第19話 情報集めはモンスター狩りの常識その2
その後、俺たちはフィラルドとともに山登りすることになった。
ミーシャは足下のニャンコロモチとともに俺の背後を歩いている。俺はというと、フィラルドの横で彼と肩を並べて歩いている。
あの光刃のリーダーで、憧れの戦士と!?
ブレンネン・ティーゲルのダンジョンから戻るときも一緒だったのだが、今はほとんど1対1で歩いているようなもの。
心臓がどきどきして仕方がない。
う、緊張が……。
俺は少しでも気を紛らわせようと話題を振った。
「あの、どうして山登りなんて?」
「ラルゴリンを倒す下見だよ。地形くらいは把握しておかないとな」
……う、確かに……。実に初歩的すぎて恥ずかしい……。
「ラルゴリンはこの山のどこかに出現する。ただ、出現場所は固定ではなく、出現した後もずっと山を徘徊している」
「それだと山の地形に詳しくないとダメですね」
この山全体がラルゴリンの出現範囲か。広くて見つけ出すのが大変だが、逆に言えば俺が宵闇の光刃を出し抜くチャンスでもある。
「……うーん、フィラルドさん、いいですか?」
背後からミーシャが声を掛けた。
「何かな?」
「あのですね、ラルゴリンを確実に釣り出す方法があるって見た気がするんですけど」
「よく調べているな。あんまり知られていない情報のはずだが」
「にししし! 調べるのは得意なんですよ!」
「それは本当で、確かにラルゴリンを釣り出す方法はある。石碑を壊すんだよ」
「石碑?」
俺の言葉にフィラルドがうなずいた。
「ラルゴリンの登場とともに、この山の特定の場所に出現する。設定上は、亡くなった王と王妃を讃える石碑だったかな。それを破壊すると忠実な衛士たるラルゴリンは激怒するんだよ」
「激怒したらどうなるんですか?」
「壊した連中を追いかける。山の外に逃げ出すまでな」
「……逆に言えば――」
そこで再びミーシャが口を開いた。
「石碑を破壊すればラルゴリンを探さずにすむって話ですよね?」
「その通り」
「じゃあ、石碑を壊すのが定石なんで……あれ? そんなこと、どこにも書いていなかったような……定石なのに……?」
「本当に勉強しているな、ミーシャは」
感心した口調でフィラルドが言う。
「それはな、定石じゃなくて、禁じ手だからだよ」
「え? どうしてですか?」
「ラルゴリンが出現すると、この山には雪が降る。それはお前たちも知っているな?」
俺たちはうなずいた。
確かミーシャが前にそんなことを言っていた。
「ラルゴリンが激怒すると、その範囲が広がって冷気も強くなる。つまり、山のふもとにあるフラストの街にまで被害が及ぶんだ」
フラストの街――俺たちが滞在している街のことか。
「ラルゴリンを怒らせることができれば楽だけど、街に迷惑をかけちゃいけない。なので禁じ手。そんなわけで石碑の件は伏せられている。そして、知っていても禁じ手はやらないのが清く正しい冒険者ってもんだ。わかったか?」
「清く正しい冒険者なのでやりません」
「清く正しい冒険者なのでやりません」
「にゃー!」
俺たち2人と1匹がそう宣誓した。
「よろしい」
満足げにフィラルドがうなずく。
そのとき、視界が急に開けた。今までは木々がぽつぽつと立つ坂を歩いていたのだが、どうやら上りきったようだ。
まだ山の中腹だが、それでも充分に高い。
見下ろすと見えるフラストの街がずいぶんと小さい。ずーっと遠くまで緑色の世界が広がっていた。
「わー、見晴らしがいいですね!」
そう気持ちよさそうに言うミーシャにフィラルドが応じる。
「山登りは楽しいものさ。おまけにラルゴリン退治で実益まである。決戦の日まで山はひととおり散策しておくんだな」
「はーい」
「にゃー」
ミーシャとニャンコロモチが楽しそうに返事をする。
そこで俺はフィラルドに思っていた疑問をぶつけた。
「……あの、どうして俺たちを誘ったんですか?」
「え?」
「俺たちはラルゴリン打倒を競う冒険者同士です。山の下見に連れていったり、ラルゴリンの情報を教えてくれたり。その……敵に塩を送る行為、というか」
……敵と思われてないだけなのかもしれないけど。
お爺ちゃんが頑張る孫をかわいがる感じなのかもしれないけど。
そう思われていると少し落ち込む。
だから、今まで聞くのをためらったけど、でもやっぱり、そこは知っておきたかった。敵と思われていないのなら、いつかは敵と思われるようにならないと。
だが、フィラルドの返事は俺の予想と違った。
「……お前たちに興味があった。ラルゴリン絡みなら付き合ってくれるかなと思ってね」
「俺たちに……?」
「ピプタットで武勇伝を聞いた。その年齢で青火鳥チェインメイルに身を包み、戦士と魔術師のたった2人でB級相当のモンスターを狩る。普通ではない」
じっとフィラルドが俺を見た。
今までの気安い様子とは違う、何かを見定めようとする目。
「おまけに商会の女を翻弄してブレンネン・ティーゲルまで狩っている。並の使い手ではない――レベルはどれくらいなんだろうな」
どうやら、フィラルドは俺たちのことをかなりの高レベルだと思っているようだ。
確かにレベル27は年齢のわりに高いのだが、おそらくフィラルドはもっと上、50とか60くらいを思っていそうだ。
無理もないが。
情報がいくつか欠けている。
まず2人ではなく2人と1匹だ。ニャンコロモチの戦力はとても大きい。おまけに俺は戦士ではなく剣聖だ。ステータス面で同レベル戦士をはるかにしのいでいる。
……その辺を説明すると、さらに謎が深まるので何も言えないが。
今のところ、ミーシャとは『シュレディンガーの猫につながる情報は漏らさないでおこう』で足並みを揃えている。
俺は少し考えてから、こう答えた。
「何か、わかりましたか?」
「わからないな!」
はははははは! とフィラルドは爽やかに笑った。
「情報戦は苦手でな。いろいろとカマをかけて見ようかと思ったんだが、ダメだな、性にあわない」
言うなり、フィラルドが腰の剣を引き抜いた。
飛竜バスタードソードを。
「イオス、手合わせを願おうか。同じ剣を扱うもの同士、こっちで話すほうがよっぽどわかる」
思わぬ提案に――
俺の全身が総毛立つ。
それは緊張や恐怖――もあるのだろうが、それだけではない。熱狂のような興奮もまた。
憧れのフィラルドと!? 間違いなくSランクの高みにのぼる、現役でも最高峰の使い手と手合わせする!?
思いも寄らない幸運に俺はめまいを覚えそうだった。
はい、もちろん!
すぐにそう言いたかったが、迷いもまた胸にあった。
――同じ剣を扱うもの同士、こっちで話すほうがよっぽどわかる。
フィラルドはそう言った。
ただの手合わせではない。俺を知るための手合わせなのだ。
剣をあわせるだけで?
わかるかもしれない。
フィラルドは歴戦の戦士だ。何かに気づくかもしれない。俺たちが伏せておきたい真実の一端に。
お願いします。
そう言いたい。
言いたいのに――
「イオス!」
そのとき、ミーシャが俺の名前を呼んだ。
「やっちゃえ! 格上が相手だからってビビっちゃだめ!」
――!
それは応援の形をした、俺への配慮だった。
そんなこと気にしないでいいから! 君の思うとおりに!
それがミーシャの気持ちだった。
ありがとう、ミーシャ。
俺はフィラルドを見返して言った。
「お願いします!」