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第22話 氷の衛士ラルゴリン――目覚める

 その朝、俺は目覚めると同時に身体が震えた。


「寒!?」


 真冬ほどではないが、晩秋くらいには気温が冷えている。真夏だったので薄着で寝ていた俺はベッドから飛び降り――

 飛び降りられない……寒い……。

 ベッドが、ベッドが恋しい……。

 時間をかけてベッドから這い出た俺は慌てて厚着して部屋を出る。

 隣の居間にはもこもこに厚着したミーシャがイスに座っていた。ミーシャの太ももでニャンコロモチが身を丸めている。


「おはよー、イオス。寒いねー」


「おはよう。どうしてこんなに寒いんだ?」


「ラルゴリンだよ、ラルゴリン」


 ぴっとミーシャが窓を指さした。

 この部屋からはラルゴリンが出る山が一望できる。……それが泊まっている理由なんだけど。

 山を見ると――

 ずっと緑色だった山が白く染まっていた。


「雪が……!?」


 灰色の雲が空に広がり、山に雪を降らせ続けている。

 ミーシャは言っていた。ラルゴリンが現れると山に雪が降ると。


「そうか、出たのか」


 いよいよだ。

 寒いはずだが、胸にぽっと燃える感情があった。

 忍び足、バックスタブ、炎虎ダガー。

 俺たちの積み上げたものが宵闇の光刃に――氷の衛士ラルゴリンに届くのか。試されるときがきた。

 だけど――


「マジで寒いな……心が折れそう……」


 ニャンコロモチを抱いて部屋で寝転んでいたい……。少し離れたこの街でさえこんなに寒いのだから、あの山はどれほど寒いんだ。

 ミーシャが口を開く。


「あとで防寒具を買いにいこう!」


「そうだな……」


 そこで俺はふと気になることを口にした。


「ところで、こんなに寒いってことは『石碑』が壊されたのか?」


 確か、石碑を壊すとラルゴリンが追いかけてくるので狩りが楽になるけど、街まで寒くなるから絶対にするなとフィラルドさんが言っていた気がする。


「あー、たぶん大丈夫。これは例年並みっぽい」


「これで例年並みなの?」


 この街の人たちはたくましいな……。真夏にこの気温変化は心が折れるレベルだ。


「うん。石碑が壊れるとね、あの山と同じくらいの寒波がこの街にくるみたい」


 あの山……?

 あの雪が降りしきる山か。もう白く染まっている。あそこまで寒いとさすがに冷害がすごいことになりそうだ。


「そりゃ石碑は壊せないな……」


「そうだね、迷惑迷惑」


「石碑のことって基本的に隠されているんだっけ? 公開して注意喚起したほうがいいんじゃないの?」


 俺の言葉にミーシャは首を傾げた。


「……うーん、どうだろうね。わかっていると興味本位で壊しちゃう人もいるだろうからね」


「そりゃそうか」


 ……フィラルドが石碑の破壊は禁じ手だと言っていた。下手に広めない方がいいと過去の人たちが決めたのだろう。

 ま、俺が石碑を使うこともない。

 寒い山を歩き回ってラルゴリンを探すのみだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(……くそ、寒いじゃねーか!)


 防寒具に身を固めたグレイルは内心で毒づいた。どうやら山でラルゴリンが覚醒したらしい。

 こんな寒い日は宿にこもっていたいのが本音だが、グレイルを含めたパーティーメンバーは町外れにやって来ていた。


(……まあ、仕方ないけどよ!)


 悪態をつきながらもグレイルは内心でわくわくしていた。

 なぜなら――

 氷の衛士ラルゴリンを狩る計画に参加しているからだ。


(くくくくく! イィィィィィオオオオス! やっぱ俺は持っているぞ! こうやってネームドを狩って名声を高めるチャンスが転がってくるんだからな! ラルゴリンですら俺の前に首を差し出す! これだよこれ! 世界の主人公グレイルさまの力だ!)


 まさか、あれほどの一流冒険者の手伝いができるなんて!

 手伝いであろうとネームド撃破の栄光は変わらない。これほどうまい仕事があるのだろうか。

 おまけに報酬も気前がいい。依頼が完了するまで口外しないことを条件に支払われた前払いの金額も驚くほどだ。

 さすがはA級の冒険者だ!

 これを契機に成り上がってやろう――そんな野望がグレイルの意識で燃え上がる。


「準備は大丈夫だな、お前たち?」


 オソンの声にグレイルたちはうなずく。

 そのときだった――


「ちゃんと来てくれたようでよかったわ」


 女の声が背後から聞こえた。

 振り返ると、厚手の黒い外套に身を包んだ美しい女が立っていた。外套の隙間から白い革鎧がのぞく。

 それがなんなのかをグレイルは知っていた。

 白竜レザーアーマー。

 A級上位のモンスターを狩って手に入る超高級防具。E級のグレイルからすれば目もくらむような装備だ。

 そんな装備の持ち主とネームド狩りができるなんて!


 ――ある日、幸運は突然やってきた。


 数日前のことだ。オソンたちとともにハンターリザード狩りをしていたとき、


「あなたたち冒険者? ちょっといいかしら?」


 いきなり女が話しかけてきた。

 美しい金髪の女だ。黒い外套に白いレザーアーマー。腰の左に漆黒の短剣、腰の右に真っ白な杖を差して。


「もうすぐラルゴリンが目を覚ますのはご存じ?」


 女の言葉にリーダーのオソンが答える。


「もちろん知っているが?」


「ラルゴリンを倒すのに手が必要でね。力を貸して欲しいの。もちろん、報酬はお支払いするわ」


 ――!?

 いきなりの、思いも寄らない話に驚いた。


「……ラルゴリン退治……? いや、しかしだ。私たちはE級の駆け出し冒険者で――」


「大丈夫よ、駆け出しでもできる仕事だから」


 ふふっと笑ってから女が続けた。


「石碑を壊して欲しいの」


「石碑?」


「ええ。ラルゴリンを弱体化するためのフラグ――みたいなものかしらね。ちょっと手が足りなくてね」


 女が艶然えんぜんとほほ笑む。

 男なら思わず視線を吸い寄せられるような笑顔だった。


「それなりの報酬をお支払いするわ。終わった後ならネームド撃破に貢献したと吹聴してもらってもいいわよ?」


 思わずグレイルたち6人は顔を見合わせた。

 ネームド撃破は冒険者にとっての勲章。その事実はパーティーの格を大きく引き上げるだろう。

 女がこう言った。


「気乗りしないなら他を当たるけど?」


 気後れする理由はなかった。もしここでためらえば、彼らはずっと今日この日を思い出して後悔するだろう。

 今、幸運の光は差した。

 乗るしかない、このビッグウェーブに!


「わかった、やろう」


 オソンがうなずく。


「……本当に石碑を壊すだけでいいんだな? その……戦力としてあてにされても困るが」


「大丈夫よ、本当に石碑を壊すだけ」


 女は美しい口元を緩めてこう付け加えた。


「あとは寝ているだけでいいんだから。楽な仕事よね?」


というわけで、ラルゴリン戦スタート。ここでしばらくお休みとなります。


再開はですね、9月下旬。だいたい1ヶ月後ですね。


23日(秋分の日)くらいの開始で考えています。


宵闇の光刃、商会の双子、イオス、グレイル……4組の動きがラルゴリンを中心にどう収束していくのか、お楽しみに!


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新を期待するです!
[良い点] 面白かったです。9月の更新も楽しみにしています。
[一言] この墓穴っぷりこそグレイルの本領
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