第17話 A級冒険者パーティー、宵闇の光刃
宵闇の光刃。
30前後の若さでA級に到達した一流パーティー。この10年間、その快進撃は毎年のように冒険者たちを驚かせている。
間違いなく冒険者たちの中心にいる存在であり、いずれは頂点になるであろうと噂されている。
その圧倒的な輝きは若い冒険者たちの憧れだ。
もちろん、俺も含めて。
学生時代、学友たちとよく光刃の活躍を熱っぽく話したものだ。
その光刃が俺の前に現れた。
決死の状況なのだけど――
俺の胸に憧れの熱さが走った。
光刃の1人が口を開く。
「合意の上の決闘なら止めはしないが――そういう雰囲気でもなさそうだが?」
茶色い髪を短く切った精悍な顔立ちの、無精髭が目立つ男だ。
腰に差した剣はA級装備『飛竜バスタードソード』
左腕にあるのはA級装備『凶眼鱗ラージシールド』
身体にまとうはA級装備『岩巨人プレートメイル』
おそらく宵闇の光刃リーダー――剣士フィラルド。
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名前 :フィラルド
レベル:73(剣士)
攻撃力:903(+730)飛竜バスタードソード
防御力:611(+530/+210)岩巨人プレートメイル、凶眼鱗ラージシールド
魔力 :465
スキル:光輝刃、剣術、?
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「街に着くなり、冒険者ギルドから頼まれてな……ブレンネン・ティーゲル狩りを邪魔する若い男女がいるから見てきて欲しいとな」
フィラルドが剣を引き抜いた。
「お前のことかな?」
「そうね、そうかもね」
女はもう俺のことなど見ていなかった。己を傷つけることすらできないザコ――そんなものに向ける注意はない。
彼女のすべての意識は出現した最高戦力にのみ向けられていた。
「退け、女。俺たちがいる以上、そんな勝手は許さない!」
「うふふふ! みんな仲よく並んで平等に獲物狩り? はぁー、まったく平和な連中ね、冒険者ってのは!」
「……その言いぐさ、やはりお前、『商会』の人間か?」
「好きなように想像しなさいな」
女はフィラルドの言葉に取り合わず、すたすたとダンジョンの出口へと向かっていく。
「さすがに3対1じゃ分が悪い。ここはあなたたちの顔を立ててあげるわ」
女はすれ違いざま、フィラルドに話しかける。
「だけどね――悪いけど、ラルゴリンは譲らない。邪魔をするつもりなら命を捨てる覚悟で来なさいな」
女はダンジョンの出口へと消えていった。
「はぁ……」
俺は思わず息を吐いた。身体から力が抜ける。全身を縛り付けていた緊迫感が急速にほどけていった。
心臓に刃を突きつけられているかのような気分だったからな……。
「イオス! イオス! 大丈夫!?」
ミーシャが近づいてくる。手には引き裂かれた三角帽子が握られていた。
「まあ、なんとか……」
蹴り飛ばされた脇腹はむちゃくちゃ痛いけど……とりあえず生きてはいる。
「なかなか災難だったね、君」
そんな声が落ちてきた。
声のほうに視線を向けると、フィラルドが俺の前に立っていた。
宵闇の光刃、フィラルドが!
は、はあああああああああああああああああああ!
一瞬で俺の血液が熱くなる。
俺もまた宵闇の光刃に憧れる冒険者のひとりであり、戦士である以上、同じ職業のフィラルドには尊敬の念を抱いていた。
その人が!
今、目の前に!
いる!
「大丈夫かい?」
おまけに、俺に声を掛けてくれる!
あまつさえ――
「ほら、つかまりな」
起こそうとして手を差し出してくれる!
え、握っていいんですか、この手?
触れてもいいんですか、英雄に?
は、はあああああああああああああああああああ!
俺はドキドキしながら手を差しのばした。ひょっとしたら、少し顔が赤くなっているかもしれない。
初めて握ったフィラルドの手はまさに戦士という感じで、硬くて強かった。
「よっと」
フィラルドが力を込めて俺の身体を引き上げる。
俺は立ち上がった。
「あ、ありがとうございます!」
「無事そうでよかった――ところで、手を放してくれないか?」
「あああ、ごめんなさい!」
俺は慌てて手を放した。
フィラルドが俺たちをじっと見た。
「……青火鳥チェインメイルの戦士に、三角帽子の女魔術師に、猫」
少し考えてから、フィラルドがこう続けた。
「ひょっとして君たち、ピプタットにいなかった?」
「え、いましたけど……どうして?」
「ここに来る前、ピプタットの冒険者ギルドに立ち寄ってね。君たちみたいな風体の冒険者がエリアボスや謎の強敵を撃破したと聞かされたんだ」
まさか――
俺たちの戦いがトップパーティーの耳に届いているなんて!
俺は単純に感動してしまった。
フィラルドがこう続けた。
「……君のような優秀な冒険者を助けることができてよかったよ」
「優秀だなんて、そんな!」
嬉しかった。お世辞もあるだろうが、フィラルドにそんな風に言ってもらえて。
俺たちは宵闇の光刃と並んで街へと戻った。
ずっと憧れていた冒険者たちの横に立てる――
まるで夢のような時間で、あの性悪女に襲われた不運すらも許せてしまうほどに浮かれてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレイルが仲間のオソンとともに冒険者ギルドを訪れると、妙に空気が上気していた。
不思議に思いながら、適当なテーブルに2人で座る。
その瞬間、おお、という声が漏れた。
(……なんだ?)
気になったグレイルは歩いている職員を捕まえた。
「おい、何かあったのか?」
「……さっき宵闇の光刃が到着したんですよ」
「光刃が!?」
いずれはS級にも届くだろうと言われている最高峰パーティーだ。
ネームドモンスター氷の衛士ラルゴリンの討伐にやってくるという噂はグレイルも知っていたが――
(ついにか!)
にやりとグレイルは笑う。
光刃のような華のあるパーティーが自分の行動圏内にいる――その事実はグレイルの心を楽しませた。
特に根拠はないが、自分の格すらも一段階あがったような気分だ。
そこで、職員は少し表情を緩めてグレイルにこう言った。
「あなた、少しラッキーですよ」
「どうして?」
「その席、光刃が座っていたんです」
ギルド職員はどこかへ去っていく。
ようやくグレイルは理解した。なぜ、ここに座ったとき回りが反応したのか。
隣のオソンが頭をかいている。
「……それは恐れ多いね……私たちごときが座るなんて――」
だが、グレイルはそんなことを思わない。
(……ふん、理由はそれか。回りの連中も『憧れがあるから座りたい、だが、恐れ多い』そんな気持ちでいたんだろう。だから、俺が座ったときに反応しちまったってわけだ!)
くっくっくっく……とグレイルは笑いを噛み殺す。
もちろん、グレイルはそんな殊勝なことを考えたりはしない。俺はグレイル、持っている男! その自分からすれば当然の帰結なのだ、これは!
ただ同じ席に座っただけだが、少しばかりグレイルは縁を感じてしまった。トップパーティー宵闇の光刃が近い存在になる。
え、宵闇の光刃? ま、知らない相手じゃないかな?
それくらいに思えてしまった。
(ははははははは! イィィィィィオオオオオオス! 俺は宵闇の光刃がいた席に座っちまったよ! お前じゃ一生、縁がないようなトップパーティーだ! 会えるか!? 話せるか!? 握手できるか!? 俺ならできちまうかもなあ! お前じゃ無理だけど!)
ラルゴリン退治――うまくやれば光刃と知り合いになれるかもしれない。
太い人脈は冒険者にとっての財産だ。
グレイルはにやりと笑みを浮かべた。