笑うとリステアは魔術陣に足を踏み入れた。
「さぁて、始めましょうか? ファイアアロー」
リステアの手から放たれた炎の矢が燭台に積まれた鉱石に直撃、ぼっと燃え上がる。
そして両手を広げて叫んだ。
「地獄の業炎よ、今こそ燃え上がれ!」
言葉と同時、魔術陣に光が灯る。
魔術陣を構成する線から、赤い輝きが蒸気のように立ち上った。それは光の断片となって夜空へと吸い込まれていく。
鉱石魔術『レッドベリル』の起動が始まった。
レッドベリルの発動にはとても時間がかかる。ラルゴリンの登場までに準備を終えなければならない。
作戦はこうだ。
1.石碑の場所めがけてレッドベリルを準備する。
2.石碑を破壊したバカどもを使ってラルゴリンを釣り出す。
3.ラルゴリン登場。
4.レッドベリルでラルゴリンを焼き払う。
想定される火力を考えれば一撃でラルゴリンは砕け散るだろう。
……もちろん、ラルゴリンごとバカたちも死ぬが。リステアには興味のない話だ。
いや、それ以前に。
レッドベリルが吐き出す膨大な熱量と衝撃は、この山に降り積もった雪を大いに緩めるだろう。
それは雪崩となってふもとの街に降り注ぐ。
とてつもない被害が出るだろう。
だが、それもリステアには興味のない話だ。
重要なのは『商会からの指示』――それを果たすこと。商会がレッドベリルのテストをしたいと言った。ならばそれを遂行するだけ。その被害も影響もリステアが考えることではない。
リステアは口元を緩めた。
「ホント、勤め人は大変ね」
シュレ猫2章スタートです。毎日投稿で突っ走った後、そのまま3章に入ります。