第18話 炎虎ダガー、ゲットだぜ!
それから一週間後、俺とミーシャはフラストでもっとも大きい武具商店へと足を向けた。
製作を頼んでいた武器を受け取るためだ。
「お待ちしておりました」
丁寧な仕草で店員が俺を出迎えてくれる。
「イオスさま、ミーシャさま。こちらへ」
店員は俺たちを奥に通すと、用意していた商品を取り出した。
「お受け取りください」
うやうやしく店員が差し出したのは1本の短剣だった。
炎虎ダガー。
炎をまとう凶暴な赤い虎の力を具現化した武器。ブレンネン・ティーゲルの鉱石から作り出したものだ。
赤い刃が印象的な短剣だ。
攻撃力は+480。
特殊能力としては『火の属性効果』だ。つまり、火に弱い氷系モンスターを相手にする場合、攻撃力にプラス補正が発生する。逆に、火属性そのものや火に強い敵には威力が弱まる。
わかりやすく言えば、氷の衛士ラルゴリンには効果がある。
忍び足、バックスタブ、炎の短剣――
対ラルゴリン用の準備がこれで整った。
俺は短剣を受け取る。
刃の腹を指でなぞると、胸の奥で熱い感情が広がった。
これもまた大緑鱗スケイルシールドと同じく苦労を重ねて手に入れたものだ。ブレンネン・ティーゲルそのものより、あの物騒な女のせいだけど――
きっと、この短剣を見るたびに思い出すのだろう。
あの女にいっぱい喰わせた爽快感や、宵闇の光刃と出会えた高揚感を。
俺はうなずいた。
「うん、いいものだ」
「にししし! ねえねえ、イオス。魔狼ブロードソードはもう使わないの?」
「あー……いや、どうだろうね」
単純に攻撃力だけならば、スキル『剣聖』と『暗殺術』の両方に合致する炎虎ダガーのほうがトータルで上になるはずだ。
ただ、実際のところ、攻撃力と防御力がすべてではない。
そこにはステータスに映らない差分がある。
武器ならば、例えばリーチ。
当たり前だがブロードソードのほうが短剣であるダガーよりも長い。その取り回しの違いは攻撃力とは関係ない。
盾ならば、例えば回避性能。
俺が最初に装備していたバックラーはラージシールドよりも防御力が小さいが、受け流しに優れている。そんな扱いの違いは防御力には反映されていない。
結局のところ、適材適所なのだ。
「……普段使いには魔狼ブロードソードかな」
リーチを考えれば、そちらのほうが安定するだろう。
だが、炎虎ダガーの『属性』と『暗殺術による攻撃力ブースト』は局面を変えるほどの決定力がある。
選択肢がある戦闘か――楽しそうじゃないか。
そんな俺の顔をミーシャがのぞき込んだ。
「にししし! わくわくしてるね!」
「ええ? ……まあ、戦士だからな」
新しい武器を手に入れたら心がわきたつものだ。
はやく試したいな。
そのときだった。
「おや、イオスたちじゃないのか?」
後ろから聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこには宵闇の光刃のリーダーが立っていた。
「フィラルドさん!?」
「おお、覚えていてくれたか」
フィラルドが笑う。
……覚えていた、というか、会う前から知っているのだが。
いや、むしろ逆に、俺のほうこそ『あれ? 今イオスって呼んでくれました!?』状態で浮かれてしまう。
あのフィラルドに名前を覚えてもらえるなんて――
少しばかり嬉しくなってしまう。
冒険者やっててよかったな……。
フィラルドが俺の手に握られた短剣を見た。
「……炎虎ダガーを買ったのか」
そして、俺に視線を向けて、にやりと笑う。
「炎属性――ひょっとしてお前たちもラルゴリン狙いか?」
口元は笑っているが、その目は笑っていない。
背筋がひやりとした。
対等な競争相手として俺を認識した目だった。
ごまかすのはたやすい。
だけど、俺はそれをしたくなかった。
フィラルドの目を見返して俺はこう言った。
「はい。……チャンスがあれば」
「まだ遠慮があるな」
フィラルドは口元をにやりと歪めた。
「遠慮はいらない。俺たちがラルゴリンをもらいます――それくらい言ってくれてもいいぞ?」
「……」
少し悩んでから、俺は口を開いた。
「俺たちがラルゴリンをもらいます」
逃げず、フィラルドの目をじっと見て。
言わされたかもしれない。
だけど、怯えるのは違う。遠慮するのも違う。挑んでこいと言われたのだから。はるか高みの相手でも、せめて心だけは強くありたい。
そうだ。
それだけの努力はしたはずだ。スキルも、武器も。決してチャンスがないわけではない。
俺たちが積み上げたものを信じろ!
満足げな様子でフィラルドがうなずいた。
「楽しみにしているぞ。……ま、譲らないがな」
そう言ってフィラルドが、はっはっはっは! と大笑いする。
その目が窓を見た。
正確には窓の向こう側にある山――ラルゴリンが出てくる山を。
「……そうだ。今から山登りをしようと思っていたんだ」
俺とミーシャを等分に見て、フィラルドが楽しげにこう続けた。
「どうかな? 一緒に行かないか?」
まるで散歩にでも誘うような口ぶりで。