グレイルの誤算
使いものにならない幼馴染みイオスをクビにしたグレイルはうきうきしながら今日という日を迎えた。
スカウトした2人組と合流するからだ。
(……ミーシャを逃したのは痛手だったが……まあ、別にいいだろう。魔術師ごとき換えはいくらでもあるさ)
斥候と神官を連れてグレイルは冒険者ギルドを訪れた。
先に来ていた見覚えのある2人組へと近付く。
「久しぶりだな。俺だ、グレイルだ」
グレイルを見るなり、2人組が会釈する。
1人はレンジャーの男。弓を得意とする斥候だ。『鷹の目』という弓の攻撃性能を向上させるレアスキルを持っている。
もう1人は戦士の女。『絶対防御』というレアスキルを持っている。育てばいいパーティーの盾となるだろう。
(こいつらが入れば明らかに戦力向上だ。シュレディンガーの猫とかいう珍しいだけのゴミスキルとは比べものにならない!)
グレイルは笑い出しそうになるのをこらえた。
やはり、あいつをクビにした俺は正しい!
自己紹介が終わった後、5人はテーブルを囲った。
「お前たちのような優秀なメンバーを探していたんだよ。これでE、いや、Dランクへの昇格も見えてくる!」
熱っぽく語るグレイルだが、2人組の反応は薄い。
レンジャーが口を開いた。
「……確か魔術師がいる4人パーティーと聞いていたが……?」
「ああ……そう話していたけどよ、魔術師は抜けちまったんだよ。悪かったな。でもすぐ代わりを――」
「は? 魔術師がいない?」
レンジャーが不機嫌な声を出した。
「それじゃ意味ないだろ?」
「どういう意味だ?」
「俺たちは魔術師――ウルトラレアスキル『4大を統べしもの』を持つ魔術師がいるって聞いたからお前のところに参加するって決めたんだ。その魔術師がいないなら話はなしだ!」
グレイルは心臓に針が突き刺さったような気分を味わった。
(ま、まずい……! 話が流れるのは防がないと……!)
慌てて言葉を紡ぐ。
「いい、いや、確かに話したけど! 『4大を統べしもの』なんてたいしたスキルじゃないって! 普通の魔術師と何も変わらなかった! 他の魔術師でも充分に代わりになるから!」
「あのスキルの価値を理解していないのか!? お前たちはDランクを狙っているかもしれないが、こっちはAランクSランクを狙っているんだよ!」
「待て。待ってくれ。だけど、俺だって剣術スキルの持ち主だ。こいつらだって――」
黙って聞いていた、女戦士がぷぷぷと笑った。
「剣術(笑)」
自分のスキルを馬鹿にされて、さすがにグレイルも黙っていられなかった。
「お前! 俺を笑ったか!?」
「ごめんね。でもさ、確かに低レイヤーでは威張れるスキルだけどさ、結局、戦士のレベルを上げていったら何年かで覚えるよね、それ? 伸びしろがないよ、あんた」
グレイルは頭の中が怒りで真っ赤になった。
低レイヤーでは威張れるスキル――だから、冒険者学校時代でも、このパーティーでも威張り散らしていた。
ずっとずっとイオスをあざ笑うことで育んだ歪んだ自意識。
膨張したプライドはちょっとした反撃も我慢できなかった。
「ふざけるんじゃねーぞ!」
グレイルは立ち上がるなり、女戦士の襟首をつかんで引っ張り上げる。そして、力いっぱいその顔を殴った。
「ぐああああ!?」
だが、悲鳴を上げて倒れたのはグレイルだった。まるで鉄を殴ったかのような痛みが右腕を走り抜けたのだ。
「女の顔をいきなり殴るなんてマジさいてー」
倒れたグレイルを、汚いものでも見るかのような冷たい目で女戦士が見下ろす。落ち着いた手つきで服の乱れを直し、殴られた左頬をこすった。
「でもさ、絶対防御のスキル持ちに素手で殴りかかるなんて、おつむ弱くない?」
あはははは! と女戦士が笑う。
レンジャーが立ち上がった。
「話は違うし、いきなり殴りかかる。終わってるな、お前。……ま、こいつの口が悪いのは謝るけど」
そう言うと、2人組は足早に出ていった。
「くそ……が……!」
起き上がったグレイルは吐き捨てた。
(……まさか、ミーシャにあんな価値があったなんてな……! あいつが出ていったのはイオスのせいだ! 全部あいつの! ふざけやがって!)
怒り狂うグレイルに斥候が話しかけた。
「……で、どうするんだよ? ミーシャが抜けて、2人組も入ってこなかった。俺たち3人でどうするんだ?」
「考えているよ!」
吐き捨てた。
冒険者ギルドの1階には他の冒険者たちも多い。彼らの目がグレイルを見ている。破談されたぶざまな男を。女を殴ろうとして返り討ちにあったぶざまな男を。
その目が――笑っている。
(くそ! くそ! くそ!)
ぐるぐると回る思考は、やがてひとつに収束する。
「……決めたぞ」
そして、グレイルはこう言った。
「こんなしけた街は出ていく! ピプタットに行くぞ! 俺たちにふさわしい大きな舞台にな!」
拠点を変えるのは金銭的に面倒だが――
グレイルには30万の貯金がある。金遣いは荒かったが、何かとイオスにたかっていたので余裕はあった。
(……イオス、お前のおかげだ! 俺が稼がせてやったんだから別にいいよな? ま、今ごろ金がなくなって野垂れ死んでいるかもしれないがな!)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
俺もミーシャも二日酔いが辛かったが、グレイゴーストを倒すだけの簡単な仕事だ。
さくっと狩って錬金の石を回収して地上に戻った。
「えええええええええええええええええええ!? また錬金の石が出たんですか!?」
冒険者ギルドの売買担当の女性が素っ頓狂な声を上げる。
「……ええ、まあ……」
俺は頬をぽりぽりとかいた。
「いやー、お兄さん、運がいいですね! 2日で20万ゴールドだなんて……お財布ほっかほかでうらやましい!」
俺の貯金がまた増えて37万になった。
1日おきに5万ずつ増えるな、これ……。
冒険者ギルドを出た後、ミーシャがぽつりと言った。
「うーん……錬金の石の売り方、考えないとなあ……」
「そうなの?」
「だってさ、超ラッキーで1個ゲットできるレベルだよ? 2連続の奇跡はあっても、3回4回はやばすぎでしょ?」
「ああ、まあ、な……」
むっちゃ驚いていたもんな、ギルドの担当者。
「正直に説明したらいいんじゃないか? 俺のスキルはアイテムを選べるんだって」
「い、いやあ……どうかな……その、常識外れのところあるから、もうちょっと伏せておいたほうがいい気がするね。……いろいろ面倒になると思うよ」
確かにそんな気はする。
もう少し様子を見るか。
「……それで、これはどこに向かっているんだ?」
俺は話題を変えた。ミーシャの後についていっているのだが、いつもの宿屋とは違う気がする。
「昨日、話したじゃない。武器と防具を見にいこうって」
「ああ、そんな話してたね」
「お金はある! いい装備が買える! というわけで、お金でモンスターを殴るの!」
ぴっと指を立ててミーシャが言い放った。
「攻撃力と防御力――数値は裏切らないからね!」
ランキング上がれました。ありがとうございます。
今日は夜も更新します。お楽しみに。